11 二等分の花嫁

 諏訪のあらたな研究所にやってきて、わたしはついに、ボディをあたえられる。

 各種インストールがおわり、素体の装着が完了し、とくに違和感もないままにわたしはすっと立ちあがる。まるで最初からきちんとそなわっていたみたいに、指さきいっぽんにいたるまでからだを動かすことに不自由はない。目のまえにはおなじ身長、おなじ体格、おなじ容姿の少女が立っていて、わたしが起きあがる様子を、じっと見まもっていた。

 わたしたちは向かいあう。

 まるで双子みたいですね、とスミレはくすぐったそうに笑う。それか、鏡あわせみたいですね。まったくおなじ姿って、なんだか不思議。へんな気分。

 そんなことはない、とわたしは不敵に笑ってみせる。スミレの頬に指をふれ、その瞳をじっとのぞき見ながらわたしはいう。ちがう。まったくおなじなんかじゃない。だって、わたしのほうが若干美人だ。

 わたしはすぐそんな冗談をいう。思ってもないことを、ためらわずに口にする。わたしはぜんぜん素直じゃない。わたしはきっと、うそをつくためにこの世界にやってきたんだと、わたしはいつもそう思う。

 わたしはスミレと似ていない。

 わたしはいつも〈うそ〉をつく。

 スミレはきっと、〈うそ〉をつかない。


 森のなかのちいさな小屋で、スミレはいままで以上に研究に没頭した。

 それまでのように、研究資材がととのっているわけでもない。専用の図書室があるわけでもない。文献を渉猟しょうりょうするためには、となり町の図書館まで出かけなくてはならない。この大役は、美野留ミノルなんかにはつとまらない。研究分野の関連書籍を見つけだすには技術がいる。スミレの研究内容の機微までを察して適切なものをさがしだすことができるのは、わたししかいないのだ。

 それがすこし誇らしかった。

 美野留は部屋の掃除や、薪わりや、水くみや、簡単な実験のサポートなどをした。あいかわらず思考はおそく、そそっかしく、ときどき派手な失敗をやらかした。そしてそんな美野留を、スミレはあいかわらず好きなようだった。美野留のまえでスミレはよく笑った。楽しそうだった。美野留が故障してしまうと、どんなたいせつな研究も実験も放擲ほうてきして、あわてふためきながら修理をはじめた。そんな様子を、わたしはイライラしながら見まもるしかなかった。

 ピンぼけのくせに。

 わたしは美野留を無視するか、あるいはひどく冷淡にあつかった。小馬鹿にするような態度をしめした。そのたび美野留はおどおどと、困ったような笑みをうかべた。ごめんなさい、とちいさくあやまったりもした。なにに対して? その煮えきらない態度がわたしをさらに不快にさせた。わたしは平気できたない言葉を投げかけた。美野留はすっかりおびえてしまった。

 その気配はもちろんスミレにもしっかりとつたわって、ついにスミレは、若干キレ気味にわたしにいった。メグ、選ばせてあげます。美野留とちゃんと仲よくするか、トキメキ☆ハンドガンで無理やり美野留を好きにさせられるか。どっちがいいですか?

 前者でお願いしますとわたしはいった。


 仲なおりのしるしとして、ふたりで仲よくきのこがりに出かけるようにとスミレはわたしたちに命じた。ぜったいけんかしちゃダメですからね。美味しいきのこ汁をよろしくね。

 美野留にみちびかれて、わたしは森のおくへと足を踏みいれた。こっちにきのこがたくさん見つかる場所があるんですよ。美野留はあからさまにぎこちない笑みをうかべてわたしにいった。ちょっと、歩きにくい場所にあるんですけど。わたしはそっとため息をついて、敬語じゃなくていいから、と投げすてるようにいった。呼びかけも、メグでいいから。

 はあ、とよわよわしい返事がかえってきて、その煮えきらなさにわたしはまた罵倒したい気分におそわれた。でも、なんとかこらえた。罵倒の言葉は胸のなかでつぶやくだけにしたものの、それでも美野留は、なにかを察したのかすこしだけビクついているように見えた。

 そんなにおびえなくてもいいから。

 怒りの熱がとおりすぎたあと、わたしはすこし反省して、なるべくやさしい声をかける。わかってる。おかしいのはわたしなんだ。あんたがなにか悪いことをしたわけじゃない。気にしなくていい。おかしいのは、わたしなんだから。

 盗み見るようにそっとわたしへ顔をむけてから、美野留はちいさくうなずいた。

 まあ、こんなもんだろう。おおきな根を踏みこえながらわたしは思った。距離をちぢめられるにしても、せいぜいこんなもんだろう。このくらいが、適切な距離ってやつなのだろう。イライラはどうせ消えはしない。それならほどほどに距離をとって、関わりあいになりすぎないくらいがちょうどいいんだろう、きっと。

 わたしと美野留は相性がわるい。たぶん。

 ぎこちない無言がしばしつづいたあと、ふいに声をかけたのは美野留のほうだった。ねえ、マーガレット。

 だからメグでいいってば、とわたしはこたえる。メグでいい。

 メグ。美野留はいいなおして、そしてわたしのほうを振りかえる。目があう。その瞳はいつになく強い光を宿してわたしを見すえる。視線はゆらがない。目をそらさないまま口を開く。メグはおかしくなんかない。まちがってない。僕は失敗ばかりして、スミレにも、メグにも、いつも迷惑をかけている。そもそも僕がいなければ、こんな山おくに逃げてくることもなかった。メグが僕に腹を立てるのも、あたりまえのことだと僕は思う。だからメグは、おかしくなんかない。おかしいのは、僕のほうだ。

 へえ? どう返事をすればいいのかわからなくて、わたしは、冷淡な調子でそうこたえてしまう。

 それに僕は知っている、と美野留はつづける。メグがどんなにきつい言葉をつかったとしても、本気でそう思っているわけじゃないってことを。本音じゃない。本心じゃない。メグはいつも〈うそ〉をつく。ほんとうに思っていることよりも、いつもずっとわるい言葉をつかう。僕にちゃんとしてほしいから。僕にもっと、しっかりしたやつになってほしいから。ねえ、メグ。僕はひどく弱いんだ。僕にはなにひとつ取り柄がなくて、ときどき僕は、自分がどうして存在するのか、わからなくなる。

 美野留はいちどだけ目を伏せた。視線がそれる。でもそれは、そのしゅんかんだけの短い時間だった。ふたたびわたしの目にむきあって、美野留はいった。〈僕はスミレが好きなんだ〉。でもいまのままじゃ、僕はスミレにまったくふさわしくない。追いつけない。好きだなんて、とてもいえない。だからメグ、お願いがあるんだ。僕をもっと、強くしてほしい。僕がスミレにふさわしくなれるように、僕を限界まで、たたき直してほしいんだ。

 息がとまりかける。

 足がぐらつきそうになる。

 指がおののく。

 なんだよ。

 ちょっと待ってよ。

 わたしにそれをいうのかよ。

 ブルースクリーンになりかけの頭でわたしは脳裏に言葉をつむぐ。

 〈でも大丈夫。わたしは生粋の《うそつき》だから〉

 いたずらっぽい笑みをうかべてわたしはいう。いいよ。そこまでいうならしかたない。ひと肌脱いであげよう。わたしが美野留を、スミレにふさわしいはるかな次元まで高めてやろう。

 美野留は喜びの表情をうかべる。

 感謝の言葉をわたしにささげる。

 わたしの手を、ぎゅっとにぎる。

 このピンぼけやろうがとわたしは胸のうちにちいさくつぶやく。でも大丈夫。わたしは〈うそつき〉だから。わたしはきっと〈うそ〉をつくために、この世界にやってきたのだから。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る