Stage.1-1 青空、12歳

“平成”の時代が終わって“令和”に変わり、早15年過ぎた。

 東京、3月。

 ビルがひしめく都心から少し離れれば、都内でも外れの方は広大な公園や緑地、野菜畑も広がるのんびりとした地域だ。

 そんな土地の閑静な住宅地に、”昭和”の時代からありそうな古木が庭に立ち、蔦が壁一面に絡まる一軒家があった。


「ちょっと青空ー、もうご飯だからねー」

「……ん、あー」


 キッチンから声を掛けた母親に、少年は顔も向けずに生返事を返した。居間のソファに腰掛け俯き、左手にはタブレットを持って画面を凝視している。

 銀縁メガネのフレームを触り、跳ねたくせっ毛を気にせず頭をかいて、その指でまた画面をタップした。


 動こうとしない息子の頭を見て母親は小さくため息をつき、愚痴混じりで呟いた。


「もう、春休みで宿題が無いからって、家にこもってダラダラしてばっかり。四月から中学生になるんだから……もっと家の手伝いとか、目標を立てるとかしないと。あんたなーんも考えてないよねぇ」


「ぶっ、あははっ!」


 頭が揺れ動いたかと思えば、大きな笑い声を上げた。母親の声など、全く耳に入っていない。


 この古い家で生まれ育った少年の名は『青空』

 7月3日生まれの12歳。

 年齢にしてはまだ幼い外見で、背も平均よりも低くて体も細い。

 学校の成績も普通で目立たなかった。中学受験せずに、近隣の公立中学に進む事になっている。夢も特になく、将来の希望もぶれていて曖昧であった。

 一人っ子だが寂しがることはなく、家に一人でじっとしていても平気な性格だ。


 青空が見ているタブレット画面には、映像が再生されている。

 頭を覆って口の周りだけ出したプロレスラーのようなマスクを被った少年が喋っていた。


『フューチャーマンの、こんなヒーローはイヤだ! 10連発〜!』


 その少年は水着パンツ一枚で立って、首には赤いストールを巻いている。


『鼻血ビーームッ!』


 まだ声変わりしていない高い声で叫びながら、段ボールの立てパネルに描かれたモンスターに向かって身振り手振りをした。同時に手書き線のエフェクトと太字テロップが被さる。


『握りっペボンバー! ドカァーーン!』


 額に赤で『F』と描かれた白マスクの少年は、画面にアップで寄ったり、出たり入ったりと一人ハイテンションで騒ぐ。


 すると映像の上に、<ゲラ><ゲラゲラ><アホ><クソワラ>と視聴者コメントが次々と流れ、笑いマークが飛ぶ。

 終わりに少年は、目を正面に向け視聴者へ語りかけた。


『俺フューチャーマン、”ニコゲラ”小学生の部、全国ランクトップ10に入ったぜ! ありがとなー! 次は中学生で優勝目指すぜ! エールよろしくぅ〜!』

 そして、右手の人差し指を前に出して叫んだ。


『行くぜっ、フューチャー!』


「……こいつ、同い歳なんだよなぁ」


 青空はタブレットに向かって小さく呟いた。


『すげぇなぁー。僕も出来たらいいけど……でもちょっとな、恥ずかしいや』


 プロゲーマー、プロスポーツ選手に並び、小・中学生から憧れと注目を浴びるスキルが『Webコンテンツクリエイター』だ。

 Web配信アプリには、お笑い・音楽・ホビー・ファッション・料理など様々なカテゴリがある。

 ここで15秒ほどから数分の短い映像をクリエイターが発信し、視聴者の再生回数やコメント人気を競っている。

 人気の高いクリエイターはスポンサーが付くので、プロ契約する中高生が続々と現れているのだ。



「青空ー、もうご飯出来てるってば。あんたの好きなスパゲッティ」

「あっ、はぁい……」


 母親の強い声に、青空は弱い返事を返しながらタブレットを居間に置いて立ち上がった。

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