#009 2本の羽根ペン


 パパと娘のカルナは基本的に仲良しのようだ。

 みなと合流して海岸線を歩き、町のマルシェに顔を出して、昼は料理茶屋の「白波」で食べる。

 白波は酒場のビーナスの貝がらよりワンランク上の小料理屋だ。船に乗ってきた労働者たちがビーナスの貝がらに集まっていたので、この選択だ。


「おお、これはサシミ。それにこれはオワン。ハクマイまであるぞ! ブリジットの港町に来てジンの日本料理が食べられるとは思わなかった」パパはご満悦だ。

 カルナも箸を器用に使い、小鉢の貝ひもの和え物を口に運び、スシを頬張る。

「パパ。このごはん、酸っぱいわ」

「それはお酢だよ、カルナ。ジンでは生の海産物を食べる。そこで防腐効果を期待してお酢を入れるんだ。食べ物を傷みにくくするんだね」

「パパってば物知り」

「そうだよ、パパは何でも知っているんだ」

 マジで仲良いな。普通、この年頃の女の子は父親を避けようとするものだと思っていたが。


「ところで、ここアイーシャの特産はなんでしょう? わたしたちは『マクスリー』に寄港したあと、外海に出ます。その先の港で捌ける品を探しているんですがね」

 それにジノが答える。

「見ての通り、ここは港町である。海運となると、昆布や削り節などの乾物。それに、あえて言えば真珠かな。採れる数は少ないが、大粒で品質は高い」

「なるほど」


 食事が進む。デザートのシラタマを食べて、くつろいでいるところにパパが口を開く。

「いやあ、大変美味しかった。僭越ながら、ここの支払いはわたしが出しましょう、お近づきのしるしです」

「そうか。ではごちそうになろう」リサも躊躇なく承諾する。

 こういうのが、スマートな大人のやり取りって言うんだろうな。

「ところでリサさん。道中に、風の噂で聞いたんですがね、魔女様は不老不死だと伺ったのですが本当ですか?」

 パパの目にあるのは純粋な好奇心だ。

 だがリサは少し眉をあげて、淡々と言葉を紡ぐ。

「事実とデマがごちゃ混ぜの噂だな。魔女だって死ぬ時は来る。人間とは『死に方』が違うだけだ」

「それはどういう……」

「ふう、腹が膨れたから少し歩きたいな。浜に戻るぞ。じゃあライダーさん、ごちそうになる」

「あ、ええ……」

 リサはすたすたと歩き去って店から出て行った。

 微妙な沈黙が漂う。

「わたしは、何かマズいことを聞いたのでしょうか?」

 パパは困惑顔だ。

 それにコロンが答える。

「悪いことじゃないよ。ライダーさんは気にしなくていい。ただ、お母さんにはちょっとだけ、思うところがあったんだよ」

「はあ」



 今度は商船から陸揚げされた品々のバザーを見に行く。

 はるばる海路を渡ってきただけあって、珍しいものが目白押しだ。

 簡易のテントが所狭しと立てられていて、地元の人間どころか、近隣の町の人たちも見に来ているようだ。


 ジノは茶葉を1つ2つ購入し、アオイは乾物の並んだ野天の店をゆっくりと見て回る。

 オリヴィエは骨董の武器防具の店を巡り、クリスと一緒に楽しそうだ。

「クリス~。こっち来い。お前に土産だ」

 俺はクリスの小さな手に物を押し込める。

「これは?」

「ママ上が見つけてくれた退魔のお守りだ。『イリマナ』って古代の島国のアイテムらしい。お前の身体が丈夫になるように、ってことで」

「ありがとう、エピさん」

 クリスは大切そうにお守りを押し頂く。

「武器なんか見て楽しいか?」俺言う。

「いいんです。お兄様が楽しければ、それで」

「まあいいや。そう言えばシュン見てないか? この辺りにいないようなんだ」

「さあ。わたしたちはこの辺りにずっと居ましたけど、見かけないですね」

「どこ行ったんだ、あいつ」


 薬草や薬の店を通り抜けて、反物のエリアに着くと、アルファにコロン、それにライダー親子が何やら話をしていた。

「ここに居たのか。なにしてたんだ?」

「おっとうと。見て見ろ、異国の生地に、洋服だ。模様とかすごい緻密だぞ。わたしも1着欲しいなあ」アルファが物欲しげに、スリットの入った銀糸刺繍の民族衣装を眺める。

「これは、さる国のパーティ装束ですな。なるほど、言われてみれば、アルファさんにぴったりだ。わたしがお送りしましょう」パパ言う。

「え、いいのか?」

「構いません。良い品は、良い人の所へ集まる。この服とアルファさんが今日出会ったのは運命でしょう」

「サンキュな、ライダーさん!」

「いえいえ、コロンさんも、気に入った服はありましたか?」

「いえ、ボクは別に……」

「遠慮など水臭いではないですか。わたしは無駄な金を使う気はありません。ですが、今日みなさんにはカルナの面倒を見てもらった。わたしたちとの思い出を大切にしていただけるなら、ぜひ受けて欲しい」

 パパがにっこりと微笑む。


「じゃあ、この、珊瑚の、イヤリング……」コロンが消え入りそうな声で言う。

「きっとコロンさんにお似合いですよ」

 そう言ってパパは笑った。

 良かったな、コロン。パパはたぶん、金額の大きい小さいじゃない、心に刺さる品を、みなに送りたいのだろう。

 俺は港の端に置かれた1/1スケールのガンダムのフィギュアが欲しかったが、パパは聞いてくれなかった。



「ああ、みんな。ここに居たんですね。あれ、コロンさん。珊瑚のイヤリングですか?」

 シュンがやって来て、さっそくイヤリングに気付く。

「お前どこ行ってたんだ? 俺たちもう結構バザーは見つくしたぞ」

 散っていた仲間たちも合流して、「昼飯の礼だ」とリサがカフェでアイスをごちそうしてくれていた。


 カルナはこの地域で定番の塩味のアイスを気に入ったようで、2つ目を食べているところだった。

「いやね、せっかくライダーさんたちが来たのだから、海からのアイーシャをお目にかけたくてね。バイト先の漁師さんから船を借りてきたんだ。10人乗りの船を借りるのは結構骨だったよ」

 そう言ってシュンが笑う。

 コロンとの遭遇によってキャラがぶっ壊れていたが、そう言えばそう、シュンって根はこういうやつだったな。

「海からのアイーシャ観光ですか! それはいい。カルナ、この町には古い要塞もあるそうだ。楽しみだな」

「ええ、パパ。わたし、この町が好きになったわ。エピ。エスコートしてくれる?」

 妖しげな目で、カルナはそう言って俺の手を取った。

「はははっ。自慢の大切な娘が、田舎の町のクソガ……。エピくん、よろしく頼みますよ」

「心の声滲みだしてたけどな」


 シュンを先頭に、俺とカルナ。そのあとは団子状に並んで、船を目指す。

「ちょうど良かった。お前にも土産を買ったんだ」

「ホント? わたしもよ。さっき店を見てたら気に入って」

「じゃあ俺から渡そう」

 紙袋から羽根ペンを取りだす。黒、赤、黄の3色の色が1枚の羽根にのっている。

「キレイな色。ステキだわ。でもまだまだね」

「なんだと?」

 俺の声に、カルナも紙袋を取りだす。

 出てきたのは、青、紫、黒の羽根ペンだった。

「お前も羽根ペン?」

「あげる物が被っちゃったね」照れたようにカルナが笑って、手を繋いでくる。


「エピ。ありがとう。ねえ、あなたの髪、とってもキレイよ。艶やかで真っ黒な、この羽根のような髪」

「俺の元の家族がいた地域では、みんなこんな髪色だ。珍しいもんじゃないぞ」

「元の家族って事は、あなた引き取られたの?」

「ああ。俺の国では遊牧民は迫害されていてな。国軍の制圧の後に、野盗の強奪。家族を殺されて、先が見えなくなっていた俺を拾ってくれたのがリサだ」

「魔女の、リサさん?」

「ああそうだ。でも俺にとっては魔女も何も関係ない。新しい、大切な家族だ。他の連中も含めてな」

「わたしも、ママを殺されたわ。ママはサキュバスだった。男を誘惑する半妖。そう言われて、あの日……。それからよ、パパと当てのない貿易の旅に出たのは」

 カルナがぎゅっと俺の手を握りしめる。

 失ったものと、残されたもの。

 悲しい空気が、浜を包んだ。


「カルナ。そいつらを、恨んでいるか?」

「恨んで? うん、ええ、そうね。わたしはきっと、あいつらを許す日は来ないと思っているわ」

「俺はな。もちろん恨んでいる。だけど、それ以上に、生き方が違うのだと思っている」

「生き方?」

「あいつらは、遊牧民を殺害する事に疑問を感じない。『それはそうであるからだ』。家族を手にかけたあいつら。俺もあいつらを見れば修羅の鬼となるだろう。だがそれ以上に、俺は体制を憎む。そうである事を当たり前にする、体制をこそ俺は憎むのだ」

「体制を、憎む……」



 夕空のアイーシャの町が紅に染まる。

 沖から見るアイーシャの家並みは橙の光に包まれて、左手に砦、右手に桟橋。扇状に広がった浜。飛び交うカモメたち。そのどれもが美しかった。

「これはすごい」パパが感嘆の声を漏らす。

「わたしも漁に出るまで知りませんでした。この町がこんなに鮮やかである事を」

 シュンが艪を漕ぎながらそう言う。

「もう少し陽が落ちると、薄闇に船の漁火と町の灯りが混じって、とても幻想的です。わたしはそれをお見せしたかった」

 きっと、シュンが1番見せたかったのは、コロンになんだろうな。


 ゆったりと、たわむ水面。夕焼けにキラキラ光る、水面。


 俺たちの町はこんなにも美しい。

 そう、思ったんだ。

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