第5話 福笑いを教えてしまいました

マリオさん一家は、すっかりトランプのとりこになってしまい、連日、仕事が終わると家族でトランプをするのが日課になっていた。

ババ抜き以外にも大富豪、ポーカー、ブラックジャックなどの違うルールで遊べる事を教えてあげると三人とも目をキラキラさせて興奮していた。

マリオさんは、レイン柄のトランプの複製をたくさん作った。それを店の各テーブルに置いて、誰でも自由に遊べる形にした。これは何?とお客さんに聞かれ、遊び方を教えてあげる事でトランプにハマッていく人が増えていった。そしてその輪は、店を訪れたお客さん同士の間でも広まっていって、さまざまな人たちと交流する事ができるようになった。ついに家でもトランプをしたいからトランプを売ってくれというお客さんも現れるようになり、トランプの販売もするようになった。かなりの金額のお金を提示されたマリオさんだったが、原価も安いからという理由で、子供の小遣いでも買えるような金額でトランプを販売した。そして店の外に持ち出されたトランプを見た人たちが、トランプはどこで買えるのかを聞きつけて、レインの花を飾っているレインさんの食堂である事を知った人たちが、次々に店にやってきた。そしてせっかく食堂に来たのだから何か食べようということで、たこ焼きブームは、さらに勢いを増した。もちろんレインさんが作る他の料理も美味しいので、他の料理目当てのお客さんもどんどん増えていった。すっかりレインさんの店の知名度は定着した。商売をする上でのデメリットである立地条件の悪さは、全く問題にならなくなった。


アルトは相変わらず、店の看板息子としてのかわいさとゲームの強さを持った凄腕プレーヤーの面を持ち、店ではゲームばかりしてお客さんの相手をしている。アルトはお客さん達と遊んでいるだけで、仕事をしているような感覚ではないだろう。

本当に心からいろいろな人と遊ぶことを楽しんでいるし、もっと強くなりたいという向上心も高い。

もはやライトゲーマーの俺では、勝てない存在になっている。

この子は……。きっと将来、強いゲーマーになるぞ。

アルトの遊び相手をしなくて良くなった俺は、レインさんの店の手伝いをしている。料理を作ったり、テーブルに運んだり、掃除をしたりしている。


店の入り口を掃除していた。飲食店の入り口が汚いとお客さんのイメージが悪いから念入りに掃除していた。


「おい、そこのおまえ。この店の従業員か?」


豪華な服を着た金髪の美男子が声をかけてきた。


「はい。いらっしゃいませ。すみません。今ちょっと混んでるので、待ってもらうかもしれないけど大丈夫ですか?」

「ほう。うわさ通りだ。随分繁盛してるんだな。立地条件が悪いこんな場所で、よくこれだけ客が入るものだな」

「ええ、おかげ様で。レインさんの料理は、美味しいですからね」

「実は面白い話を聞いてな。この店がこんなに流行った秘密として、オセロやトランプというものがあるらしいじゃないか」

「ああ、ありますよ」

「確かマリオ……?という名前の男が作ったと聞いたのだが」

「そうですね。マリオさんが作りましたよ。すごく器用な職人なんです。大体何でも作れちゃうし、それに家族思いですごく優しくて良い人ですよ」

「ほう。手先が器用で賢くて人柄も良いのか。それはますます会ってみたくなった。おい、お前。そのマリオという職人の所に今すぐ案内しろ」

「後にしてもらえません?今、店の入り口掃除してるんで」

「お前……。見てわからないか?僕は貴族だぞ?貴族の相手をするよりも店の掃除が大事か?」

「貴族様がどれだけ偉いのか知らないですけど、俺にとっては、あんたを案内するよりも、レインさんの店が汚そうだってお客さんに思われる方が嫌なんで。マリオさんに会いたいんでしょ?それが人に頼み事をする態度ですか?別に案内しないなんて言っていないじゃないですか。掃除が終わるまで待っててくれって言っただけですよ」

「なるほど。変わった店だと聞いていたが、働く人間も変わり者というわけか。実際に来てみてよくわかった。良いだろう、待ってやる」


偉そうな態度にちょっとムカついた。

掃除が終わって自称貴族の男をマリオさんの所に連れて行ってやった。


「マリオさん。なんか貴族の人がマリオさんに会いたいって言ってたので案内しました」

「ケ、ケイン・グレンヴィル様!?ど、どうされたのですか!?こんな所へ!?」


マリオさんの驚いた反応を見る限り、本当に貴族らしいな。

ちょっと疑ってたんだけどね。


「お前がマリオか?」

「はい」

「家族思いの優しい父であり、立地の悪さからあまり客が入らない嫁の店を奇抜な経営戦略とアイデアで、一気に人気店に成長させた頭脳を持つ男。オセロ、たこ焼き、トランプ。いろいろ聞いている。訪ねてきて早々で申し訳ないのだが、僕の相談に乗ってくれないだろうか?ぜひ、その知恵を貸してほしい。成功すればかなりの報酬を約束する」

「ああ、いえ。それは、そこにいるヒカルのおかげですよ」

「ん?ヒカル?この変わった従業員の事か?」

「はい。オセロもトランプもヒカルが考えてくれたんです。俺は設計図通りに道具を作っただけです」


ケインは俺の方を向いて言った。


「お前、僕にうそをついたのか?」

「うそなんてついてないですよ。だって、マリオさんが作ったのか?って聞いたじゃないですか。そりゃ、マリオさんが作りましたって答えますよ」

「自分の手柄を他の人間に横取りされたようで悔しくないのか?」

「横取り?マリオさんがいないとオセロもトランプも作れなかったですし」

「オセロやトランプのおかげで、店は繁盛して大きな利益が出た。それはアイデアを考えた自分のおかげだと思わないか?」

「店が繁盛したのは、レインさんの料理が美味しいからですよ。料理がまずい店にお客さんは入らないでしょ?」

「トランプの裏面には、レインの花が描いてあるそうだな。あれも店の宣伝の為の経営戦略なんだろう?」

「いえ、全く……。マリオさんに好きな柄を選んでもらっただけですよ。ただのデザインです。そこまで考えてませんでした」

「……。じゃ、じゃあお前は、なぜ店の掃除なんかしていた?」

「三食、宿付きの条件で、店の従業員として働いてるだけです」

「お前……欲がないのか?地位、名誉、金。その頭脳があるなら望めば簡単に手に入るぞ。欲しい物はないのか?」

「俺が欲しかったのは、自分の居場所です。家族も友達も全部失ったので。でもマリオさん達が俺に居場所をくれたので、今は満足です」

「お前……。色々つらい事があったんだな……。頑張って生きてるんだな……。ううっ……ううっ……」


ケインは泣き出した。

なんだ、コイツ……。


「……えーと。ケインさん?それで結局、頼み事って何ですか……?」

「ああ、すまない。取り乱した。好きな女と仲良くなりたいと思っている」

「じゃあ結婚してるマリオさんの方がいいですね。彼女ができた事もない俺では力になれません。マリオさん、お願いします」

「……ああー……ケイン様。それってひょっとして……マリー様ですか……?」

「そうだ」

「……ああ……それは……。すみません、俺では……。とても力になれそうにもありません」


マリオさんは申し訳なさそうな感じで頭を下げた。


「マリー様?」

「有名な話さ。マリー様は商人貴族モルフォード家のとても美人なお嬢様なんだが、マリー様が4歳の時にお母様を亡くされていてな。そのショックで、まるで感情がない人形のようになっている。全然笑わないんだ。もう12年になる」

「マリーは僕の幼馴染だ。小さい頃、よく一緒に話していた。あの時は、よく笑う明るい子だった。僕の初恋の人だ。12年間、彼女の元に通って話し続けているが、全然笑わないんだ。もう一度、マリーを笑わせたい。マリーの笑顔が見たい。ある時、オセロやトランプという聞いた事のないもので店を繁盛させた話を聞いた。あらゆる手を尽くして困っていた僕にとって、希望の光のように感じた。何か良いアイデアはないか?頼む、教えてくれ」

「なぁ、ヒカル。なんかないか?お前さんならなんか思いつくんじゃないか?」

「んー……そうですねぇ……」


4歳の時から感情が止まっている。

笑わない。

笑わせたいと考えている。

相手を笑わせるゲームか。

それでいて作りやすいもの……。


「福笑いとか……」

「福笑い?なんだそれは?聞いたことがないな……」

「紙とペンを。後は紙を切る道具を」

「よし、待ってろ。持ってくる」


うーん、やっぱ定番のおかめさんかな……。

俺は、おかめさんの顔の輪郭と髪を描き、別の紙で顔のパーツを作った。


「うん、おかめさんっぽくなったな。まあこんなもんだろう」

「おかめさん……とは……なんだ?」


マリオさんが不思議そうに聞く。


「えーと……女の人?」

「こんな奇妙な顔をした女がいるのか?」

「幸運を呼ぶ神様……みたいな?」

「これが神なのか!?こんな神、見た事も聞いたこともないぞ!!」


ケインも驚いている。


「マリオさん。何か目隠しができるようなものを持ってきてもらえますか?」

「布でもいいのか?」

「大丈夫です」

「わかった。持ってくる」


マリオさんから目隠しの布を手渡された。


「これは二人でやる遊び……いや、儀式です。ケインさん。おかめさんの顔を1分間、じっと見つめて顔を完璧に覚えてください。集中してくださいよ」

「わかった……」


ケインは、真剣におかめさんを見つめ続ける。


「はい。じゃあちょっと失礼しますね。目隠しします」

「えっ!?なぜだ!?な、何をする気だ!!」

「見えますか?」

「何も見えるわけがないだろう」

「ケインさん。右手を出してください」


無言で右手を差し出すケイン。


「今、ケインさんの右手におかめさんの目のパーツを渡しました。これをおかめさんの目だと思う位置に置いてください。おかめさんを感じて……」

「この辺りか?」

「じゃあ次は、鼻を渡しますね。鼻だと思うところに置いてください。おかめさんを感じて……」

「目より下だからこの辺りか」

「次は耳を渡しますね。おかめさんを感じてください……」

「み、耳だと!?」

「次は眉です。おかめさんを感じてください……」

「えー……目の上だから……」

「これが口です。これが最後です。おかめさんを感じてください……」

「これでいいか」

「最後に……おかめさんの顔をもう一度、よく思い浮かべてください」

「思い浮かべた」

「さあおかめさんと一つになりましょう。では目隠しを外します」


ケインは笑い転げた。

想像していたおかめさんの顔と違いすぎたのだろう。


「これが福笑いです」

「な、なんて恐ろしいんだ……。こんなにも簡単に笑わされてしまうのか……。こいつは、とんでもない力を持った神だ」

「12年間笑わないマリーさんが笑うかどうかは分かりません。……ですが、もう……おかめさんの力を借りるしか方法がないと思いました」


俺は真剣そうな顔で言った。


「お、おかめさんの力を使った代償はあるのか……?」

「はい……。おかめさんと遊んだ人は、いつか幸せにならなければなりません。もし不幸になってしまうと……」

「……なってしまうと?」


ゴクリッと喉が鳴り、ケインの表情がこわばる。


「顔がおかめさんになってしまいます」


うそだけど。


「ヒカル……!!お前……!!僕のためにそんな大きな代償を支払ってくれたのか!?」

「だから必ずマリーさんを笑わせてください。俺のためにも」

「すまない……。僕のために……。絶対にお前をおかめさんにさせない。マリーを必ず笑わせて幸せになってみせる」


両手を強く握りしめられ、ケインは、布と福笑いセットを持って帰った。

ちょっと気合を入れてやるだけのつもりだったんだけど、決死の覚悟を持って行ってしまった……。まあいいか。

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