第3話 森の民

 未だ現状を把握していない姉妹にアースがもう一度声を掛ける。


「大丈夫? フォレストベアなら倒したからもう危険はないよ?」

「……あ、ありがとう? じゃなくて! どうして君のような子供がこんな場所に!?」


 最もな疑問だ。アースの容姿は五歳。そんな子供がこんな深い森の中にいたら疑問に思って当然だ。


「えっと……親に独り立ちしろと言われたからかな?」

「まだ子供なのに独り立ち!? な、なんて親だ! せめて成人するまで庇護するのが親の役目だろう!?」

「か、可哀想です……」


 姉妹がアースに憐れみの目を向ける。


「あはは、別に捨てられたとかじゃないからね。早い内に世界に出て世の中を学べって言われてさ。君たちこそこんな森で何を?」


 その問い掛けに姉が口を開く。


「私達は見ての通り……エルフだ」

「おぉっ! エルフ!? 初めて見た!」


 アースは興味深そうに姉妹を観察した。何せこの世界に来てから初めての亜人種だ。


「そ、そんなに見ないでくれ。は、恥ずかしいのでな」

「あ、ごめんごめん」

「あ、ああ。でだ、私達エルフはこの森に住んでいる。今日は狩りに出てきたのだが……そこであの巨大熊に襲われてな……。あんなのは滅多に現れないから油断していたのだ……。本当に助かった」

「いえいえ、助けられて良かったよ」


 そう笑みを浮かべるアースを姉妹は深く観察していた。


(お姉ちゃん、あの子可哀想だよ……。助けてくれたし……集落に連れて行けないかな?)

(私もそう思っていた。だが私達エルフは閉鎖的な種族、私達にとってあの少年は恩人かもしれないが、集落の民にとっては部外者でしかない。連れて行ったところですぐに追い出されてしまうかもしれん)

(でも……私達の恩人だよ? しかもまだ子供だし……。助けてもらったのにこのままお別れしちゃうの?)

(……わかったよ。とりあえず連れて行こう。そして私から長に話をしてみるよ、それで良い?)

(うん!)


 やがて方針が決まったのか、姉がアースに話し掛けた。


「あ~と、すまない少年」

「あ、俺はアースって言うんだ。よろしくね」

「アースか。ではアース、助けてくれた礼に私達の集落へ来ないか? その……人間にとってはあまり良い環境ではないが、独りで森にいるよりはマシだろう」

「大丈夫なの?」

「……なんとかしよう。さ、私達の後ろをついて来てくれ」

「う、うん」


 アースは先導する姉妹の後を歩いていく。


「っと、【アースニードル】」

「え?」


 アースは草むらに魔法を放った。


「ど、どうしたのだ?」

「うん、魔物の気配があったから」

「な、なにっ!?」


 アースは魔法を放った草むらに手を突っ込んだ。そして魔法で絶命した魔物を引っ張り出して姉妹に見せる。


「これなんだけど」

「そ、それはフットラビット! その素早さと臆病さから中々狩れない魔物ではないか!」

「そうなの?」

「ああ。しかも……その肉はとても美味いし栄養価も高いのだ。よく仕留められたな……」


 そんな狩り辛い魔物だとは知らないアースは神様から貰っていたスキル【ストレージ】からいくつか魔物を取り出して見せた。


「他にもこんなの倒してるんだけど」

「な、なななななにっ!? 極彩鳥にファングボア……バトルホースまで!? しかもこの数……! いや、待て……。アース、今どこから取り出したのだ?」

「え? ああ、俺のスキルに【ストレージ】ってのがあってさ、仕留めた魔物は全部そこに入れてるんだよ。なんでも無限に入るから便利なんだよね」

「す、ストレージ? なんて便利なスキル……!」

「アースさん凄い!」


 姉は驚き、妹は羨望の眼差しを向けていた。


「ちなみにさっきの熊も回収してるから後で分けてあげるよ」

「あ、そうか。私達は狩りに来ていたのだったな……。獲物が無しではさすがに少し恥ずかしい。すまない、アース」

「いいって。それより早く行こうよ。俺集落なんて初めてだからさ!」

「集落が初めて? な、なんて不憫な少年なんだ……!」


 姉は目が熱くなるのを堪え、足早に集落へと急ぐのであった。

 少し歩くと森が少し開けた場所が見えてきた。


「アース、あそこが私達の集落、エルフの隠れ里だ」

「あれが集落か~! あ、木の上に家がある!」

「ああ。私達エルフは木の上に家を建てて暮らしているのだ。これは外敵が侵入してきたら上から弓矢で射れるようにと考えての事なのだ」

「へぇ~ 」

「さ、まずは長に挨拶に行こう」

「うん」


 そう返事をし、アースが集落の中へと足を踏み入れた瞬間、無数の殺気が木の上にある家から向けられた。


「そこで止まれっ! ここは我ら森の民エルフの里! エルフ以外の者の立ち入りは断じて認められん! そこから一歩でも先に進めば命はないものと思え!」


 その警告に姉妹が抵抗した。


「ま、待って下さい! アースは私達が森で巨大なフォレストベアに襲われ、殺されそうになっていた所を救ってくれたのです!」

「そ、そうです! アースさんがいなければ私達は今ごろ死んでいました!」


 それに対し再び木の上から声が降り注いだ。


「そうだとしてもだ、立ち入りは断じて認められん。これは掟なのだ。お前達もエルフならわかるだろう。我らの先祖がかつて人間にどんな目にあわされたのかをな!」

「うっ……」

「理解したか?」


 このやり取りを受け、アースは姉妹に言った。


「どうやら入れてもらえないようだね。残念だけど俺はこれで失礼するよ。森の出口だけ教えてもらえると助かるなぁ」

「だ、だめだ! まだ何の恩も返していないではないか! それに……恩人に対してあんな態度……。気分を悪くさせてしまってすまないっ!」

「大丈夫だよ。エルフは閉鎖的な種族なんでしょ?」

「っ! 聞こえていたのか……」

「うん。だからこうなる事も大体わかってたし、気にしないでいいよ」


 その言葉に姉は拳をぐっと握り締めた。


「……やはりダメだ。集落に入れないならこの入り口に家を建てよう。そこでしばらく私達と暮らして欲しい」

「え?」

「無理にとは言わない。だが、命を救ってもらった上にこんな仕打ちをしたとなれば私のプライドが許さないのだ……。家は私達姉妹が何とかする。だからしばらくの間はこの集落入り口で暮らしてくれ、頼むっ!」


 こうまで頭を下げられて無下に断るのも気が引けたアースは、この姉の提案を受け入れるのであった。

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