第十二話 そして彼女は自覚する

「私…はーくんに…どこにも行って欲しくない…」


「急にどうした?僕はどこにも行かないぞ?」

「家から出たくないからな…!」

「違う…!なんか…うまく言えないけど…」

「私から…離れていっちゃう気がして…」


「バカだな…かすは。

僕はかすの兄貴だ。

離れる事なんてありえない」


兄貴…私ははーくんのこの言葉に胸がズキッとした。

分かっていた…認めたくなかった……

認めてしまったら…はーくんをお兄ちゃん

として見れなくなっちゃうから…。


「そ…そうだよね。

へ…変なこと言ってごめんね…」

「ごめん…先…帰るね」


そう言い残すとかすみはその場を足早に立ち去る。


「お…おい!」

「どうしたんだ…?」



はーくんの中で私は妹だって事は分かってる…。

彼女だった私はもういない。

歪んでるって…馬鹿らしいって…

殆どの人が言うと思う。


「はは…運命って…辛いね」


ボーッとしながら道を歩く。

その時だった。

車の甲高いクラクションが響き、

私が気付いた時には身体を引き戻す事は

出来なかった。


「かすっ!」


誰かに腕を引っ張られ身体を持ってかれる。

私は腕の中にいた。


「馬鹿野郎!死にたいのか!」


はーくんが私に怒鳴りつける。

血相を変えて私を叱る。


「は…はーくんは私が妹だから助けたんでしょ…!」


感情に身を任せた挙句思っていた事を口に出してしまった。


「僕はな!?

かすが妹だろうが他人だろうが関係ない!

失いたくないから助けたんだ!」

「分からないよ…!

はーくんの中での私が…!」


「後輩なの!?

それとも妹?それとも元カノなの!?」

「そんなの全部だろ!」

「全部嫌なの…!

私は…妹になんてなりたくなかった…」


あぁ…言っちゃいけない事を言ってしまった。

ガッカリされただろうな。

分かってる…血が繋がってなくても兄弟で

恋なんてバカげてるって事くらい。

でも…私は認めたくない。


「かす……」

大粒の涙を流しながら放ったその言葉。

僕には意味を理解してあげることが出来なかった。

こんな時…どうすれば良いのかな…。


「とりあえず帰ろう…話は夜にでも聞く」

僕はかすの背中を押しながら家へと帰る。


兄妹が嫌…か。

けど…父さんと母さんが結婚してくれなきゃ僕はかすには出会えなかった。

同じ学校にいる事も知らずに僕は卒業して

働いて…そのまま死んでいったと思う。


ハッキリ…させなきゃな。


「ただいま」

「2人ともお帰りなさい」

ゆずは2人を玄関で向かい入れる。


「かすみ?」

「ごめん…お母さん…ご飯は後で食べる」

「ちょ…かすみ?」


かすは僕の手を振り解き淡々と階段を登って行った。

「母さんごめん…僕が後でもっていくよ」

「冷めないうちに…食べよ」


リビングへ行くと父さんがいない。

どうやら今日は残業で遅くなるらしい。


「こうして2人で食べるのは初めてね」

「あ…はい」

「葉月くんはかすみとお付き合いしてたんでしょ?」


不意に言われた一言に僕は衝撃を受ける。


「なっ…!?知ってたの…?」

「やっぱりね」

「ごめんなさいね…2人が付き合えない環境にしてしまって…」

「父さんと母さんは悪くないよ」


「あの子ね…まだこっちの家に来る前…

ちょうど葉月くんと付き合ってた時かしら」

「毎日毎日、あなたの事を私に話していたのよ?」

「無邪気な子供みたいにそれはもう…笑顔で楽しそうに」


そんな事…知るはずもなかった。

母さんの口からは次々とかすの事が…

かすが僕をどう思っていたかが出てくる。


「きっとあの子は兄妹になった事を

嫌だったと思うわ」

「あの子の事をもっと考えていれば…」


「母さん…顔を上げてよ。

僕はかすともう一度会えて嬉しかったよ」

「母さん…父さんを選んでくれて

ありがとう」

「ふふ…お父さんに似てとても誠実ね」


「もしも…もしよ?

あなた達が付き合うことになったら私に報告してね?

協力するわよ」

「あはは…その時はよろしくお願いします…」


食器を下げてご飯をかすの部屋へと運ぶ。


「かす?ご飯持ってきたぞ」

「いらない」

「はぁ…なに怒ってるのかわからないけどよ…ご飯は食べろ」


かすの断りもなく部屋を開ける。


「入っていいなんて…言ってない」

「ご飯を届けにきた。

食い終わるまでここにいるからな」


かすは不服そうな顔を浮かべて

モソモソとご飯を食べ始める。


「美味しい…」

「腹は正直だもんな」

「母さん…僕達が付き合ってたこと知ってたよ」

「…そっか」

「驚かないのか?」

「だって…私いっぱいはーくんの事話してたもん…」

「んー…何か恥ずかしいな」


「ご馳走様…」

「はーくん…さっきはごめん。

少し感情が抑えられなくて…」

「気にしてないぞ?

まぁ事故に遭いそうになったのは怒ったけど」

「ごめん…」

「とりあえず食器を下げてくる」

「そうしたらゆっくり話そう」


かすはコクリとうなずく。


「…よしっ…!」


かすみは深呼吸をして覚悟を決める。

止まっていた歯車が再び動き始めるのだった。

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