Stage.2-1 君も好きなのかい?

 うぃーっす!

 俺、高橋未来。

 もーすぐ13歳の中学1年さ。


 小学生の時から「フューチャーマン」ってネームで、お笑い動画のクリエイターやってんだ。

 キッズ部門で毎月ランキング上位キープしてたゼ。スゲーだろ?


 でも中学生になったら、ずっと憧れてた「ヒーロー映画」を撮ろうって決めてた。

 今度は、俺一人だけじゃなくって一緒に組んでやる仲間が必要だ。


 それで早速、同じクラスでちょっと面白そうなヤツが見つかったよ。


 ……ロックバンド?

 何それ、新しいヒーローガジェットか何か?


 * * *


「あっ! そ、それ、『ブラッド・ニンジャ』じゃね?」


 未来は興奮気味に、だが声を抑えながら話しかけた。

 休み時間、窓際の席に座るクラスメイトのノートに描かれたイラストを発見して目を引きつけられたのだ。


「んっ、そ、そうだけど……何か」


 描いた本人は、少し驚いて肩をピクリとさせ、頭を上げて未来の顔を見た。

 未来はイラストを凝視している。


 ノートに鉛筆で描かれているのは、黒いヘッドマスクにトゲトゲした装飾が付いた、厳つい怪人のようなイラストだ。


 未来はそのまま、黙ったままの彼に早口で話し続けた。


「1980年代からある『アーベルコミック』のヒーロー映画シリーズ。しかも、メイングループじゃなくって対抗勢力『デッド』の方、こっちの方がカッコいいよな?! うーんわかるわ」

「そう……高橋くん、君も好きなのかい?」

「あぁ、俺の事は『未来』でいいって言ったじゃん」

「……いや、何となく」

「そーいやさ、下の名前、まだ聞いてなかった」


 興奮している未来に比べて落ち着いた表情の彼は、答える代わりに無言でノートを閉じて表紙を未来に見せた。


【内野青空】


「わっ、字ーうまっ」

「まぁね……」


 イラストを描いていたのは、青空であった。

 子供の頃から、好きな漫画を真似したイラストを描くのが好きで、書道も習っていたので字も上手なのだ。

 因みに、亡くなった祖父が書道家だったのである。


『まさか、僕と同じ歳でコレを知ってる奴がいたとはね……』


 青空の眉毛が動き、ズレた眼鏡を指で直した。


「青空くんかぁ。長いなー、じゃあ青くん、いや、内野だからウッちゃんがいいかな?」


 ニコニコして目を輝かせる未来に、青空は呆れて呟いた。


「好きにすれば」


 * * *


 放課後、帰ろうとする青空に未来が声を掛けた。


「青くん、部活どこ入るか決めた?」

「ああー、そうだね、たぶん美術部かな」

「そっかあ、やっぱ絵が得意なんだな。俺はさー、映画部が気になってる。ちょっと一緒に帰らねぇ?」

「……いいけど」


 * * *


 練馬板橋市の中でも、青空たちが通う『若葉中学校』の付近は特に起伏の多い土地だ。

 正門を出てなだらかな傾斜の坂を下り、国道を渡ってまたそこから急な坂を登る。

 ここの中学生は、黒くて大きなリュックが指定カバンだ。


 坂の途中、崖を利用した児童公園のベンチに未来と青空は座った。

 コンビニで買ってきたジュースを飲みながら、未来は好きなヒーロー映画を青空に語る。

 青空は映画をあまり多くは見ていないが、原作のアメリカンコミックを読んでいた事を伝えた。


「へぇ~。原作の漫画、今度俺に見せてよ!」


 未来が目をキラキラさせて前のめりになると、青空の目は少し曇った。


「……火事で全部燃えたんだって」

「あっ、そうかぁ~。なんかゴメン」


 未来は謝って、申し訳なさそうに俯いて頭をかいた。長身の背中が丸まる。

 青空は表情を変えずにあっさりと返す。


「いいよ別に」

「あの、青くん実は俺さー、動画クリエイターやってんだ。『ニコゲラ』でさ、『フューチャーマン』って名前で」

「えっ! 僕見たことあるよ。君なの?」


 青空は一転、声のトーンが高くなった。


「そうだよ! 嬉しいなぁー、知ってたんだ?」


 未来はベンチから跳ね上がる位に喜んで、青空の肩を掴んだ。


「うん、何度かね。へぇーすごいなぁ」


 青空が笑顔でうなづくと、未来はベンチから立ち上がって振り向いた。


「小学校の時、その事は友達何人かにしか言ってなかったんだ。でもさ、もうお笑いネタは辞める」

「えっ、何で辞めちゃうの」


 青空は驚いて立ち上がった。

 すると未来は、ゆっくりと前に出た。

 青空は、隣に立つと未来が10センチ近く背が高いので視線が上を向く。


「夢があるんだ。青くん、俺と組まないか?」

「なっ……何だい?」


 未来は歩き出し、公園内の崖に掛かる丸太の階段を登りながら話す。

 青空はすぐ後ろについて進む。


「俺さ、ヒーロー映画、作りたいんだ。全く新しいやつ」

「へぇ……」

「昔からあるシリーズものじゃない、スゲー強くってカッコいいヒーロー。でも俺は、絵とか下手だからさ」

「はぁ」

「青くんの絵の才能が必要だって思ったんだ。俺と一緒に、最高のヒーロー映画を作ろうよ!」

「えっ、えぇ……」


 未来の熱い誘いに、青空は思わず肩を引いた。


 二人は階段を登りきり、立ち止まり横に並ぶ。

 青空は、視線を遠くの方へと向けた。

 静かな住宅街に陽が落ちて、低い空が茜色に染まってゆく。


「なっ、どうかなぁ」

「うーん、そうだねぇ……」


 青空は腕を組んで、首を少し傾げた。


「あ、僕からも、ちょっと聞きたいんだけど」

「なんだ?」


「”バンド”って知ってる?」


 未来は突然の問いに、意味が分からず少し黙った。首を傾げながら口を開く。


「……ん? そんな映画、あったか?」

「違う、映画じゃなくって」

「じゃぁ、手首につける……」

「いや、リストバンドじゃないよ、音楽のこと。ほら、なんていうの、あるじゃない……えっとぉ、楽器、ギターとか持ってて」


 青空は、言いたい事が上手く言葉に表せずに声が小さくなる。

 話しながら歩道を道なりに歩き出した。未来も隣に付いて歩く。


「ああ、歌のこと?」

「そう、ギター弾いて歌ってるグループ。リズムゲームとかに出てるじゃない」

「あったよなー。昔流行った『ガールズバンドフェス』だろ?」


 未来に話が通じると、青空の表情がパアッと明るくなり声が弾んだ。


「それ。その『バンド』なんだけどさー、ゲームキャラじゃなくって、現実のやつ」

「実写か?」

「本当に人間が演奏してるんだ。男の人が何人かでさぁ。そーゆーの見た事ないかな?」

「へぇ、マジかよ。見たことねぇ」

「やっぱり知らない、か……」


 青空は、予想通りの返しを分かったかのように呟いた。


 ――2035年の日本で、活動している実在のロックバンドを各種一般メディアで見ることはほぼ無くなっていた。


 子供達が知っている『バンド』とは、アニメやゲームのキャラクターでしかないのだ。


「あのさ、うちが火事になる前、偶然動画で見たんだ。でも、そのタブレット壊れちゃって。後でネット検索しても見つからないんだ。――たしか、『レッドアンドブルー』って名前だった」

「聞いたことないなぁ」

「……たぶん、僕らが生まれる前のものなんだと思う。――僕は、知りたいんだ。もう一度、あの音楽を聴きたい」


 陽が落ちるとすぐに辺りは薄暗くなり、静かな住宅街の歩道に少ない街灯が灯る。


「……」


 未来は黙って、青空に歩みを合わせる。足のリーチは彼のほうが長いので、小股になっていた。

 青空は前を向いたまま、しっかりとした口調で、確認するように言った。


「未来はさ、僕の言う事あり得ないと思うかい?」


 未来はすぐに首を軽く左右に振った。口の端が上がり、目を見開いて答えた。


「ううん、青くんが言うなら……俺は信じるよ」

「ありがとう。僕には夢とか、大それたものは無いけど、今はそれを探したいんだ。だから」


 未来は少しドキッとして息を飲んだ。


「君と組んで映画を作るっていうのは出来ない」

「――えぇっ」


 思わず未来の口から泣きそうな声が漏れ、眉毛がへの字になる。


「だけど、僕が出来ることであれば、協力するよ」

「ほっ、本当か! やったぁ!」


 未来は青空の両肩を掴み、弾む声で喜んだ。


「俺もさ、青くんの探してる音楽、見つけられるよう協力するから、なっ!」

「うん」

「じゃあ決まりだ! 今日から俺ら友達なっ」


 未来は立ち止まり、青空に向かって右肘を曲げ手を出した。


「えっ」


 張った声に圧を感じて、青空は一瞬たじろいだ。しかしすぐに差し出された手を掴む。


「友情の決めポーズさ。よろしくな!」


 すると未来はその手をぐっと掴み返し、歯を見せて笑った。


『ほんとに、ヒーロー好きなんだなぁ……』


 青空は、今隣に立っている新しい友人の反応に、出会う前から動画で見ていた覆面の『フューチャーマン』なんだと、まさに感じて微笑んだ。

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