第二十六話 武器商人

 無数の流星が音もなく降り注ぐ夜。

 大主教ジャーク・ローヒーに従う邪神官が企てた、奇襲が開始された。

 目に見えぬ防壁がサ・ルアーガ・タシア王国の領空を守り続けてきたが、ついに防壁の一部が打ち破られたのだ。

 邪神官達が出現させた隕石が落下し、王都の石造建築物を次々と粉砕。街に火の手が上がっていく。

 落ちてきたのは、ただの隕石ではなかった。硬い蕾が開いて花を咲かすように、隕石が魔獣へと変貌。翼を広げて空を飛び、口から炎を吐いて暴れまわる。

 街が破壊され、悲鳴をあがて逃げ惑う人々。

 王国民を救うべく、戦士たちが駆けつける。

 ジャーク・ローヒーと戦うために集められていた精鋭ぞろいの彼らは、剣をふるい、魔法を放ち、一体ずつ魔獣を蹴散らしていった。

 彼らは強かった。だが、個別に暴れていた魔獣に統率が生まれると、劣勢な戦いへと強いられていく。

 次々と倒されていく戦士たち。

 圧倒的な力を誰もが求めていた。

 だが救いは現れない。


「この世界には勇者がいないからだ」


 王都を見渡せる丘に立つ男は、腰に下げる紅蓮の剣の柄を握る。

 近くの茂みから葉が擦れる音がした。

 徐々に大きく聞こえ、男はいつでも剣を抜ける体制に身構えた。


「高みの見物ですか、武器商人ヴァン・クロノス。相変わらずいい趣味してるケロ」


 草陰から姿を現したのは、煩悩のプリースト・ケロッチだった。

 ケロッチにヴァンと呼ばれた長身の男の視線は、夜闇の中で燃える王都に向けていた。


「始まったケロ? 戦争が」

「違うな、始めたのだ」


 ヴァンは長い間暗闇にいるせいで夜目が利き、ケロッチが左肩を押さえて足を引きずって近寄ってくるのがわかる。おまけに血の匂い。怪我をしているのがわかった。


「人は争いながら平和を求め、争いを求めて平和を壊す愚かな生物だ。わかり合うために歪み合うことからはじめ、歪み合うからこそ他者と認めてわかり合うのだ。俺たちのような存在は、争いがなければ生きてはいけない、業を背負った生物だと認めなければならないのさ」


 ヴァンの傍にたどり着いたケロッチは。無防備にも腰を下ろした。

 プリーストと名乗りながら、致命的なまでに治癒魔法が苦手なことを、ヴァンは知っている。おまけにケロッチが得意なのは、操作系の魔法。つまり、自分の怪我を満足に回復させることもできないのだ。


「火に油を注いでるのはお前のくせに、よく言うケロ」

「仕掛けたのはジャーク・ローヒー猊下だ。俺ではない。そもそも機械犬とジャーク・ローヒー、両方を売ったお前に俺を卑下する資格はないぜ。俺がしたことといったら、ちょっと流言を撒いてみただけさ」

「流言ケロ?」

「実は二つ存在し、もう一つは王都のどこかに隠されていると吹聴したのだ。売れない商品に価値はないからな」


 ふふん、と口元で笑うヴァンはケロッチを見下ろした。


「ところで守備は?」

「もちろんケロ」


 ケロッチは握る右手を差し出した。

 すでに指と指の隙間から光が漏れ出ている。

 ゆっくり開くと、星のダイスが淡い光を放っていた。


「ほお。これが……自ら光っているのか。まるで夜空にまたたく星のようだ」

「おかげで、夜の暗がりでも迷わずここまで来ることができたケロ」

「偽物ではなかろうな」

「本物だケロ」


 手を伸ばし、ヴァンはつまみ上げる。


「これが、サ・ルアーガ・タシア最大の神秘といわれる星のダイス『もに☆もに』か」


 熱くも冷たくもなく、星のダイス自体が発光していた。

 正立方体の各面にはそれぞれ、異なる星の数が刻まれている。


「出目次第でどんな願いも叶うが、扱えるのはサ・ルアーガ・タシア王国の王家の血筋を持つものだけと聞く。つまり、俺達にも使えないわけか……手にしたというのに、宝の持ち腐れだな」


 ヴァンはふうと息を吐く。


「とはいえ……これが本物と言われても、初めて見るものだから確かめようがない。実際に使うところを見てみたいものだな」

「使うところを見たケロ」

「なに?」


 ヴァンはケロッチに目を向ける。


「まさか機械犬が使ったのか?」

「違うケロ。使ったのは、異世界の魔法少女ケロ」


 ケロッチの言葉にヴァンは耳を疑った。


「魔法少女とはなんだ? 異世界に王家の血筋を引く者がいたのか?」

「わからないケロ。もう会うこともないし、確かめることもできないケロ」

「もう一度、異世界へ行ってそいつを連れてこい。星のダイスを振らせて願いを叶えさせれば、この世を俺のものにできるではないか。すぐに引き返すのだっ」

「無理だケロ。膨大な星の子達が必要ですし、機械犬を追いかけられたのは異世界転移させた際の時空の歪みの痕跡を辿れたからです。戦争がはじまったいまとなっては、膨大な量の星の子達を集めるのは難しいし、転移できたとしても同じ世界に行けるかどうかもわからず、なによりジャーク・ローヒー猊下に気づかれてしまうケロ」


 ジャーク・ローヒーの名前を聞いて、ヴァンは息を吐いた。


「気づかれるのは非常にまずい。仕方あるまい、当初の手はずどおりに」


 ヴァンは腰に下げる紅蓮の剣を抜き、ケロッチめがけて振り下ろした。


 

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