第18話 2組のカップル 前編

金曜日、風葉が来る日となった。

水曜日からしっかりと大学に行っている俺は今、講義を聴いている。


「シュンペーターが主張したのは、企業家がイノベーションを不断に進める事が、資本主義経済の変動の源であるという事であって…………」


暫く休んでいた分、しっかりと取り返す必要がある。だが、数週間で俺は新しい生活が始まる。風葉と一緒に生活しながら、今まで通り勉学に励まなくてはならない。

決してそれは容易い事じゃない。でも、彼女も16歳。全てを俺に頼らなくても、自分である程度は行動出来ると信じている。

だから、あまり始まる前から危機感を抱くべきではないだろう。風葉との生活が不安だという事は、裏を返せば、風葉は俺に全部頼らないと生きていけないダメ人間と、決め付けてしまう事になる。

そう言えば、風葉は丁度俺が大学から帰って来る頃合いにやって来るらしい。

この風葉がいるタイミングで、他の奴らに彼女の事を話すつもりだ。勿論、流星の様に信用出来る人のみだが。

最初は、理愛華と話して決めたあいつに言おう。


受ける全ての講義が終わって、俺は荷物を整理すると、目的の人物の元へ歩み寄った。

控えめな佇まいで座っている、長めの焦げ茶髪をハーフアップにした、清純容姿の女子の元へと、俺はやって来た。


勝幸「ヒカリ、ちょっといいか?」



≪≫


俺が声を掛けたのは、高校、大学と一緒で、現在も同じ学部に通っている、追分おいわけヒカリだ。


ヒカリ「おや〜、いしずーじゃないか。どしたどした」

勝幸「おっす、見た感じ今日はデフォルトの呑気のんきモードかな?」

ヒカリ「まぁね〜、今日そんな気分なんよ」


清純そうな、と言ったが、それは雰囲気だけで、こんな感じでゆるゆるな様子であることが多い。

現状、容姿は清純そのものだが、格好が冬眠でもするのかとツッコみたくなるような、厚手の服装だった。


勝幸「昨日なんかは活発だったのにな」

ヒカリ「いや〜、今日は寒いからね」

勝幸「明日は下ネタでも炸裂したり?」

ヒカリ「ん〜、そのパターンは状況を選ぶからね」


しかし、彼女はいつも呑気な訳ではない。

実は彼女は日によって性格が少し違うという、変わった人間である。ある日はこんな感じで、別の日は騒がしくなり、また別の日は品がなくなり、そのまた別の日はそれこそ清純になる事もある。

とまぁ、少し不思議ちゃんじみた奴だが、高校の頃から仲は良く、こいつと他の奴らも含めて一緒に出掛ける事も少なくない。


ヒカリ「あ〜、それで何の用件かな?」

勝幸「あーそうだ、悪い悪い」


彼女に言われて本来の目的を思い出す。


勝幸「今日この後は暇か?」


風葉に会って、俺の現状を知ってもらいたい。その為には、直で対面するのがベストだろう。


ヒカリ「えとね〜、特に予定は無かった気がするわ」

勝幸「じゃあさ、少しついて来てくれねぇか?会って欲しい奴がいるんだ」

ヒカリ「ふ〜ん、気になるから行くよ。理愛ぴんは?」


ヒカリも、理愛華と仲が良い。その点では、俺と理愛華の双方が信頼を置いている人間の1人が、彼女という訳だ。

だが、用件を伝えに来たのは俺のみ。大学が違うからだと言われればそうだが、理愛華には理愛華で、別に事を頼んでいる。


勝幸「来るよ。理愛華にはあいつに話を持ち掛けるように頼んでおいた」

ヒカリ「おけ〜、じゃあ、久しぶりに4人で集まるね‼︎」

勝幸「ま、久しぶりっつっても1ヵ月ぶりとかだけどな……」

ヒカリ「いや〜、一月経てば久しぶりってなるよ〜」


俺は鼻で溜息をつくと、まぁそうだな、と小さく笑って呟く。

取り敢えず、風葉との関係を話す事が出来そうだ。

俺や理愛華が講義を終えて、駅で風葉と合流出来る時間から逆算して、俺は風葉に来る時間帯を指定しておいた。幸いにも講義の終わる時間が理愛華の学校とそこまで変わらないので、来るまで寄り道でもしておけば、丁度良いタイミングで合流出来るだろう。


勝幸(理愛華の方は、来てくれるかな……?)



≪≫


勝幸と風葉が同居する事が決まって、早3日が経った。今日、風葉がこっちへ来る。

私も親の許可を貰ったので、風葉への経済的な支援が出来るようになった。その次のステップとして、勝幸の家における彼女の生活スペースについて、決める事になっている。

その為に来るのだが、それともう一つ。

少しずつ、風葉の事について、親しい人達に報告しないといけない。変な誤解を生まない為に、話していくつもりだ。

その中で、まず私は勝幸にあるカップルの2人を提案した。その片方の、私と同じ高校、大学に通っている男子の元へ、私は向かった。

つるがモスグリーンの眼鏡に、ワックスを施された翠色すいしょくの髪、そしてオリーブ色の上着という、いつも識別しやすい見た目だ。

私は本人の背後から近づき、名前を呼ぶ。


理愛華「ねぇねぇ、利根とねちゃん」


私の声に気付き、視線をこちらに向ける。


「ンゴ?」



≪≫


利根淳一とねじゅんいちというのが彼の名前。勝幸と同じ大学に通っている高校の頃の同級生、追分ヒカリとは恋人同士の関係で、勝幸も含めた4人で時々集まる事がある程の仲の良さだ。

正直言って、カップル揃ってどこか変わった性格をしている。中々不思議な2人だ。

一方で、気持ちのスイッチの切り替えがしっかりしていたり、他人の為によく行動する所は勝幸と似ていて、そういった点では尊敬に値する人物とも言える。

でも………………


淳一「ワイに何か用かい?」

理愛華「そうなの。ちょっといい?」

淳一「荷物を仕舞うからちょっと待っててクレメンス」

理愛華「あ、うん……」


この口調だけは、よく分からない。

所謂いわゆるネットスラングってのらしいけど、私は掲示板とかはあまり見ないので、時々意味が分からなくなったりする。

利根ちゃんが自称している『なんJ民』とかいうのに関連している言葉なのかな?

ともあれ、まずは用件を伝えないと。


淳一「よいしょっと。話は歩きながらで大丈夫?」

理愛華「うん。行こう」


かばんを背負って、彼はおもむろに歩き出す。

私は隣について行きながら、静かに口を開く。


理愛華「実は、勝幸の事なんだけどね」

淳一「あいつがどうかしたんか?」

理愛華「そのね…………信じてくれる?」


自分でも分かる程の不安感をかもし出しながら、目線を利根ちゃんの方向へ向ける。丁度身長も同じ位なので、真横を見ると彼の目と視線が合った。

彼は視線を前に戻す。


淳一「あぁ。心配すんな」


彼は声のトーンを重くして、そう言った。

かなり不安が和ぐ。その言葉は私の信用に値するものだった。

まだ風葉の事は何も告げてないのに、最初に教えるのが利根ちゃんで良かったとさえ感じてしまう。

実は、大学が同じでコンタクトが取りやすいというのもあり、この2人で時々出掛ける事がある。そんな時、勝幸は『利根ちゃんなら』と優しく頷いてくれる。

本来、彼氏彼女がいる人と2人きりで出掛ける事は、浮気云々を考えると、そのパートナーにとっては心配な事だろう。だけど、その心配は彼にはない。

彼女持ちだというのもあるだろうけど、理解の良さや話の真偽を判断出来る性格が、私や勝幸にとっては信用に値する頼もしい存在なのだ。


淳一「そんで、あいつがどうしたっつうんねん」

理愛華「それがね……勝幸が歳下の女の子と一緒に住む事になったの」

淳一「………………」

理愛華「………………」

淳一「………………ファッ⁉︎」

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