第35話 雨模様

雪が……。

雪がやまない。


物心ついたころからずっとそうだった。

名もなき少年は雪の中で凍えていた。

名もなき少年は願う。

この世界に再び太陽が射しますようにと。



「あなたの願い、叶えましょうか?」



紅いローブの少女が立っていた。

少年はその少女の言葉に誘われるように。

まるで操られたかのように。

名もなき少年は<小さな星>リトル・スターの元へとやって来ていた。

そして。

名もなき少年は願う。

名もなき少年の一番の<夢>を犠牲にして。

名もなき少年の一番の<夢>……。

それは。


―――


雪が……。

雪が止んでいた。

昨日までしんしんと降り積もっていた雪が止んでいた。

空にはさんさんと照り付けるような太陽。


その光景を見つめながら。

私はしまったと舌打ちをする。

<紅き黄昏>カーマイン・サンセットが狙っていた、この世界の願い主はニクスとソリスではなかったという事か。


それじゃ、いったい誰が……。

私は部屋から飛び起きてきたニクス達に、外に出る準備を促す。


私達は溶けだした雪に注意しながら街の中を駆け抜け。

街はずれの館へとやって来た。



「ニクス、ソリス。あなた達は危ないから、ここで待ってて」


「う、うん」



春の陽気に照らされているというのに、真っ青な顔をしたニクスをソリスに託して私は館の中を突き進む。

館を進むと一つの部屋の扉が開いていた。


私はその部屋へと駆けて行き、部屋の中を見回した。

同じだ。

周囲には星々のインテリア。

薄暗い、机の横にはクスクスと微笑む一人の少女。



<小さな星>リトル・スター……」



私は薄暗く微笑む少女の名前を呼ぶ。



「……翼希か……。何しに来たの……?」



私の事にまるで興味が無いような口調で<小さな星>リトル・スターは返事をする。



「とりあえず、あなたの足元の少年邪魔だから、片付けてくれる?」



その言葉に促され、足元を見ると……そこには少年が倒れ込んでいた。

私は慌てて少年を抱き起す。

けれども、その少年は。

まるで、死んだように眠り込んでいた。

私はゆっくりと少年を寝かせ、庇うように立ちあがる。



<小さな星>リトル・スター……あなたの本当の目的は何?」



そして、私は率直な問いかけを<小さな星>リトル・スターに投げかける。



「……私は、私の願いを叶える為にやっているんだよ」



この世界には春が訪れたというのに。

<小さな星>リトル・スターのその言葉には背筋がゾクリとする悪寒を感じる。



「その為には膨大なたくさんの人々の、一番の<夢>が必要だった……。ただそれだけ……」



<小さな星>リトル・スターの願いを叶えるため?

その為だけに、他人の一番の<夢>を奪って回っている?

そんなの……そんなの絶対に許される事じゃない。

例え、その人の願いを叶える事に必要な事なのだとしても。

他人の一番の<夢>を奪って自分の願いを叶えようだなんて。

許されるわけがない。



私は歩を生き返らせてくれて<小さな星>リトル・スターに感謝はしている。

けれども。

私達の平穏な日常という<夢>は奪われてしまった。

<小さな星>リトル・スターの手によって。


<夢>はその時々で移ろい変わりゆくものだけど。

一番の<夢>だって変わっていくものだけど。

けれど、その時の一番の<夢>が二度と叶わないという事は。

とても悲しい事だと思う。

だからっ。



<小さな星>リトル・スター……あなたのやっていることは許される事じゃないよ……」


「……そうだね……そうかもしれない」



そう言いながらも少女はクスクスと笑みをこぼす。



<小さな星>リトル・スター……あなたの。あなたの願いは一体何なの?」



私の言葉を受け<小さな星>リトル・スターは逡巡する。

手元の小瓶を見つめながら考え込む。



「私……?……私の願い……それは……」



そう言いながら<小さな星>リトル・スターは突然もだえる様に頭を抱える。



「……どうしたの?<小さな星>リトル・スター


「私の……私の願いは……何?」



<小さな星>リトル・スターが、何を言っているのか一瞬分からなかった。

……<小さな星>リトル・スターは、自分の叶えたい願いが分からない?

それなのに。

人々の一番の<夢>を奪っている?

それって……。

それってすごく矛盾している。



私は頭を抱えている<小さな星>リトル・スターの手を取り、優しくこう告げる。



「もう、こんなこと、やめよう?<小さな星>リトル・スター


「止める?私は願いを叶える"魔法使い"なのに?」



<小さな星>リトル・スターは私の顔を見つめながら。

まるで救いを求める様にそう応える。

しかし、その言葉をかき消すように。



「それは困るんだよ、翼希。<小さな星>リトル・スターには、もっともっとたくさんの<夢>を集めてもらわないと」



突然、館に響く声。

クスクスと嘲笑うかのような、暗い声。



<紅き黄昏>カーマイン・サンセット……」



部屋の薄暗闇の奥から。

紅いローブを着た少女が冷めた視線で私達を見つめていた。

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