幕間①

「…………フッ……」


「…………」


「…………グフフ……」


「あの……圭?」


「なんだ?」


「こんなこと言うのもアレだけど……さっきから結構キモいよ……? その変態的な笑い声」


「……ヘンタイテキ⁉︎ 心当たりがまったくないんだが⁉︎」


 葵が「それのことだよ」と言って指をさしたのは——俺が今読んでいた本。もといラノベだった。


 さすがに公共の場で半裸の美少女のイラストを見せびらかすのはアレなので、◯善のブックカバーをつけている。

 本屋ごとにブックカバーの柄は異なるが、個人的に◯善と◯垣書店が好みだ。果たして伏字の意味はあるのか。


「で、これがどうかしたのか?」


「自覚ないの⁉︎ めっちゃニヤニヤしてたじゃん!」


 …………マジ?

 いやまあ、たしかに素晴らしい作品は笑いながら読めるが……俺、そんなにニヤついてたか?

 コレがラノベの怖いところなのかもしれない。気をつけなければ……。


『まもなく〜、花山〜。花山〜……』


「あ、もうすぐ着くっぽい」


 初授業の日、俺は電車通学について「一月もすれば慣れる」的なことを豪語していたが、実際その通りで——いや、当初の予想を超えて、慣れるのは早かった。

 今では歩いて学校に通うという行為をおかしく思うようになったほどだ。


  ◇ ◆ ◇


 駅から学校までの道も見飽きた。

 単調だ。ただただ西に真っ直ぐ進むだけ。横断歩道も二つしかない。


 強いて挙げるなら、今ちょうど通りかかった、向かい合わせに立つコンビニだろうか。


「圭、もうさすがにあっちのコンビニ潰れるかな」


「いや分からないぞ。全国の経営規模的にはマイクロストップよりフレンドリーマートの方が断然大きいからな」


「でも、ほとんどお客さん入ってないじゃんフレマ」


 道路を挟んでお向かいに店舗を構えるコンビニ。

 どちらかが潰れるまで正面衝突を繰り広げるのは避けて通れない運命だ。


 しかし残念ながら、あっちのフレンドリーマートは車が物凄く入りにくいという重大な欠点を持っている。

 また、こっちのマイクロストップはイートインが完備してあるのに対し、向こうはそれすらも存在しない。


 ——あのフレマ、確実に来年を待たず潰れるッ……!


「でも実際、フレマで美味しいのってフレチキしかないけど、マイストはアイスとかもあるからね。しかもイートイン」


「ああ……俺もマイスト派だな。フレマは文房具の品揃え悪いが、こっちは消える三色ボールペンとかもあるしな。しかも替え芯まで充実


 俺たちは頷き合う。


「——待って二人共」


 途端、後ろから可愛らしい声が聞こえた。

 なんかのアニメ声優? いや違う。


「向こうのフレマ、悪くない」


 ——源菜々だ。

 無表情……だが、その瞳の奥では熱い炎が燃え上がっているように見えた。

 すると、菜々は俺に顔を近づけてきた。身長的に口と口が至近距離ってことはないが、俺の顎辺りに額が密着している。


 葵はそれを見て苦い顔を見せた。


「出たな、このロリ娘ッ……!」


「……圭。フレマ、ナメちゃダメ」


 菜々は葵の動揺など見ず知らずで話を続ける。


「な、名前呼び⁉︎ ねえ圭! いつこのロリに寝取られたの⁉︎」


 葵はそう叫ぶと、カバンを四次元ポケットみたいにガサガサ物色する。

 取り出したのは——彫刻刀⁉︎


「待て待て、お前は勘違いをしている! とりあえずその彫刻刀を戻せ! なにに使う気だ⁉︎」


「ちょっとここで木彫りの熊でも作ろうかなって」


「どういう状況だよ!」


 俺は葵の手を握って、彫刻刀を無理矢理カバンに押し込んだ。

 葵はまだ


「……で、フレマがどうしたんだ?」


 話を本筋に戻す。

 菜々は大真面目な顔で言った。


「フレマ……700円くじやってる。フレマ……ローションつきコンドーム売ってる……!」


「……お、おう」


「私はフレマ派……! フレマ最高……!」


「どういうこだわりなんだ……?」


  ◇ ◆ ◇


 タイムリープ。

 俺たちは帰りの電車で、夕日を背負っている。 


 もちろん今日も、話しかけてくる奴はいなかった。


 たぶん、俺たちは順調に負のスパイラルに陥っているのだ。

 ハブられ、葵とセットになり、ハブられ、葵とセットになり……。

 そうやって着々とぼっちペアの印象が濃くなる。


 葵は、それに嫌そうな顔をしない。どうやらこの状況を認めているらしい。

 つまり、葵本人は既に友達作りを放棄しているのだ。

 だから俺以外の人間とまったく関わらないし、逆に俺が菜々と話しているとめっちゃ恨んでくる。……いや、怨んでくる。


「葵はもう、友達とかいらないのか?」


「圭がいるじゃん? あっ、分かった。友達じゃ物足りないんだね?」


「いや……そういうことじゃなくてな……」


「あ、そうだ圭」


「なんだ?」


「今週の土曜日、空いてるでしょ? 最近花山駅の近くにデパートできらじゃん。あそこ一緒に行ってみない? 二人でね。どっかのロリは忘れて」


 予定がない前提で誘ってくるのは極めて遺憾だが、悲しいことに反論する余地もない。


「……別にいいぞ」


  ◇ ◆ ◇


 流れに押されてOKしたが——うーん、デートだよなぁ……。


 小学生や中学生なら、例え性別が違えど「あしたはともだちとおでかけだ!」で済むのだろう。

 ……最近のガキは進んでるから、以外とそうでもないのかもしれないが。


 ともかく、高校生にもなって二人きりでデパートは……どうなんだろう。

 以前のくま寿司は不可抗力だったが、今回の場合は特になんのアレもないからなぁ。

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