第五章 囁くように

第22話 雪模様

雪……。

雪が降っていた。

真っ白な雪が。

舞い落ちる花びらの様に。

しんしんと……。


この世界は雪に包まれていた。

解ける事のない永久凍土。

この世界は、永遠の冬に閉ざされていた。

ひとかけらの音もなく、無限の静寂。

雪の結晶達が、音の振動を吸い込んでいく……。


私の目の前に広がる窓の外の光景は。

音すらも凍り付く、無音の世界。

ただしんしんと降り積もる。

この降り積もる雪は。

この振り続ける雪の結晶達は。


私の<罪>だ。

この雪の世界を願った、私の<罪>だ……。


家の外は雪が降り積もっていた。

この世界では、もうそれが当たり前のことになっていた。

私がそう願ったからだ。


<小さな星>リトル・スターという少女に。

この雪が降らなくなって久しい世界に、雪が降りますようにと。

幼かった私が。

何も知らなかった頃の無垢だった私が。

そう願ったから、この世界は永遠の雪で閉ざされてしまった……。


私の一番の<夢>を犠牲にして。

私の一番の<夢>。

それは毎朝、朝日を浴びて健康的な生活を送る事。

それは何てことはない<夢>だと思った。

……そう思っていた……。


けれど世界にとっては、そんな事にはならなかった。

私の一番の<夢>を犠牲にしたせいで、世界には朝日が射さなくなった。

朝日もなく永遠の暗闇に、閉ざされる日々。

この世界は。

この世界では。

永遠に降り積もる雪の世界が訪れることになった……。


だから、この真っ白に輝く白銀の景色は私、ニクスの<罪>だ……。


―――


「今日も暇だねぇ……」



暖炉の前の椅子に座った赤毛の少女がぼんやりと呟く。

名前はソリス。

私の幼馴染の二つ年下の少女だ。



「……まぁ……今日はいつもにも増して大雪だからね……」



私は窓の外の雪を見つめ、編み物をしながらソリスの言葉にそう応える。

大雪が降っている日は、これが私の暇つぶしだ。

ソリスと私は姉妹同然で暮らしてきた。

お互い戦争で親と死に別れて。

身寄りのなかった私達を、街の親切なお祖母ちゃんが私達の事を引き取ってくれた。

そんなお祖母ちゃんも一昨年前に亡くなり。

私とソリスはこの家で二人暮らしをしている。


幸いお金には困らなかった。

お祖母ちゃんはとてもお金持ちだったからだ。

なんでも、昔はこの街で有名な孤児院をやっていたらしい。



「あー……今日も暇暇ぁ……」


「……そんなに暇だったら、編み物でも覚えたら?」



私は極めて建設的な提案をソリスに投げかける。

けれど。



「いやだよ。めんどくさいから。編み物はニクスがやってくれるし。それに家事が私の仕事」


「……そう。ならいいけど……」



そう呟くと私は編み物の手を止めて私の太腿の上で丸まっている猫を撫でる。

名前はキララ。

もふもふもふもふ……。

私はキララの頭から背にかけてゆっくりと撫で回す。

キララはのんびりと欠伸をしながら私の顔をキョトンと見つめている。

もふもふもふもふ……。

ああもう、この子は本当に可愛いなぁ……。

キララの頭を撫でながら、私はソリスの考えていることを想う。


ソリスは求めているのだろう。

暑い太陽に照らされた日々が欲しいと。

幼い頃に感じた、さんさんと輝く太陽が見たいと。


……私がこの冷たい雪に閉ざされた元凶だと知ったら、ソリスはどう思うだろうか。

私はそれが怖かった。

だからその事を誰にも言えずに、今まで生きてきた。

保護者だったお祖母ちゃんにすらも、言うことができずに。


50年程昔の話だ。

この国には英雄王と呼ばれた王様がいた。

その王様は願いを叶えて強さを手に入れた。

しかし、その強さと引き換えにして、自由を奪われたと言われている。

そしてその願いを叶えたのが、<小さな星>リトル・スター……。

英雄王は<小さな星>リトル・スターを探し続けた。

奪われた自分達の自由を取り戻すために。

そのために、願いを叶える"魔法使い"と呼ばれる多くの人々が殺された。

英雄王の手によって。

けれど、生涯、英雄王は自由を奪った<小さな星>リトル・スターを見つけることはできなかった。

これがこの国に伝わる噂話。

真偽のほどは分からない。

そう言われている。


けれど、それは真実だった。

その<小さな星>リトル・スターが、私の前に現れたのは10年前。

はじめは何かの冗談かと思った。

けれど、幼かった私は純粋に願ってみたかった。

お祖母ちゃんが、絵本で読み聞かせてくれた雪というものを見てみたかった。

幼かった私は、雪が降らなくなって久しいこの世界で、雪が見たかったのだ。

だから願った。

<小さな星>リトル・スターに。

この世界に雪が降りますようにと。


世界の人々は突然降りだした雪に歓喜に湧いた。

しかし。

延々と登らぬ太陽と、しんしんと降り続ける雪の日々に困惑しはじめた。

そして、いつしか混乱が起き。

国の偉い人達は、次々に政策の転換を余儀なくされた。

今まで戦争をし続けていた国々も、どこもかしこも次々と停戦を行い。

世界はとりあえず平和になったのだ。

この降りやまない雪の日々を除いて。


白い雪が降る。

ふわりふわりと。

今日も雪は降り積もる。

しんしんと。

その音すらも真っ白に染め上げて。

真白になった景色が今日も街を。

この世界を静寂で覆っていた……。

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