新米勇者と喪失の少女 ~輝石物語~

カエリスト

序章 

序章 1 

 四月中旬。


 その日の夜は気温も下がり過ぎ去った冬を思い出させる冷たい風が吹いていた。

 雲は絶え間なく動き三日月の顔が雲間から出たり隠れたりを繰り返している。

 そんな天気の中、とある町の一角、人気のない広場で現代日本の常識に納まらない色々とおかしなモノたちが戦っていた。


 一方は、どこかの学校の体操服の上に黒いコートを着込んだ小柄な女の子。

 背中まである髪の色は明るい黄色、遠目から見れば金髪のようである。

 ただの金髪であるならば染めたりしていれば有り得る色であり特に珍しくはない…かもしれない。

 目の色がやや暗い黄色なのは、カラーコンタクトでも入れているのかもしれない。

 だが、そんな肉体的な特徴を吹き飛ばすほどの強烈なインパクトを持つものを彼女は持っていた。


 それは巨大な剣だった。


 長さは少女の背丈以上、幅は少女が隠れてしまうほどの大きさがあり、まるで岩を切り出して作ったかのような大剣を片手で軽々と振り回している。


 対する相手のほうは日常生活でよく見かける自転車だった。それも全部と後部にカゴを設置している、いわゆるママチャリと呼ばれるタイプである。

 ただ違和感があるとすれば誰も乗っていないのに動き回っている事。それと前部と後部に設置されているかごの中に紅い瞳をもつ黒皮の大蛇の頭がなぜか生えて舌をチロチロと出し入れしている。


 そして、僅かな睨み合いの後。

 剣を振り回す少女に対抗するように『自転車』は自力で器用に前輪後輪を交互に持ち上げタイヤを地面に叩きつける。

 タイヤが地面にぶつかるたびにガシャンガシャンと夜の町に騒音を撒き散らし蛇の頭も口を開き怪しく輝く牙を剥きだしに殺気を放つ。



 相手も戦やる気だと判断した少女は剣を構えなおして呟く。


 「カモ〜ン」


 その声が聞こえたわけではないだろう。


 しかし、まるでその声に反応を示したかのように『自転車』は後輪が接地すると同時に凄まじい加速で少女へ向かっていく。

 対する少女は向かってくる『自転車』を恐れる様子もなく逆に叩き潰さんとばかりに大剣を勢いよく振り下ろした!


 ガキィン!!


 金属同士がぶつかる音が周囲に響く。

 剣は丁度ハンドルの金属部分にぶつかった動きを止めた。


 『自転車』の突進力と小柄な少女の膂力のはほぼ互角で膠着状態になる。

 だが『自転車』にはもうひとつ、いや二つの武器があった。

 前後の籠の部分にある『蛇頭』だ。

 前かごの『蛇頭』がニュッと伸び剣の横を通り過ぎ少女の顔へ口を広げて迫る。

 その攻撃を少女は上体をそらしてかわすが、そのせいで剣に掛ける力が弱まってしまう。

 相手の抵抗が減った事でグンッと『自転車』の進む力が強まり均衡が破られそうになる刹那。


 「させるかぁ!」


 そう叫んで少女は態勢が崩れ切る前に左足で力の限り『自転車』の前輪を蹴飛ばした。


 前輪の向きを変えられた『自転車』が蛇行しながら猛スピードで近くの公園の管理事務所に向かって爆進し激突した。

 だが結構なスピードで壁に激突したにも拘らず『自転車』は何事もなかったように、僅かに後退、ウィリーをしながら車体を少女に向ける。

 激突した建物の壁は何故か無傷だが、『自転車』のほうは前輪と前カゴ、そしてカゴに納まっていた『蛇頭』は潰れて黒い粒子を噴き出している。

 そして、僅かな時間で黒い粒子は壊れた個所を覆い瞬く間に形を再生させていく。

 

 それを見ていた少女も再び剣を構え直して再びの激突に備える。




 その光景を近くのビルの屋上で見ている二人がいた。



 「なにが頭脳プレイを見せる、だ。思いっきり力押しじゃねぇか」


 一方は背の高い細身の男だった。

 線は細いが、ひ弱という印象はまったく無い。

 トレードマークになっている白いパーカーのフードから覗く目は鋭く、見た目はまだ若いが、その剣呑な雰囲気は現代日本に住む若者と明らかに雰囲気を異にしていた。。


 「師匠が師匠なら弟子も弟子ということじゃろう?」


 苛立ちを滲ませる男の言葉を茶化すように可愛らしい女の子の声でもう一人が戦いを眺めてながらのんびり言葉を紡ぐ。


 ただ声に反して、こちらの姿はかなり異様であった。

 まず何より小さい。身長は40センチほどしかなく、その小柄な体は宙に浮いている。頭が大きい割に体は小さく体を裏地が赤の紺色のマントを羽織っている。

 顔とマントから僅かに見える肌は金属質で大きい目も宝石をカットしたかのようでパッと見た感じはロボットのようにも見える。


 だが、彼らの見た目を一言で表すのなら。



 「おい、あんまりチョロチョロすんな、てるてる坊主」

 「だれがてるてる坊主じゃ、無礼者!って、おお、また派手にぶつかったぞ」

 「ったく、何のために特製の結界張っていると思ってやがる。さっさと決着つけやがれ」

 「それなら私が援護したほうがよいのではないか?」

 「それじゃテストにならねーだろうが。あいつが一人で戦う事に意味があんだよ」

 「それはそうなんじゃが見ているだけというのも、もどかしいのう」

 「元々大した相手じゃないんだ。ただアイツが空回りしているだけでな」

 「なんだかんだ言っても弟子を信じておるんじゃな」

 「さっさと独り立ちしてほしいだけだ。お守りのせいで満足に戦えやしねぇ」

 「とはいえ、いいように翻弄されておるんじゃが、本当に放っておいて大丈夫かの?」

 「いいから黙って見てろ」



 『小さな人』が言うように少女は完全に『自転車』の緩急自在の動きに完全に翻弄されていた。

 単純な突進だが急加速、急ブレーキを駆使してのフェイント、そしてすれ違いざまのカゴから生えた蛇頭の攻撃に少女は完全に戦いの主導権を握られている。


 だが、それでも少女の顔に焦りはなかった。それどころか何か悪戯を思いついたような笑みを浮かべてさえいる。


 何度目かの攻撃を受け流した所で少女の態勢が崩され重心が後ろに持っていかれ右足が持ち上がる。

 その隙を見逃さず『自転車』が華麗にドリフトを決め急加速、時速百キロを超える速度を叩き出し勝負を決めようとする。


 だが、勝負を決めようとしているのは少女もまた同じ。


 「そのスピード見切ったぁ!」


 そう吠えた少女はわざと持ち上げた右足で地面を思い切り踏みつける。その行動に呼応するように『自転車』の進行方向の舗装されていない剥き出しの地面が持ち上がる。

 勢いにのっていた『自転車』はそのまま突然できたジャンプ台に無防備に宙に舞う。


 「でぇえりゃぁぁ!!」


 気合と共に頭の上を通り過ぎようとする『自転車』に向けて少女は大剣を振りぬいた。


 派手に金属がぶつかり合う音が周囲に響き、渾身の一撃でバラバラになった『自転車』が地面に落ち、そのほとんどが煙のように消えていく。

 

 勝利を確信した少女は建物の屋上にいる二人に向けてガッツポーズをとって全身で喜びを表現をするが、その油断が命取りとなる。


 「よっしゃー!ティア、見てた?」

 「バカ者!まだ終わっておらんぞ!」

 「へ?」


 警告を頭の中で反芻し、慌てて振り向いた時には遅かった。少女の目の前に迫る紅い瞳を持つ蛇頭が目の前に大口を開けて迫っていた。


 (やばっ!間に合わなっ)


 避ける、防ぐ、どちらの判断も出来ず棒立ちになった少女に無残な運命が訪れようとした。

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