第33話 サプライズプロポーズ大作戦

それから次の日になり、俺は完全に回復した。

熱は下がって回復したよと加奈にメッセージを送った。


「今日から仕事も行くよ」

「病み上がりなんだから、あんまり無理しちゃだめだよ」

「うん。わかってる」


そんなやりとりをして、仕事へと向かった。

そして無事に仕事も一日終える事ができた。


その数日後、俺は加奈にメッセージを送った。


「次の休みは、何しようか。どこか行く?」

「ごめん。その日は仕事になっちゃったんだ」

「そっか……。残念」


仕事になっちゃったんだ。それなら仕方ないな。

それから何度か加奈にメッセージを送っても、いつもよりも返事が返ってくるのが遅かった。数日返ってこない事もあった。


「次の休みは大丈夫そう?」

「ごめん。今日は休日出勤なんだ」

「えっ?また?」

「うん。ごめん」

「そっか……」


そんな事が連続して続いて、加奈と一カ月近く会えなくなった。

今までは毎週会っていたのに、一体どうして……。

俺、何か気に障るような事を言ってしまったのだろうか。


「加奈、怒ってる?」

「怒ってないよ」


怒ってないよと一言だけ返ってきた加奈からのメッセージを見て、なんだか余計に怒っているような気がして不安になった。


「なんていうか……最近冷たくない?全然会えないし」

「冷たくないよ。忙しいの」


まさか……

俺の事が嫌いになった?

それか浮気でもしてるんじゃ……?

嫌な事ばかりが頭をよぎる。


「あのさ……その……。浮気なんかしてないよね?」

「は?してないよ。何それ。ひどくない?」


加奈は、明らかに怒っている。


「いや、ごめん……」

「私の事、浮気してるとか疑うの?」

「いや、そうじゃないんだ」

「そう言ってるじゃん。疑ってるじゃん」

「いや、違うよ。俺、なんか加奈の気に障るような事言ったかなって」

「浮気したとか疑われてる事が気に障るよ。イライラした」

「ごめん」


それから加奈からは、何の返事も返ってこなかった。

なんだか凄くまずい雰囲気だ。


ど、ど、どうしよう……。

こんな時ってどうすればいいんだ。


そうだ、横山に電話!!

……いや、だめだ。これは俺と加奈の問題だ。自分で解決しないと。

俺は、ない頭で一生懸命考えた。

こういう時、どうすればいいんだろう……。

数日が経って俺は、加奈にメッセージを送る事にした。


「浮気してない?なんて言って本当にごめん。そんな事言われたら、そりゃ怒るよね。俺が悪かった。加奈が凄く怒ってるみたいに見えたから、俺が何か気に障るような事を言って、俺の事が嫌いになったのかと思った。それでつい不安になってあんな事言ってしまったんだ。俺は加奈の事信じてるから。忙しいのにごめん。また時間に余裕が出来たら連絡してきて」


メッセージを送ったが、返ってくる事はなかった。

俺、嫌われたかな?

このままフラれるのかな……?

このまま音信不通になって別れるとかになるんだろうか。


なんで……。一体どうして……。

なんであんな事を言ってしまったんだろう。

浮気してる?なんて言ってしまった事を物凄く後悔した。


ピロンッ!!と通知音が鳴った。


「やっと仕事の繁忙期終わった。落ち着いたよ。私も仕事が繁忙期だってことを最初に伝えてたらよかったね。仕事が忙しい日がずっと続いてて凄くイライラしてたんだ」


俺は加奈からきたメッセージを見て、すぐに電話をかけた。


「どうしたの?」

「うん。ごめん。すぐに謝りたくってさ。浮気したんじゃないかとか言ってしまって。俺、加奈が浮気してるとか疑いたかったわけじゃないんだ。ただ何の連絡もなくて凄く不安になって変な事言ったんだ。本当にごめん」

「うん。でもさすがに浮気を疑われたのは、イライラしたよ。私も怒った。正直、まだ怒ってる」

「本当にごめん」

「うん」

「あ、あのさ……。次に会える時、ご飯食べに行ってから夜景を見に行かない?綺麗なところがあるみたいなんだ」

「うん。いいよ」

「それじゃ、また」

「うん、またね」


電話を切った。本当は、綺麗な夜景のスポットがどこにあるのかも分からないし、ご飯を食べに行きたい店も何も決めていない。でも俺は、次に加奈に会えた時に、きちんと仲直りしてプロポーズしようって決めた。オシャレなお店でディナーを食べて、そのまま夜景スポットへ行き、加奈に内緒でこっそり買った結婚指輪を渡して、サプライズでプロポーズする。プロポーズの言葉は、俺と結婚してください。シンプルな言葉かもしれないけどそう言うんだ。

俺は、サプライズプロポーズ大作戦の計画を立てる事にした。まずは、加奈への結婚指輪を買う事から始めよう。俺は、結婚指輪について調べ始めた。結婚指輪にも色々な種類があった。様々なブランドの指輪があったり、値段も幅が広い。どれくらいのがいいんだろう。昔、聞いた事がある。結婚指輪は、給料の三ヶ月分だと。俺の給料の三ヶ月分って事は、五十万円くらいかかるのか。


「うわ……。結婚指輪って高いなぁ……」


俺はスマホの画面を見ながら、部屋で独り言を呟いた。五十万円もするなんて絶対に失敗できないじゃないか。それから更に調べる。指輪の返品は、店の落ち度がない限り、基本的に返品は不可能だと書いてあった。デザインが気に入らないとかサイズが合わないというのは、返品を断られる。そう書いてあった。


「あっ……そうか。指輪には、サイズがあるんだ。すっかり忘れていた」


俺は指輪なんて普段しないし、サイズの事なんて気にしたことがなかった。

加奈の指のサイズってどれくらいなんだろう。まさかサプライズプロポーズをしようとしているのに、加奈本人に指のサイズ教えてなんて言えない。世の中の他の男達は、どうやって彼女の指のサイズを知るのだろう。スマホを使い、検索してみる。いくつか方法が出てきた。まず一つ目。彼女自身に聞く。まあ当たり前か。だが今回は、サプライズプロポーズなわけだし、そういう訳にはいかない。これは論外だ。次に二つ目。彼女の友達経由で、彼女の指輪のサイズを聞く。なるほど。彼女の友達に協力してもらい、上手く彼女の指のサイズを聞くわけか。だが俺は、加奈の友達なんて全く知らないし、今回その方法は使う事ができない。次の方法は、彼女が寝ている間にこっそり指のサイズを測るというものだった。ああ、気づかなかった。なるほど。そういう方法があるのか。今までバスの中で酔い止め薬を飲んで寝ている加奈がいたじゃないか。あの時にこっそり測ればよかったのか。だが後悔してももう遅い。次に見つかった方法は、さりげなく聞くだった。まあそれが出来れば一番いいけれど、俺にそんなさりげなく聞けるような話術はない。それにプロポーズを感付かれては、意味がない。これも論外だ。あくまで突然のプロポーズというのがいいんだ。俺はそれがやりたいんだ。加奈の驚く顔が見たい。俺は色々調べた結果、ひとつのアイデアを思い付いた。


「そうだ。とりあえず安い指輪を買って、これはプロポーズする上での仮の指輪。本物の指輪は、一緒に買いに行こうって言えば良いんだ」


そうすれば失敗もないし、確実だ。よし、この方法でいこう。

まずは、結婚指輪の問題が解決した。次に考えるのがディナーだ。せっかくのサプライズプロポーズなんだ。いつもよりも豪華なディナーにしよう。色々な店を調べていった結果、一人二万円するディナーのコースを予約する事にした。

そしてサプライズプロポーズをする場所。夜景のスポットだ。スマホで夜景が綺麗なスポットを検索する。すると世界に誇る日本の夜景百選というウェブページを見つけた。そこを見ていると、思ったよりも近い場所に夜景百選で選ばれた夜景が見える場所があった。


「よし。夜景の下見に行こう」


俺は仕事終わりの夜、一人で夜景スポットへと向かった。ウェブページの写真で見るだけではなく、やはり実際に足を運んで確認しておきたかった。一生の記念に残る忘れられない日にしたいからな。加奈へのプロポーズ用の安い仮婚約指輪も買った。

この一週間をかけて徹底的に準備した。ついに加奈へのサプライズプロポーズの日がやってきた。


「お待たせ。待った?」

「ううん。今来たところ。大丈夫だよ。それじゃ行こうか」


平常心を保っているようにしているが、俺は内心、物凄くドキドキしている。


「今日行く店はね、実はもう予約してあるんだ」

「へぇ。そうなんだ。人気店なの?」

「うん。そうみたい」

「楽しみー」


店に到着し、受付に行く。


「予約していた矢口です」

「矢口様ですね。お席にご案内します」


照明はシャンデリア。明るくて清潔な感じで綺麗。オシャレな内装の店内を店員の後ろをゆっくり歩いてついていく。心臓の音がまだドキドキしている。


「こちらになります。本日はご予約頂いていたコース料理をお持ちします。どうぞ、ごゆっくり」


品のある感じの女性店員が、席を離れていった。


「なんか内装とかも凄い店だね。コース料理なんだ」

「うん。どう?気に入った?」

「うん。綺麗すぎてちょっと緊張してる」


俺は、もっと緊張してるよ。そう言いたくなったが、言う訳にはいかない。

待っていると水が運ばれてきた。ありがたい。緊張しすぎて喉がカラカラだったんだ。俺はコップを手に取り、水を一気に流し込む。


「凄い水飲んでるじゃん」


加奈が笑った。


「う、うん……。あ、ああ……あのー……お、俺もさ……そ、その……思ったよりオシャレな店だから緊張してるかな。あはは」

「そうなんだ」


なんとか上手くごまかすことができた。

そして待っていると料理が運ばれてきた。前菜の冷野菜が出てきた。まさに一流のシェフが作った料理という感じだ。冷野菜を口の中に運ぶ。


「美味しい」

「うん。美味しいね」


次の料理を店員が持ってきた。


「フォアグラのソテーになります」


店員が料理を運び、席を離れていった。


「凄い!!フォアグラ!!」

「美味しそうだね」


二人してフォアグラのソテーを食べる。


「うん。これも美味しい」

「味だけじゃなくて見た目もオシャレだね」


次に出てきたのは、トリュフパスタだった。


「わぁ!!パスタだ!!やったー」

「トリュフだって」


トリュフパスタを食べる。


「おお、美味しい」

「トリュフパスタなんて食べたの初めて」


続いてきたのは、オマール海老を香草で味付けした物だった。


「この海老、プリプリだね」

「うん!!これも美味しい」


そしてメイン料理である国産黒毛和牛のステーキが運ばれてきた。

絶妙な色合いをした肉が、ミディアムレアな焼け具合で美味しそうだ。


「お肉柔らかい」

「めちゃくちゃ美味しいな」


そしてデザートにフルーツケーキと珈琲がついてきた。

全てのコース料理を食べ終わり、店を出た。


「一人二万円もしたね。お金大丈夫?」

「まあたまにはいいじゃん。こういう贅沢も」

「そう?ならいいんだけど」

「それよりさ。次は夜景、見に行こうよ」

「うん」


そこから車で移動して、山道を登っていく。

俺は運転しながら心臓がバクバクだった。

山の頂上に着いて車から降りる。

そして開いた場所から夜景を見る。


「うわぁ!!綺麗!!ねぇ、写真撮ろうよ!!」

「うん」


加奈は、綺麗な夜景に心奪われているように見えた。

喜んでくれている。まずは第一段階、成功だ。

そして俺は、いよいよサプライズプロポーズに入った。


「なぁ、加奈」

「ん?」

「……あのさ。浮気してるんじゃないかなんて言った事、まだ怒ってる?」

「うん。少しね」

「ごめん」

「うん。でも美味しいディナー連れて行ってくれたから、ちょっと機嫌治ったよ」

「そっか……」

「うん」

「夜景、綺麗だね」

「うん」

「この夜景さ、日本の夜景百選に選ばれた夜景なんだ。夜景を調べてた時に見つけてさ、加奈にどうしても見せてあげたくて今日連れてきたんだ」

「ありがとう。凄く綺麗だよ」

「俺と加奈がさ、初めて出会った時の事覚えてる?」

「うん」

「あの時、ろくに女の子と話もした事がないような俺は、加奈と話すのにガチガチに緊張しててさ」

「うん。覚えてる。智也君、凄く緊張してたよね。この人、凄く緊張してて女の人に慣れてないんだなって思った」

「そんな俺にも加奈は、優しく接してくれたよね。加奈とデートして加奈の事が凄く好きになって、それで告白した。そしたら加奈は、俺の告白に対してオッケーの返事をくれた。本当に嬉しかった。ただのアニメオタクの俺にさ、まさか彼女が出来るなんて夢にも思わなかった。俺は一生一人、独身で寂しく生きていくんだろうなって悲観的に思ってたんだ」

「うん」

「俺、本当に頼りない奴だし、頭だって良くないし、スポーツも出来ない。何の取り柄もない。凄くちっぽけな人間なんだ。でもさ、そんな俺にも本当に大切な人ができたんだ。加奈の明るいところや価値観が合うところ、それから作ってくれた料理が美味しいところ、熱が出たら看病してくれるところ。笑った顔も可愛いし、服のセンスも良いし、とにかく加奈の色んな所が大好きだ。加奈の好きなところをあげたらきりがない。俺には……俺の人生には、加奈が必要だって思ったんだ。俺は一生かけて加奈を守りたいって心の底から思ったんだ。加奈と一緒にやりたい事が、まだまだ沢山あるよ。加奈に教えてもらいながら、もっと一緒に色々な料理をしたり、買い物に行ったり。温泉だけじゃない。アニメの聖地巡礼したり、海外に世界遺産見に行ったり、色々な場所に旅行に行って写真撮って。沢山の思い出を作って。写真のアルバムを見て、昔話して。そんな事をしたい。だから……」

「うん」

「加奈。……俺と結婚してください」


そして俺は、加奈の前に用意していた結婚指輪を差し出して跪いた。

加奈は、黙ったままだった。この沈黙が一生続くのではないかと思うくらい、長い時間に感じられた。


「……はい」


そう言うと、加奈の頬からは、涙が溢れてきていた。


「ごめん。突然だったからビックリしちゃって……」

「うん……。ビックリさせたかった」

「ずるいよ、サプライズでプロポーズなんて」

「ごめん」

「嬉しい」

「ほんとに俺と結婚してくれる?ほんとに?」

「うん」

「やったぁああああああああああああ!!!!」


俺は、大声で叫んで加奈を抱きしめた。


「痛い痛い!!そんな強く抱きしめないで。苦しい」

「ああ、ごめん!!」

「もう!!女の子を抱きしめる時は、優しく抱きしめなきゃダメなんだからね」

「うん。気を付ける」


ドーーンッ!!

その瞬間だった。綺麗な花火が打ちあがった。


「あっ!!花火だ!!」

「ほんとだね」

「ねぇ。この花火が打ち上がる事も智也君は、知ってたの?」

「うん。まあね」


実は全然知らなかった。

でもほんのちょっぴりだけ、今日だけは、見栄を張って小さな嘘をついた。

俺は、花火が打ち上がる事を知っていた。

そういう事にしておこう。

そして俺は、加奈を見つめて、花火が真っ暗な空へと打ち上がる夜空の下、加奈の唇にキスをした。

こうして俺は、サプライズプロポーズ大作戦を成功させた。

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