#019 ガルバナの四天王


 ああ、風が気持ちいな。

 明け方、テントから出た俺は河原に寝転がって空を眺めていた。

 昨日のスネークヘッジホッグとの激闘を経て、俺は今ちょっとした虚脱状態だ。

 目を閉じれば甦る。

 鼓動が鳴っていた、血管がドクドクしていた、スローモーションで近づくヘッジホッグがコマ送りのように見えていた。牙と、強靭な鼻面。受け損ねれば、きっと死ぬ。

 でも、怖くなかった。

 あの強烈なチャージをいなしきった時、達成感と快感で血が爆発しそうだった。

 そんな事を、何度も脳内でリフレインする。


「くわあぁ~~~。ふわあ、ねむう」

「眠そうね、ボーヤ。そのパンいらないならワタクシが食べちゃうわよ」

「ああ、いいぞイェレナ。なんか、夜明け前に昨日のこと思い出してたら寝れなくなっちゃってな。今なら10連ガチャでSSRが3枚出ても平常心でいられる自信があるぞ」

「それ初期のうつ病じゃないか?」アルファがツッコむ。

「お前らからしたら大したことじゃないんだろうけど、戦いってああいうものなんだな。斬るのも斬られるのもゴメンだと今でも思ってるけど、あの瞬間、理屈じゃない興奮を感じたよ」

「うん、分かる」アオイが頷く。

「でも頭はすげー冷静でさ。あんな感覚初めてだった」

「それってなんかの達人みたいだね」コロンが口を挟む。

 言い合っていると、そばで腰を下ろして紅茶を飲んでいたジノが話に入ってきた。

「それはな、戦士の入口だ。身体は高ぶり、心は熱く、そして思考は冷静。争うのではなく、戦う者のみが至る境地の1つである。エビパエリアくんも、戦士としてひと山越えたかな?」

 そう言ってキザに笑ったジノは熱い紅茶にむせた。

「あっづぅ!」

「ダセえ」



 昨日までとは違う。

 敵の動きが、仲間の動きが、よく見える。

 昨日までと今日、変わったのは身体じゃない、気の在り方だ。

 そのたった1つで、景色がまるで違う。

「右3時、アルファ頼む!」

「オッケー」

「今のやつ、たぶんドロップしたぞ。チェックよろしく」

「分かったエピ」

 撒き餌の壺の周りで眺めていたイェレナとリサとジノは微笑んでいた。

「すがすがしいほどの成長ですわね」

「育てようと過保護に導かなくとも、子どもは育っていくんだな」

「男とは、そんなものである」


 しばらく順調に狩っていると、視界の隅に、何かが映った気がした。

 俺は首を巡らして辺りを見る。

「船だ! 上流から船が来るぞ。撒き餌いったんとめてくれ!」俺は岸に叫ぶ。

 みんなしばらく上流を見ていたが、みなも気づいたらしく狩りが中止される。

「おっとうと、お前戦いながらよく見えたな」アルファが驚きの表情で俺を見つめる。

「草原の目だ。これでも遊牧民の端くれだったからな」

 岸に上がってしばらく待っていると、やがて船が近づいてきた。

 黒塗りの船だ。

 軍用船のように見える。明らかに村民が乗り回す物じゃない。


 見ていると、船は船速を緩め、俺たちの近くでとまった。

 船のへりに足をかけた金髪の男が跳躍して岸に降りる。


 白と金と青の鮮やかな鎧を身に纏っている。おまけに深青のマント。こっちなんかドラクエで言ったら旅人の服だぞ。これが格差社会というものか。

「やあ。見たところ素材狩りのようだね。調子はいかがかな?」

 爽やかだ。エアリー感のある雰囲気で物腰も穏やかな好青年だ。

 男は片手で金髪をかき上げるとリサを見つめた。

「もしかして貴方は、アイーシャの魔女様?」

「ああ」

「これはこれは。初めまして、辺境伯ロズデイル様の側近、ガルバナ四天王が1人、ハジ・ダルクです。お見知りおきを、美しい魔女様」

 ちょっとでもダサいとこがあったら盛大に笑ってやろうと思っていたが、ハジとやらは余裕の笑顔で静かにたたずんでいる。

「ハジと言ったな。四天王と言う事は、位は将軍か」リサが聞く。


「ええ。ガルバナの市民からは、嬉しくも『微笑みの将軍』と呼ばれていますよ」

 隙がない。強さとかじゃなくて、イケメンぶりに隙が無い。

 自分の見え方を完璧に計算している男のたたずまいだ。

「おい、ハジ将軍」俺は声をかける。

「なんだい少年?」

「ロズデイルの麾下って事は、オリヴィエの知り合いか? あいつはどうしている?」

「ほう。オリヴィエ様を知っているのか?」

「ダチだ。ついでにクリスと従者のシュンもダチだ」

「ふうむ」

 ハジ将軍が考える顔になる。

「若様はこの前までアイーシャに居た。可能性は、なくはない、か」

 独り言をつぶやく。


「君がオリヴィエ様と知り合いである可能性をボクは否定できない。だが、オリヴィエ様は未来のガルバナを、ひいてはブリジット公国を支えるお方だ。安易に情報を与えることは出来ない」

「ケチかてめーは。友だちがどうしてるか聞いただけだろう」

「言えないんだよ。それが仕えるという事だ」

「お前家に帰って、『やっぱエピさんの言う通りだった』ってなって後悔しても遅いからな」

「決まりだ」

「ちぇ。じゃあ伝言だ。アイーシャのエピは、ガンガン強くなってるぞ、お前も負けんな、ってな」

「ふっ。では機会があれば伝えるだけ伝えておこう」

「大人の言葉で誤魔化すな。いいか、しっかり伝えろよ」

「いや君、そう言うけれどね、ボクは一介の部下だ。家臣のボクが気安く『調子どう?』って聞ける人じゃないんだよ、若様は。若様は若く、ご多忙な身だ。分かってくれないか?」

 そしてあの爽やかスマイル。

 俺は何だか心に疑心が芽生えてくる。


「お前、本当にロズデイルの将軍か?」

「あ、当たり前だろう。何を疑ってるんだ君は?」

「だいたいこの辺に何の用だ。怪しいぞお前」

「失敬だな、君失敬だな。ボクはほらあれ、巡察だよ。ガルバナ湖とアイーシャ池のあいだに新しい町を建設する計画があってだね。それの下見だ」

「ウソ言ってる顔してるな」

「ウソじゃない! もう、どうやったら信じてくれるんだ!」

「そうだな。お前、将軍っていうくらいだからさぞ強いのだろう。戦闘を見せてくれ。ここに撒き餌がある。ほれ、水に撒いてみろ」

「な、なんでボクがそんな……。雑兵との戦いは下士官の役目だ」

「怖いのか?」

「だからなんでそうなるんだ! いいよ、じゃあやるよ!」


 ハジ将軍は壺から撒き餌を振りまいて河原に立った。

 モンスターが出てくる。

 ハジ将軍は、芯のしっかりした火のシクスティーナの槍を構え、1振りした。

 雑魚モンスターは雑魚らしく一瞬で昇天していく。

「ど、どうだ見たか!」

「よしよし、楽してドロップ手に入れたな」俺は河原のドロップアイテムを拾い歩く。

「ダマしたのか君は!」

「ダマしてなどいない。将軍。撒き餌はまだまだあるぞ。まさか1回戦ったくらいで実力が認められるとは思ってないよな? 騎士道ってそんな甘っちょろいものなのか?」

「あ、う、ええ?」

 俺は撒き餌をばらまく。

「行け、ハジ将軍」

「ふざけんなあ~~~!」

「すっかりエビ丸のペースだな」リサが頭を振って岸に腰かけた。


 ※


 夕焼けが、池を赤く染めている。

「どうしたあ! もう終わりか! とれるまで走れ! 先生、お前が寝転がってもノックをやめないぞ! ここは荒野の大地だ、ゾウの群れが走って来てもお前は寝転がったままか? 走れハジ! 走ってこそ青春だっ!」

「もう1本! もう1本おねがいしまあすっ!」

「よく言ったハジ。先生嬉しいぞ。ダッシュ! ダッシュダッシュだあっしゅう!!!」

 俺はひたすら撒き餌を撒く。

 うちの生徒は諦めることなく白球を追いかける。

「今何が起きているんだ……」アルファが呟く。

「あの人、きっと根はものすごくバカなんだろうけど、カッコイイだけにかわいそうだね」アオイが遠くを見つめる。

「夕食になったら起こしてくれ。わたしは寝る」アルファが寝転がった。


「先生、先生っ!」

「どうしたハジ!」

「爆弾が、ボクの持病の爆弾が、爆発しそうなんです! もう限界です!」

「怖気づくなぁ! 破裂しやしない! 先生がさせない! 自分の限界を、ケガのせいにするな!」

「違うんです。ボクは、ボクはアナルに爆弾を抱えているんです!」

「え、ヒジにとかじゃないんだ?」俺ツッコむ。

「すっごく楽しいんです! すっごく興奮するんです、あれ!」

「やめろお前、この小説の根幹がアレするだろう」

 その時! 不意にモンスターが横合いから飛び出した。

 ハジ将軍は抜群の反応で足を踏み鳴らし、振り向きざまに一刀両断。

 しかし!

「いーさん・はーーーんとおっ!」ハジが絶叫する。


 何かが、砕けた感触がした。

 なにが、何が起こったんだ?

 ハジが川縁でうずくまっている。

 血を流している。

 ケツから、血を流している。

 純白のズボンが血に染まる。

「ハジ! しっかり、しっかりしろ、ハジい!」

 俺は駆け寄ってハジの手を握る。

「せ、先生……」

「なんだ、どうした、先生はここに居るぞ」

「トムクルーズと、やれる方法ないかなあ……」

「ハジいいいいぃーーーー!!!」

 俺の絶叫が、河原に木霊した。



 ボラギノールを注入したハジ将軍は小康状態を取り戻した。

「そうか。トムクルーズ好きか」俺は焚火に薪をくべる。

「はい、あとマッドデイモンとかも、たまにいいかなって」恥じらいの表情でハジが俯く。

「俺に薔薇様の気持ちは分からんが、お前もお前で大変だな」

「でも先生」

「ん?」

「『マリア様がみてる』の、あの百合百合したかんじも、嫌いじゃないんです!」

「難しいな、お前」

「先生、いえ、ロサギガンティア!」

「だれがセイさまやねん」

「若様には、ボクの性癖、言わないでもらえますか?」

「いいよ。男の子も女の子も心は自由だ。その代わり将軍であるお前の責務は果たせ。オリヴィエは俺の将来の自慢だ。しっかり守れよ」

「はい! 先生!」

「今日はよく頑張ったな。帰ってよし!」

「ありがとうございましたっ!」


「やっと終わったか」

 リサがうんざりしたように立ち上がり撤収作業が始まった。


「なんか、3日目はほとんど将軍が狩ってくれたね」アオイが言う。

「強かったけどな。強さよりほかの部分が目立っちゃってたよな」アルファがテントをたたむ。

「ワタクシ、イケメンは好きですけどね。でもあーゆーイケメンは判断に困りますわ」イェレナが撒き餌の壺を馬車に乗せ、ジノが手綱を解いた。


「…………」

「どうしたコロン?」俺は聞く。

「ううん。ただ、将軍見てたら思い出しちゃって。シュン、どうしてるのかな? ボクのこと考える時間ってあるのかなって」

 コロンは、リサと同じ魔女だ。

 だが前に言っていた。魔女でも、女の子だと。

「手紙とか、やり取りしてるんだろう?」

「うん。でも、顔が見たい。あのポンコツ野郎の、優しい笑顔が、ボクは見たいんだ」

「………………」

「ゴメン! さあ帰ろう、我が家へ。明日からまた、新しい1日が始まる!」

 俺は、上流階級の、ましてや辺境伯の子息やその従者がどんな生活してるかなんて知らない。

 でも俺もオリヴィエの顔が見たいし、クリスやシュンに会いたい。

 別れてまだたった数週間なのに、会えないって事は、こんなにも辛い。

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