第四章 あの日、見た。

第17話 朝に咲く。

蝶々が飛んでいる。

朝靄の中をひらひらと。

私の頭上で飛んでいる。

薄暗い暗闇の中を飛んでいる。

私は蝶柄の着物を身に着けて。

蝶がひらひらと舞うのを見つめている。

この青い朝顔の咲き誇る花畑で。

辺り一面朝顔畑のこの場所で。

私は登ってくる太陽を見つめながら。

私は、ただ、舞い踊る蝶々を見上げていた。


―――


ぼんやりと見つめていた。

朝焼けを。

いつものこの場所で。

私はいつもこの時間。

この場所で。

燃えるような朝焼けを見つめていた。


私の周囲は一面花畑。

まだまだ蕾の花畑。

今年は、見ることができるだろうか。

あの美しい光景を。

夜に舞う蝶々と咲き誇る朝顔畑を。

見ることができれば良いな。

そう願う。

私には願うことしかできないから。


それは"運命"なのだから。

見ることができるのも"運命"。

見ることができないのも"運命"だ。



「こらっ!!!そこおおお!!!こんな時間に何やってるんだっ!!」



あ、ヤバイ。いつもの見回りのマスクのおっちゃんだ。



「ねぇ今、外出して良い時?良い時じゃないよね?不要不急な外出はしないっ!!わかる?!!」



そう。

今この国は、ちょっと厄介な流行り病が発生している。

人から人に感染する流行り病。

ワクチンは無くて、特効薬も現在鋭意制作中。

しかもこの流行り病は厄介なことに、この病気にかかったとしても無症状で菌をばら撒いてしまうことも有るという。

おかげで、お国の偉い人は不要不急の外出は控えるようにとか、ソーシャルディスタンスは保ちましょうとかふんわりとしたお触れを出していた。

とりあえず、人と人が密になる所は避けましょうという事らしい。

なのでまぁ、私はこうして人が全然居ない時間の夜明け前にふらふらと出歩いているのだけれど。

それでも、こんなお節介なおっちゃんがいるわけで。



「キミ、これ、必要な外出?必要じゃないよね?しかもこんな着物なんか着て。もしかして夏だからって浮かれてる?」



ああああああああああああああああっ。

もうっ!!

うるっさいなぁっ!!!

着物は私のこの場所での普段着なのっ!!

着てちゃ悪いか、このマスク野郎っ!!

ていうか、密作り出してんのこのおっちゃんじゃん。

はぁ……。

こんなマスクのおっちゃん放置してさっさと帰ろ。



「はいはい、帰ります。帰りますぅーーー」


「ちょっと。話すならしっかりマスクしてっ!!!」


「はいはい、そうでしたね、今度からそうしますぅーーー」



心の底でおっちゃんにあっかんべーをしながら私は家に向かって駆けだした。



「ちゃんと、家にいる事っ!!わかった!?ステイ、ホーーーーーーーム!!!」



遠くからマスクのおっちゃんの大声が聞こえてくる。

あのさぁ……マスクしててもあんな大声出してたら意味ないと思うんだけどな。

心の奥でそう毒づきながら家路へと急いだ。


―――


「ただいまぁー……」


「なんだ刹花せつか、また早朝に散歩してきたんか……」



玄関で私の姿を見つけた私の兄は、ぼやくようにそう告げる。



「まぁね。おかげでステイホーム警察に、また罵倒されたんやけど」


「なんだよそれ。マジで草生えるわwww」



語尾に大草原がついてそうな口調で那直ななおにいは笑い転げる。



「だってさー。早朝の誰もいない時間にふらふら出歩くくらい良いじゃない?それすらも自粛しろーだなんてさ」


「まぁこういうご時世だからさ、そんな変な輩もいるんだよ。諦メロン」


「諦メロン言うてもなー。納得いかんのよ、ほんまに」



誰とも接触してないのに、何であんなに罵倒されなきゃならんのか。

そもそも密を作り出してきたのは、ステイホーム警察の方じゃないか。

私は悪くない。

そう、私は着物を着て早朝お散歩を楽しんでいただけの女子高生だ。

私は決して悪くない。



「まぁなんだ。おまえもおまえで悪いんだよ、刹花。そもそも着物で出かける必要ねえじゃねえか」


「むー……それは那直兄との意見の相違だね。私は和服が好きなの。あの場所に出かけるなら絶対和服じゃなきゃダメ」


「さいですか。まぁせいぜい気を付けろよ、ステイホーム警察とやらにはwww」



語尾に盛大な大草原を生やしながら那直兄は自室へと戻って行った。

とりあえず、朝食を食べるかな。

あ、うがい手洗いだけはしっかりしないとね。

これ、感染症予防の鉄則ね。

覚えておきましょう。


洗面所でうがい手洗いを済ませた私は、居間に並べられた朝食をみて目を輝かせる。

はー……やっぱ那直兄の料理は本当に美味しそうだ。

ホカホカご飯にしょっぱすぎない味噌汁に真ん丸の目玉焼き。

全てにちょっぴりスパイスが加えられていてとっても美味しい。

頬が落ちそうになるって言うのはこういう事だよね。

こんな料理を毎朝手塩を込めて作ってくれるって、ホント那直兄はシスコンだなぁと自分でも思う。

朝食をとった後、テレビの電源をポチっと入れる。


テレビでは昨日は流行り病のクラスター感染がおこっただのなんだのと大騒ぎだ。

結局この国は外に出る時は注意しましょうっていうばかりで、何の対策もしていないも同然だ。

しかし経済は回していこうねと、この国のお偉いさん達は告げる。

やれやれ。

こんなんじゃ、この流行り病がおさまるのはいつの日になることやら、だなぁ。

憂鬱な気分で、テレビの電源をポチっとオフにして椅子から立ち伸びをする。

はー……今日もいい天気だなぁ。

今日は何して過ごそうかな。

私は自分の部屋にスタスタと戻りながら、有り余る時間の使い道を考える。

ま、結局、スマホでネットの海をさ迷うぐらいしかする事ないんだけどね。

てへぺろっ。

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