悦びの肉声。—— アメイジング・グレイス

その日も私と君はベッドの上にいた。


だって、君の部屋はいつもあまりに散らかっていて、

そこしか居場所がないんだもの。


狭いシングルベッド。

何かするわけでもなくて、おしゃべりも尽きて、

二人とも半分眠りかけながら、無造作に折り重なっていた。


テレビだけが、選んだわけじゃないチャンネルをチャカチャカと映し出している。

ボリュームはごく小さくて、ベッドの足元からさざめきのように響いてくる。


歌手がかわるがわる流行りの歌を歌って、合い間にMCが入ってるようだった。


君は時々寝返りを打って、思い出したように私のどこかを無為に触ってくる。


私はボンヤリする頭で、何時に帰ろうかと考えていた。



ふと、アカペラの曲が流れ出した。


物珍しさからか、君が体を起こして、私越しに画面を見てる。


うまくハマっていたお互いの体勢が崩れて、不自然な格好で息苦しいのに、

君はそんなこと気づきもせず、テレビのボリュームを上げた。


部屋いっぱいに響き渡る、女性の澄んだ歌声。


なのに、部屋はさっきより、しぃんとなった。

私と君が息をひそめた分だけ。



♪〜Amazing grace how sweet the sound

  That saved a wretch like me.


きれいな曲だなぁって、私も体をねじって振り向くようにテレビを見て、

ついでに君を窺うと、食い入るように画面を見ていたね。



——どうしたの?


君をジャマしないように、心の中で問いかける。


——なんか、いつもと違うよ?



きれいなメロディに包まれながら、私はまたベッドにうつ伏せた。

その隣で、君はもはや体育座りで聴き入っていたね。



歌詞は記号のように流れて、意味はわかってなかったけど、

この歌、アメイジング・グレイスは賛美歌なんだと、MCが説明してた。



♪〜But God, Who called me here below,

  Will be forever mine.



うん、確かに God って聞こえたよね。



相変わらずボンヤリそんなことを思っていたら、

不意に君の手が伸びてきて、私を仰向けにした。


えっ!? と思う間もなく、私の体に埋ずもれる君。


あちこち貪るように乱暴に口づけて、侵入し、本能のままにうねり、果てた。



確かに、「歌は力をくれる」とか言うけど。

心に蓄えたのは美しい賛美歌のメロディだったはずなのに、

エネルギーの転換のしかたを間違えてるよ。


まったく君ってヤツは……。



賛美歌に聴き入ってる君が見せたナイーヴな横顔。


室内に満ちていた美しいメロディの余韻を壊すようなセックス。


何から何までヘンな夜。



でも、その時、私の体も確かに、悦びの声をあげていた。

思い切りビブラートを効かせて。


***


彼のせいで、不謹慎にも、私の中でこの賛美歌は交わりの記憶と結びついてしまった。



神様は人間に肉体を与え、肉体は生きている悦びを奏でる。



あの夜、私たちは、アカペラで肉体を賛美した。




ということなら、神様は許してくれるかな。




♪「アメイジング・グレイス」賛美歌(ゴスペル)

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