第二十八話 異世界へ

「では、異世界に行く準備をしますか」


 朝食を済ませたさくやは、リョーマと機械犬とともに部屋に戻った。

 まずはじめに、押し入れから赤い十字架が描かれた棺桶型の黒いキャリーケースを引っ張り出す。

 キッチンから携帯非常食や飲水を運び入れ、クローゼットから着替え用のゴスロリ服を取り出しては詰めていく。


「でも、どうやって行くのだ」


 さくやの肩にちょこんと乗るAIBO姿の機械犬が声をかけてくる。

 ちょっとまってねと答えて、さくやは荷物を手早く詰め終えた。


「はい、それではみんな、注目~っ」


 さくやは右の手のひらを開いてリョーマに見せた。


「さて、お立ち会い。ここに昨日リョーマからあずかりました空の薬莢があります」


 機械犬も手のひらを覗き込む。


「確かに」

「これを握りしめます」


 ぎゅっと握り、さくやは目を閉じる。


「サ・ルアーガ・タシア王国へ続く魔法の扉を開くもに☆」


 呪文のようにつぶやいた。

 一瞬、指と指の隙間から光が漏れ出たかと思うと、あっという間に光は消えた。


「これで、出来上がりかな」


 手のひらを開き、薬莢をリョーマに手渡した。


「この薬莢を閃星銃に込めて撃って」

「これを?」


 リョーマは薬莢を見て、息を飲む。


「気づいたみたいね。さっきまで空だったはずの薬莢に、いまは魔弾が込められているでしょ」

「そういうことか、さくや」


 機械犬は歓喜の咆哮をあげる。

 リョーマも察した様子でうなずいた。


「つまり、こちらの住人のさくや殿が作った魔法の扉を作る魔法を込めた魔弾を、あちらの住人であるわたしが撃つことで、サ・ルアーガ・タシア王国への扉が開けるということですね」

「そういうこと。説明書を読み返してみても、魔法を使う人が行ったことがある場所にしか扉が作れないと書いてあるだけで、魔法を使うのが魔法少女のわたしでなければならないとは書いてなかった。というわけで、さっそく撃ってみて」

「試さなくてもいいんですか?」


 リョーマの言葉にさくやは首をかしげる。

 もちろん試し打ちをしたい。理屈は正しくても、実際うまくいくかはさくやにもわからないから。だからといって、試すといってもやはり撃ってみないことにはわからないのだ。


「いきなり本番だけど、うまくいかなかったら、また魔弾を込めるし、なにか考えるから。とにかくリョーマは、自分の世界に戻ることだけ考えて思い切って引き金を引いて」

「はい!」


 リョーマは回転式弾倉に魔弾を込めると、部屋の窓に向かって銃を構えて引き金を引いた。

 窓ガラスに弾がぶつかった瞬間、水面に小石が落ちて波紋が広がるごとく、衝撃が広がっていうのと同時に窓ガラスに映る風景が変わっていく。

 向かいの家の外壁しか見えなかった景色が一変し、グリム童話の世界のような中世ヨーロッパ建築を彷彿させる石造建築が建ちならんだ街並みが現れた。


「んー、成功したのかな。どこなのかわたしにはわかんない」


 さくやはリョーマの顔を見た。

 雷に打たれたような呆気ない表情をしていた。


「すごい……さくや殿。この景色はまさしく、サ・ルアーガ・タシア王国の王都です」


 窓ガラスに映る風景に興奮するリョーマは、閃星銃を不思議そうにみつめた。


「おー、どうやら成功したみたいね」


 さくやは、ふふんと笑ってみる。

 呑気に窓を眺めていると、王都の上空を、ゲームやアニメなどでおなじみの翼と角のある四足ドラゴンが飛行していくのがみえた。

 

「やっぱり異世界ね。あーいう翼のあるドラゴンがいるんだ」

「あれは岩石竜だ」


 肩に乗る機械犬が低く唸る。


「そのまんまの名前ね」


 この分だと、スライムやサイクロプス、ゴーレムなど他のモンスターもたくさんいるかも知れない。見てみたい気もするが、できることなら出くわしたくなかった。


「だが、おかしい」

 

 機械犬が不安げにつぶやいた。


「そんなにあのドラゴンが珍しいの?」

「サ・ルアーガ・タシア王国は星のダイスの願いにより、領土と領空に絶対防壁がある」

「絶対防壁?」

「そうだ。建国以来、目には見えないが聖なる防壁が張り巡らされている。おかげで飛行するモンスターだけでなく敵国の侵入も阻むことが出来るのだ。だが……そんな王国の上空を岩石竜が飛んでいるはずがない」

「でも、岩石竜が」


 窓ガラスの向こうでは、飛行していた岩石竜が降りてきて、岩のような体皮に覆われた巨大な魔獣がつぎつぎと石材建築の建物を破壊していく。

 暴れるたびに強風が吹き荒れ、窓ガラスがビシビシ音を立てて揺れた。まるで透明液晶ディスプレイに変化した窓ガラスで4D映画を見ている感覚だった。


「だから、王都が攻撃を受けるはずがないのだ」


 肩の上で怯える機械犬の頭を、さくやは軽く撫でる。


「攻め込まれている現実を認めて、そこから対応しないとわたしたちが危ないよ。これからこの世界へ行くんだから」


 さくやはキャリーケースと愛用の日傘を手にすると、隣のリョーマを見た。

 銃を構えているリョーマの目は、戦う決意に満ち溢れていた。


「さあ、異世界へ出発だ」


 さくやは思い切って部屋の窓を開けた。

 

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