第三十一話 連合軍の侵攻

 サ・ルアーガ・タシア王国は壊滅的な状況にあった。

 領空に広がる不可視の絶対防壁の一角を破られ、隕石に姿を変えた岩石竜が侵入し、王都を暴れまわった。多くの戦士が戦ったが、不意打ちの攻撃に次々と倒されていったのだ。

 この混乱に乗じて、鋼の鎧を装備した精鋭一千の大軍勢がサ・ルアーガ・タシア王国に繋がる街道を突き進んでいく。

 装備された甲冑の色や形は統一性を欠いているが、ただ一つ掲げる青旗の下、手には剣や槍を握り、城門近くまで迫っていた。


「前進だ、前進! 我々、王国壊滅連合軍こそ、長きにわたるサ・ルアーガ・タシア王国の不敗神話を打ち砕くのだ」


 連合軍を任されたボラ・トドメス将軍は、馬上にて兵士たちに気勢を上げた。


「内と外、同時に攻め込まれれば一溜まりもなかろうて」


 髪全体を後ろになで上げ、目の周りが黒ずみ、兵士たちよりも細身の体格のボラ将軍は、ふてぶてしい笑みを浮かべる。


「さすがボラ将軍、感服いたします」


 紅蓮の剣を腰に差す武器商人、ヴァン・クロノスがボラ将軍の馬に並走して声をかけた。


「世界広しといえども、不可視の絶対防壁を破れるのは貴方様しかおりますまい。もちろん、大主教ジャーク・ローヒー猊下を除いての話ですが」

「これはこれはヴァン殿。此度の武器調達と支援、感謝致します。見てくだされ、この大軍を。周辺諸国から精鋭のみをかき集めました。必ずや勝利するでありましょう」


 ボラ将軍はヴァンを一瞥し、儀礼的な挨拶を返す。


「……ですが、ヴァン殿はなんのことを言っておられるのですかな」


 ヴァンは空に向けて指をさす。


「ありえない大法螺を吹くのが得意な貴方だから、できないことでもできたのではないですか。もちろん、未来永劫続くものではなく、瞬きほどの限られた短期間だけ。その一瞬の空白を生み出したからこそ、此度の作戦がうまく行ったのではないですか」


 ぴくっとボラ将軍の眉が動く。


「……喰えぬ男だな」

「美味しく食べられたくはないので」


 二人は互いに目を合わせると、豪快に笑いあった。


「気づいていたか、武器商人は目ざといな。貴公の言うとおり、大主教ジャーク・ローヒー猊下の命令を受けて不可視の絶対防壁に大穴を開けたのはこのわたし、ボラ・トドメスだ。開けたといっても、ほんの一瞬。致命傷を与えるにはそれで充分だったがな」

「やはりそうでしたか。実に見事な手際でした」


 ヴァンは笑みをうかべて小さく手を叩いた。


「まさか岩石竜とともに上空を飛行するとは思ってもみなかったが、なかなか稀有な体験であったぞ」

「それも猊下の発案された作戦だった、というわけですか」


 そうであろうな、とボラ将軍は答えた。


「此度の計画を見抜いていた貴公ならば、知っておるだろう。星のダイス『もに☆もに』の存在を」

「商売柄、諸国を渡り歩いておりますので噂程度なら耳に入ってきます。たしか、どんな願いも叶えてくれるという、おとぎ話ですか」


 ボラ将軍は静かに口元を緩ませた。


「存外、貴公の情報も当てにならぬものなのだな。武器商人にとって、武器だけでなく情報も大事な商品だと語っていたのは貴公だぞ」

「といいますと、ボラ将軍は星のダイスに関して仔細をお持ちなのですね。よろしければご教授賜りたく存じます」


 ヴァンは馬上にて、軽く頭を下げた。


「実物を見たわけではないので詳細まではわからぬが、聞き及んでいる範囲でよければお教えしよう」

「ありがとうございます」


 素直な武器商人ヴァンの態度に気を良くしたのか、ボラ将軍は手綱を引き、馬の歩みを止めた。

 ヴァンも同じく手綱を引いて、止まらせる。


「どんな願いも叶えてくれる不思議な星のダイス『もに☆もに』を所有するといわれるサ・ルアーガ・タシア王国の存在は、それだけで隣国には脅威に映っている。故に、星のダイスを巡る争いが繰り返されてきた」

「脅威、ですか?」

「たかだか小さなサイコロを一つ振っただけで、神の御業である数多の奇蹟をたやすく起こせるのだぞ。脅威以外の何物でもない」

「星のダイスを持つものこそ、神……そのものですか」


 ヴァンは唾を飲み込んだ。


「そうだ。その気になれば、国一つ、いや世界すら滅ぼすことも造作もないだろう。これだけ言えば、権力者が恐れる理由もわかるだろう」

「確かに、脅威ですね」

「とはいえ、為政者でなくとも心が踊る。是が非でも手中に収めたいと思わずにはいられまい。なぜなら、手にした者はすなわち世界の王であり、神となれるのだ。だからこそ、無益とも思える戦争がくり返されるのだ」

「サイコロ一つで戦争とは……まさに遊戯ですね」


 波型模様や花を模した装飾がほどこされた甲冑を着込んだ兵士が鳴らす金属と金属のぶつかる音が、歓喜する大勢の叫び声と混ざり合う。

 戦場の熱気から、吹き出る首筋の汗をヴァンは拭った。


「だが、恐怖を煽りながら星のダイスの存在を周辺諸国に語り歩く男がいたをらどうだろう。その男によって、戦争を引き起こされているのではないだろうか」


 ボラ将軍は、並走するヴァンに目を向け剣を抜いた。

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