第4話 く◯寿司とクソ映画

 俺たちは今、帰りの電車に揺られている。

 今日は午前中だけの授業なので、外はまだ明るい。


 しかし、朝から色々とイベントが起きすぎて、俺の体は疲弊し切っていた。


「圭のお友達は私だけ。だから、なにも心配しないでいいんだよ?」


 隣に座る葵はこんな具合に、さっきからメンヘラ、ヤンデレ発言を連発している。

 今日の出来事がよっぽど応えたらしい。

 つーか、このセリフのどこに安心しろと言うのか。不安以外の感情がまったく湧いてこないんですけど。


 俺が呆れてため息をつくと、ブレザーのポケットから携帯の着信音が鳴った。

 確認してみる。

 母からだった。


あんずとモールに行ってくるから、昼ご飯は家でカップラーメンでも食べててね』


 急だなオイ……。ちなみに杏っていうのは俺の妹だ。中ニ。


 俺が嫌そうな顔をしたせいか、葵がスマホの画面を覗き込んでくる。

 めっちゃプライバシーの侵害。


「へー、圭も一人でご飯なんだ。実は私も今日留守番なんだよね。これはもう、UFOしかないですな〜」


「ホント好きだなお前は。……カップ焼きそばって、食後なぜか絶対指がソース臭くなるから、あんまり食べる気がしないんだよな」


「フッ……コレだから初心者は……。二万で教えたげるよ?」


「その二万で普通の焼きそば食った方が百倍得だわ」


『まもなく〜、万城〜、万城〜』


  ◇ ◆ ◇


 神谷家は、最寄り駅である万城駅から倉科家までの道の途中に存在する。

 一緒に帰るとなると、自然、葵は神谷家の前を通ることになる。


 ——それはともかく、我が家に辿り着いた俺は、開いた口が塞がらなくなっていた。


「……鍵がねぇぇぇぇぇ!」


「あちゃあ……」


 ヤバい。家に入れない。

 母さんと杏が帰ってくるまで待たなければならん。だが、俺の腹が持たん。


 俺はスマホを取り出し、母さんにメッセージを送る。


『鍵がないんだけど、もうすぐ帰ってくる?』


 数十秒経つと、返信が。


『映画観て帰るから遅くなるかも。もうチケット買っちゃったし』


『映画ってどのくらいの長さ?』


『四時間半』


 どんだけだよ! 「ベン・ハー」もビックリの長さじゃねーか!

 逆にどんな内容なんだよ⁉︎


『なんて題名?』


 俺が聞くと、すぐに答えが返ってくる。


『「異世界に行ったら、魔法の詠唱が全部淫語だった件・劇場版」だよ』


 どうやったらそれで四時間半も映画作れるんだよ! 

 つーか、アンタらはなんでそれを親子で観ようと思ったんだよ!


「ダメだこりゃ……ネカフェで時間潰すか……」


「……ねえ圭」


「ん?」


「今から、外食行かない?」


  ◇ ◆ ◇


 万城駅の近くに、百円寿司のチェーン店がある。

 名を「くま寿司」と言う。


 くま寿司のテーブルには、食べた皿の返却口が存在する。

 返却口に五枚皿を入れると、注文用タブレットの液晶で「あたりorはずれゲーム」が始まる。

 これに当たると、設置されたガチャガチャマシーンからオモチャ(ショボい)の入ったガチャ玉が出てくるため、子供に大変人気がある。


 俺たちは、その店のテーブル席に座り、各々の食べたいネタを注文していた。

 平日の昼だけあって、店内はかなり空いている。


「葵……」


「なに?」


「お前コレ、絶対ガチャガチャしたいだけだよな……」


「は、はぁ⁉︎ そんなワケないじゃん! もう高校生だよ⁉︎ 好きなアニメのコラボくらいでオモチャほしくなるとか、マジあり得ないし!」


「ご丁寧に動機まで教えてくれてありがとう……」


「……くっ……バレた……」


「あと『本マグロ中トロ一貫』ばっか頼むのマジでやめろよ……コレで割り勘とか、不公平すぎんだろ……」


「だって皿パ(コスパの皿バージョン)がいいもん。一貫でお皿一枚だよ?」


 ……たぶん、全国のお父さんたちが、こういう娘に不平を抱いていることだろう。


  ◇ ◆ ◇


 レジで、店員さんがにこやかに言う。


「お会計、5940円になりまーす」


 高え! 二人で6000円って、どこのレスラーだよ⁉︎


 葵が財布から英世と一葉を出しつつ、「後で2970円よろしく♡」と俺に囁く。

 理不尽だ……。

 俺、皿10枚も食べてないのに……。


 葵は店員さんからお釣りとレシートを受け取り、店の外へ。

 俺も後ろについていく。


  ◇ ◆ ◇


 帰路をゆっくり歩きながら、俺は最弱紙幣二枚と小銭を葵に手渡す。


「……いや、お前ティラミス頼みすぎだろ!」


「だって、中トロ一貫より圧倒的に皿パがいいもん! 一口サイズでお皿二枚とか、慈愛の神すぎるもん!」


「コスパに関しては暗黒神ナイアルラトホテップ級だからな⁉︎」


「いいじゃん、ガチャガチャ三個当たったんだし」


「俺には腹ごしらえ以外になんの得もないけどな……」


 ふと、俺は左手首に巻いた腕時計を見やる。

 ……午後二時。


「まだ映画終わるまで二時間半あるし……」


「…………あ、うん! ほんとだ!」


 取り出したガチャ玉に夢中で、一瞬耳がちくわ状になっていたようだ。

 ホクホク顔が可愛いのはマジでズルいよな。優しくしてあげたくなってしまう。


 ——もちろん、割り勘の件は死ぬまで根に持つつもりだが。


 俺がため息をつくや否や、ズボンのポケットから軽快な音楽が鳴る。

 電話だ。

 えっと……父さんからだな。


 葵に「ちょっと電話……」と一言告げ、俺はスマホを耳に当てた。


「もしもし。どした父さん」


『おう、俺帰ったぞ』


「……あ、よく考えたら、今日帰り早い日だったな」


『そうだ。鍵閉まってたが、大丈夫だったか?』


「葵と寿司屋行ってきた」


『そうか……寿司屋か。俺も若い頃、母さんとは違う女と寿司屋の帰りにラブ——』


 用件が済んだので電話を切った。


 ——気づけば、俺たちは既に、神谷家の前に辿り着いていた。


「鍵開いたっぽいから、帰るわ」


「うん。また明日ね♡」


 明日……明日か。

 友達、作らないと……。

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