第十九話 彼女だけは譲らない


リストを確認していると


「これって…かす!?」

「かすみちゃん出るんですね」

「いいじゃないですか!」

「かすみちゃん可愛いですし」


──だからこそ問題なんだ。これでかすの事を好きになるやつが出てきたら…考えたくもない。


「先輩知ってますか?」

「コンテストの男女優勝者は後夜祭で

一緒に踊ることになってるんです」


「それって…」

「かすみちゃんが優勝すれば…」

「やめろ…考えたくない」

「うわぁ…シスコンですね」


…ドン引きすぎじゃないか?

暗闇の中でもはっきりと分かるくらいの顔で

言われたせいか葉月は傷心する。


 今はそんなこと考えてる場合じゃない。

かすを止めるか…いや。それは絶対にやっちゃ

いけない。


考えるんだ……時間はない。

僕は必死に考えた。限られた時間の中で必死に考えた。


「はは…簡単じゃないか」

「シオン…ここ任せてもいいか…」


「え?ちょ…!先輩!」

僕は呼び止められる声を振り切って会長の元へ走る。


「会長っ…!」

「どうしたんだそんな息を切らして…」

「まだ…エントリー間に合いますか」


葉月は息を切らしながら用件を伝えた。


「ミスコンか?大丈夫だが…」

「お願いします…僕も参加させてください」


「意外だな…面白い!参加するがいいさ」


会長は笑いながら参加を許可してくれた。


飛び入り参加なんて本当は許されるはず

がない…きっと会長には見透かされていたのかもしれないな…。


始まるまでもう時間が無い中葉月はすぐに

教室へと歩を進めた。


「篠崎…!」

「ど…どうしたんだ葉月」

「僕に…力を貸してくれ頼む」


「どうした?とりあえず何があったか教えてくれ」

「かすが…ミスコンに出るらしいんだ…!」

「他のやつと踊らせるなんて…僕の…ゲホッ

全てが許さない」


「だけど…僕はおしゃれも知らないし…

頼む篠崎…!」

「葉月…お前がここまで頼むなんて今まで

無かったよな」

「本気…なんだな?」


僕は「あぁ」と返事をすると篠崎はバッグ

から

ヘアアイロンとワックス…そしてクラスの

出し物で使った衣装を持ってきた。


「王子の衣装だ。気合入れてけよ!お兄ちゃん」

「二度とお兄ちゃん呼びするな…」

「ひでぇ!」


葉月は椅子に座ると、篠崎が丁寧に

髪をセットしていく。

無造作にセットされた髪と青を基調とした

衣装に袖を通して葉月は立ち上がる。


「凄いな…お前」

「へへっ!これでも美容師志望なんだぜ」


「絶対てっぺん取れよ…!王子様!」

「任せとけ…!」


2人は拳をコツンとぶつけ合い

葉月は会場へと向かう。


体育館の舞台裏に到着すると華やかな衣装に身を纏った生徒たちがたくさんいた。


辺りをキョロキョロと見渡すとドレスを着た

銀髪の少女がいた。


僕はこの子の事をよく知ってる。

「かす…!」


かすみは振り向くと

「はーくん!?どうしてここに…」


「僕も…出るんだ。このコンテストに」

「はーくん…こういうの

めんどくさがりそうなのに」


「色々あって引けない理由ができたんだ」

「理由…?」


かすみは不思議そうに首を傾げたが深く追求はしなかった。


「このドレス…変じゃないかな…」


不安そうな眼差しを向けながら葉月に問いかける。


「大丈夫…世界一可愛いよ」

「バカ…こんな所でからかわないでよ」

「事実だから仕方ないだろ…?」


恥ずかしそうに視線を逸らす葉月を見ながら

かすみは嬉しそうに口元をゆるませていた。


「さぁさぁ!始まりましたミスコン!」

「今年はどんなイケメン美女が来るのでしょうか!」


司会の声とともに順番に生徒たちがステージ

へと向かっていく。


どの生徒もレベルが高く会場からは歓声が

絶え間なく飛び交っていた。


「続きまして!」

「エントリーナンバー40番!

来海かすみさんです!どうぞ!」


「緊張する…」

「大丈夫だ…かすは可愛いんだから」

「自信持て…僕が保証する!」


「ありがとう…お兄ちゃん…行ってくるね」


 緊張で固まっていた表情はほぐされ

笑顔でステージへと向かって行った。


「えっと…来海かすみです」


「姫ぇぇぇ!」

「我らの姫の出番だぞぉぉぉ!」

「デュフ…デュフフフ!かすみ姫カワゆす」


ステージの目の前で応援すること辞めてって

言ったのに…うぅ…。

変な横断幕まで作って恥ずかしいよ…。


形式的な質問に受け答えをしていき

順調にことは進んで行った。


「では最後です!」

「好きな方に一言お願いします!」


「うぅ…」


──舞台裏に目線を送るとはーくんが私の

方を見ていた。


私の好きな人……か。

どうせなら言ってやる…全部!


「名前は出しませんが好きな方はいます」


「年中やる気無さそうだし…目が腐っていて

覇気が無いし…しかもロリコンでオタクだし…」


「でも…凄く優しくて…辛い時も苦しい時も

そばにいてくれます。

あなたの為に生きていたい!そんな風に

思ったのは初めてでした」


「喧嘩もするし…大きなすれ違いもあったけど…」


「それでも…あなたが大好きです」


──ちょっと言いすぎたかな。

シーンとしてる…やっぱりダメだったかな。


そう思っていると会場からは怒涛の拍手が

送られてきた。


「ありがとうございました!

これにて女子の部終了です」


かすみは舞台裏に戻ると葉月が待っていた。


「お疲れ…最高だったよ」

「うん…ありがと」


気まずそうな雰囲気が流れる。

お互いが誰に向けて言ったのかが分かっているため尚更だ。

2人とも頬を紅く染めて会話はするものの

目が合えばすぐにそらして誤魔化している。


「お待たせいたしました!

続いては男子の部スタートです!」


遂に始まってしまった…今更だけど凄い

恥ずかしい…。

心臓がバクバクうるさい…まるで耳にも心臓があるかのようだ。


「はーくん…緊張してる?」

「…してないって言えない」

「なにその捻くれた答え」


かすみはケラケラと笑いながら

葉月の手を握る。


「大丈夫だよ…はーくんはカッコいいよ」

「かす…」


かすに握られた手から震えが消えていく。

ゆっくり深呼吸をして立ち上がる。


「ありがとう…しっかり見ていてくれ」

「頑張ってね!私の王子様!」


──早く迎えに来てよね。待ってるから…。



「男子の部もいよいよ大詰め!」


「最後は体育祭で軍を逆転優勝に導いた男!

来海葉月さんです!」


僕はステージへと向かいゆっくり前を

見据える。


──もっと頭が真っ白になると思ってたけど

すごく冷静でいられた。


女子の時と同じように形式的な質問に答えていくと…

僕にもあの無茶振りが飛んできた。


「では!最後に好きな方に一言!」


──最初から決まってる。

口を開くと気持ちが言葉になり溢れていく。


「彼女は…暴言も言ってくるし…オタクで

実は隠キャですぐにヤキモチをやく…

そんな女の子です」


「すぐに甘えて…けど全部が凄く愛おしくて…」


「先輩…」

シオンは葉月の言葉を聞きながら胸をキュッと抑える。


「僕は君だけを愛し続ける。

けど…君に伝えるのはあの場所って約束したから…」


僕は1度大きく息を吸い込む。


「僕の気持ちは変わる事は無い」


僕からかすへの遠回しの宣戦布告。


──そうこれでいいんだ…今は伝えない。

僕はあの日あの場所で…誓ったんだ。


「ありがとうございました!

それでは審査発表までしばしお待ちを…!」


「はーくん…おつかれ!」

「私…隠キャじゃないんだけど…」

「ご…ごめんって」


「でも…カッコ良かったよ」

「悪いな…今は伝えられないんだ」


「分かってるよ私…ずっと待ってるから」

「はーくん…ありがとう」


それから何分が経っただろうか。

体感にして1時間以上…あるいはもっと長いかもしれない。

僕の意識は暗闇の中へとフッと消えて行った。


「さぁお待たせいたしました!」


「まずは女子の部…最優秀は…!」

「そして男子の部…!」



────


目が覚めると僕はかすの膝の上にいた。


「ん…あ…はーくんおはよう」

「僕は…寝てたのか…」


「は…!結果は!」

かすみの顔色が少し暗くなる。


「2位だった…優勝したかったな」


悔しがっているかすみを慰めたい…が

僕にとっては好都合…我ながら最低な奴だと

思いかける言葉が無かった。


「ちなみに…僕は?」

「どうだったっけ?」


覚えてないって事は優勝はしてないんだな。

…良かった。


「そう言えばやけに外が騒がしいな…」

「後夜祭が始まるからねー」

「私たちも行く…?」

「あぁ…せっかくだしな」


「かす…僕言いたいことが…」

「奇遇だね、私もあるの」


「僕と…」

「私と…」


『一緒に踊ってください』


「って…!同じじゃん!」

「行くか…!」


「うん!」


こうして不安や緊張…さまざまな感情が交差した文化祭が幕を下ろした。


グラウンドの真ん中にそびえている

キャンプファイヤーをじっと1人で

見つめているシオンの気持ちをこの時…

葉月は知る由もなかったのだった…




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