#014 平和の定義


 翌日。

 運命の女神は、何が悲しいのか知らないが、俺とおばさんをセットにする。

 今日は朝からお使いだ。

 シクスティーナの店に、納品に行く。

 当たり前の話だが、シクスティーナは魔女にしか作れない。よって、町のシクスティーナ店とリサは密接な関係にある。


「この辺りに、他に魔女はいるのかしら?」

「さあな。俺も詳しくは知らんが、『町付き』の魔女が居るのはこの町くらいらしい。シクスティーナのためにわざわざこの町に買い物に来る冒険者もいるくらいだからあまり居ないんだろう」

「と、なると、マクスリーで装備を整えるのは厳しそうな感じですわね」

「うちの店で買ってくなら買ってってくれ。それでこそ経済も回るというものだ」


 町に入り丘を下り、マルシェへと向かうメインストリートを歩いていく。

 マルシェは朝から賑やかだ。

 港で採れた魚がメインで、肉にソーセージ、ハム、果物、それに調理されたファストフードが店を彩る。

 店と客が発する熱気で、マルシェはざわざわと混み合っている。

「小魚のフライに、蒸し焼きのスズキの切り身。ほんとに漁村なのねぇ」

「マルガージョさんとこを始め、この辺りの数件の農家は貴重だ。牛肉もミルクもそこからの供給しかないからな。この町は圧倒的に魚だ。野菜農家もいくつかあるが、人口比には追いつかない。野菜に関しては周辺の町頼みだな」

「ハチミツが美味しいって聞きましたけど?」

「それも正確にはうちの村じゃない。ここはほんとに魚だ。魚とか貝とかエビカニ。食豚や食鶏はほとんど村外からだな。小さな村の、危ういバランスってやつだ」



 シクスティーナの店に着く。

 店の名は「固い尻の穴」。固いのか柔らかいのか分からない。

 リサが何で固い尻ってワードに固執するのかいまいち分からないところだ。


「ごめんくださーい。納品でーす」

 声をかけると、店の奥からよぼよぼの爺さんが出てくる。

 肉も何もなく、骨と皮だけみたいな存在だ。イェレナとは対極に位置するだろう。

「おお、エピ坊。納品か。腰が痛くて一苦労じゃから、品は台の上においておくれ」

「ジイジ、売れ行きはどうだ?」

「最近は平和じゃぞ。常日の珠とか、日用品のシクスティーナしか売れておらん。今はなにせ氷じゃ。主婦たちもこの暑さと湿気のせいで、食材の保管に苦労しとるようじゃの。冷凍庫のシクスティーナを増やすように言ってくれるか?」

「分かったジイジ。あとこれは俺の私見だが、今年の秋は雨が少ないだろう。遊牧民の子どもだったからな、空は読める。水のシクスティーナの注文が増えるぞ。主に『ガルバナ川』より東の他村からだ。さっきの話と合わせて、氷水系の素材が枯渇する恐れがあるので、冒険者からの素材の買い取りは氷水系メインでいってくれ」

「氷水となると、ガルバナの湖周辺じゃな。うむ分かった。客が来たら伝えておこう」


 一通り商談が終わる。

 その間にイェレナは店内を見て回っていて、さっきから1つの商品の前から動かない。

「ステキですわ、この鎧。まるでワタクシのためにあつらえたよう……」

 おばさんがうっとり見ているのは、戦士用のビキニアーマーだ。

「お目が高いなセニョリータ。それは耐火防刃に優れた逸品だ。魔法障壁で少々のダメージなら打ち消すぞ」

「気に入りましたわ。これの3XLのSはありますの?」

「3XLのSってなんだ。Sって言えば許されると思うなよ」俺ツッコむ。

「品として1級。さらにビジュアルで1級。こんな出会いはそうないわ! そうでしょう、ミスター?」おばさんは聞いてない。

「ええ。セニョリータ。あなたにならお似合いです」

「お前、気に入るのは勝手だが、金はあるのか? 路銀尽きて漂流してたんだろ?」

「大丈夫! 度胸だけはありますの!」

「店で何するつもりだ!」

 俺のツッコミに、イェレナは涼しい顔で笑う。

「それに、男の人はこういう格好が好きでしょう?」


 そうだけどそうじゃねえ。

 こいつある意味、美人に生まれてたらすげーモテてたんだろうな……。



 おばさんがリビングを練り歩いている。

 ビキニアーマーを着て。

 地獄も地獄、コキュートスくらい地獄だがギルドの他のメンバーは何も言わない。

 加えて、ジノに至っては積極的に目で追っている。

 アリなのか? なんで見れるんだ?

 ジノの異常な性欲に戦慄すら覚える。

 こんだけ周りに美女がいて、なのにビキニアーマーのおばさんを女として鑑賞できる。

 ヤバいくらいにメンタルがタフだ。


 夕食時。

「イェレナさんは、今後どうやって動いていくつもりなんだ? 漂流してたくらいだから知り合いもいないだろう? しかも冒険者ローンで鎧まで買って」

 リサがオムライスにスプーンを入れながらおばさんに問う。

「そうですわねえ。せっかく宿をお貸しいただいてるので、家事のお手伝いやアルバイトしながらマクスリーの遺跡の情報を集めようと思ってますわ。いくら何でも1人で遺跡に乗り込む訳にもいかないので」

「イェレナさん強そうだから、うちの手伝いなら素材狩り手伝って欲しいなあ。それだったら差額で少しは払えるよね、お母さん?」コロンが言う。

「そうだな。レアドロップが出たらそれなりの金額を約束しよう。それでいいかな?」

「ええ。食費もちゃんと納めますわ。キレイなだけじゃないことを証明してみせますわ」

 おお、そうか。と心で呟く。

 ここでツッコむのは命のいらないバカだ。


「遺跡探索の仲間集めなら、町のヴィーナスの貝がらか、マクスリーの『カモメの止まり木』に行くと良い。ジノが口を聞いておくぞ。クエスト依頼の掲示板もあるから1度は顔を出すといい」

「ありがとう、ミスター。皆様も何から何まで……。亡き父も草葉の影から喜んでいると思いますわ。これは、このような幸運に支えられているのも、父の意志であるような気がするのです!」

 父万能だな、と心でツッコむ。

 だいたいそんなもん、どうとでもなるわ。故人に偶然を結びつけるのは、生きている人間の悪い癖だ。

 そんなこと言ったら俺は麻美ゆまと誕生日一緒だぞ。その方が運命だろう。


 心の中でとめどもないツッコミを呟いていると、リサが俺を見た。

「エビ丸。マルガージョさんのとこのシフトはどうなっている?」

「今週は今日休みで、3連午前勤務で、1休。残り2日がオールだ、調教の日なのでな」

「そうか。可能なら、来週はどこかで3連休を申請してくれないか?」

「それは構わんが何故だ?」

 俺の言葉にリサは目を細め、からかうように言った。

「その日はエビ丸の素材狩りクエストのデビュー日だ。稽古もバシバシいくからそのつもりでいろよ」

「お、マジか! ついに連れてってくれるのか?」

 俺は驚きを隠せない。驚きを禁じ得ないほどだ。いや、言うなれば驚きをハイド&シークして……、もういいか。

「まあ最近頑張っているし、ちょっとしたご褒美だ。だが勘違いするな。今回は実戦の立ち回りを見て勉強するのがメインの目的だ。初陣だからって無闇に刀を振り回すのはバカのやる事だ」

「なんだ、結局そういうオチか」

 俺は肩を落とす。

「そう言うな。期待してるぞ、うちの王子さまよ」

「任せてもらおうか」

 俺は立ち直った。



 寝る前に、俺は夕涼みに2階のルーフバルコニーに出ていた。

 南から風が吹く。

 まだ湿気を伴った生温い風だが、それでももう、夏は過ぎたのだと実感できる。

 なんかイェレナを拾ってから今まで、激動の時間だったな。

 オリヴィエたちが居なくなった寂しさを忘れる程だ。

 あんなおばさんでも、役に立つことはあるんだな。

 俺は苦笑いを浮かべる。


 そう思っていると、濡れ髪に手を当てたイェレナがバルコニーに出てきた。

「良い夜風ね、ボーヤ」

「ああ。俺は草原で育ったからな、この夏の蒸し暑さには参ってたところだ。お前の出身のエトネシアって、どんな国だ?」

「祖国は極寒の地。『極東の虎』、エトネシアなんて言われているけど、町の暮らしは、ここよりも悪かった。寒くて、陰鬱で、治安は悪くて。父はそんな暮らしを何とか変えようと、冒険者になったのよ」

「親父さんも冒険者か」

「1個のライ麦のパンを、家族3人で分ける生活。仕方ないとは分かっていても、ワタクシは故郷の生活が嫌だった。でもボーヤは、故郷の話をする時、いつも夢を見るように語るわね。それは、幸せなことよ」

「幸せだったのかな。そうだったのかな。家族と過ごした時間に感謝はしているが、あの国は遊牧民に不寛容だった。人が人を縛っていい法なんてないんだ。都市で暮らす事が、そんなに偉いのか? 先祖から受け継いだ血は、そんなに偉いのか? 俺には、世界は不条理で満ちているように見える」

「おかしなことを言うのね。世界は不条理よ。そこに善悪はない。守る者のために、狩る。それが、守る者を得た人間の生き方よ」

「そんなこと言ってるから! 世界はダメなんだっ!」

 俺は怒鳴っていた。


 守る者を守る為に狩る。

 じゃあ、狩られた者を守ってきた人たちは何だ?


「ボーヤ……」

「弱いから守れない。そんなこと絶対に言わせないぞ、俺はっ! なにが治世、なにが国のためだ。争い生んでるのはてめえらじゃないか!」

「興奮し過ぎよ、ボーヤ」

 俺の息が上がっている。

 はあはあはあ、くそっ。

 涙で視線が霞んでいた。

 そんな俺を見て、イェレナは言う。

「そうね。その通りだわ。でもね、現実には、貴方の家族は力に殺され、貴方にはそれを護る力がなかった。理想論おおいに結構よ。でも結局、理想論を掲げるのにも力はいるのよ。体制に文句を言うだけでは、何も変われない……」

「じゃあ俺の望みは、途方もない事か?」

「いいえ。誰もが願っている。民も、市民も、そしてきっと、1国の王でさえも。立場が違えば、同じ方向には走れない。それが、相克。それこそが、ワタクシたちが本当に越えるべき壁なのかも知れないわね」

「死なせたくないんだ。これ以上もう、死なせたくないんだ。死なせたくない人が、いる。死なせたくない人が、できたんだ……」

「ステキね、青い言葉は。嫌いじゃないわ、そういうの」


「うっぐ、ひっく、ううぅ」

「世界は平和なんかじゃない。自分と、それに連なる人が安心して暮らせる事が、この世界では平和と呼ばれているのよ」

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