第3話 信長の初陣。

織田信長は俺が生まれた年〔天文十五年 (1546年)〕、十二歳で元服して那古野城主となった。

翌年 (天文十六年)、三河の吉良大浜に出陣する。

出陣を占った林秀貞は星の巡りが悪いと出た。


「若様、今日は日取りが悪うございます。出陣は後日になさいませ」

「爺よ。この戦は安城と関わる。今日、出ずにいつでる」

「日取りが悪うございます。ご自重を」

「占いなど信じぬ」


何の根拠もない占いなどを信長が信じる訳もなく、秀貞を押し切っての出陣であった。

しかし、占いは正しく今川勢2,000兵を用意して信長を迎えた。

信長が用意した兵は織田信長・平手政秀・林秀貞と合わせて800人のみ、苦戦が必至の戦いであった。


「ほれ、申した通りになったではありませんか!」

「爺よ。敵は高々倍ではないか。一人で二人切ればよい」

「無茶も申しますな!」

「ちょっと待て! 考える」


信長の教育を任された平手 政秀ひらて まさひでは、教師に沢彦宗恩たくげんそうおんを誘致した。

禅宗という事もあり、物事を深く考える事を幼い頃から信長は躾けられた。

率先して何でもやってみる性格は、沢彦たくげんによって作られたのだろう。

そして、思いついたのだ。


敵、今川の背後に回って田に火を掛ける。

守るべき田を焼かれ、火で退路を塞がれるのを嫌がった今川方が退却した。

信長はその予想を裏切って今川勢を火計による策で勝利を収めた。

信秀は大層喜んだ。

しかし、正面から武将らしく戦うことを本懐とする佐渡守との口論になった。

火計で勝利した信長は有頂天だった。

そんな些細なことは忘れてしまっていた信長だが、佐渡守との間に最初の亀裂が生まれた。


「筆頭家老の佐渡守(林秀貞)を大切にするべきです」

「佐渡爺ぃのことは儂の方がよく知っておる」

「佐渡守(林秀貞)は父上(信秀)と共に織田家を支えてきた重鎮でございます。兄上(信長)がなさりたいことを納得するまで説得することが肝要なのでございます」

「魯坊丸は佐渡爺ぃを庇うのだな」

「庇っておりません。兄上(信長)には戦の実績が足りないのです。ゆえに佐渡守を前に出さねば兵がそろいません。『いのししもあだてりゃ木に登る』と申します。猪を自在に使いこなせてこそ、名将というものでしょう」

「ははは、佐渡を猪に例えるか」

「父上(信秀)が『我が典韋』と称えたお人です。林家を大切になさいませ」


この時代、武名が高い家を味方にすることが大きかった。

本人が無能であろうと、猪武者であろうと、そんなことはどうでもよかった。

見栄えがよく、強そうであれば、多くの味方が集まった。

林家の麒麟児きりんじと呼ばれた佐渡守(林秀貞)を味方にすることに成功したことで、親父の信秀は飛躍できた。


それを信長は理解できていない。

合理性を好む信長は武将としての見栄えや形式・礼儀を重んじる佐渡守(林秀貞)を疎ましく思えるのだ。

そして、説明するのも面倒になり、疎遠になってしまった。

結果、佐渡守(林秀貞)は信秀似の信勝に期待するようになってしまったのだ。


「ゴロツキのような無駄に次男、三男を連れ出すのもよろしくありません」

「遊ばせては勿体ないであろう」

「無駄に連れ回し、親分ごっこで遊ばせる方が無駄でございます。連れ回しているだけでは、佐渡守(林秀貞)に説明もできません。やるならば、尾張中のすべての次男・三男を集めて最強の兵としてしまいなさい。農家の次男・三男を集めて親衛隊の足軽衆もいいでしょう」

「親衛隊だと」

「兄上(信長)の為に戦う武将と足軽です。三年も鍛えれば、一人で10人分の働きをするようになります。それを300人も揃えれば、赤塚の戦いも楽に勝てたでしょう。さらに言うならば、去年の横山の合戦も勝っていたでしょう。この三年間、兄上(信長)は何をなさっていたのです」


横山の合戦とは、末森城の東にある岩崎城で水利権の争いであった。

病床で判決できない信秀に代わって信長が判決をしたが、岩崎丹羽氏勝はそれを不服としたので信長は兵を出した。

ほとんど勝っていたのだが、中国鉄砲の音にびっくりした足軽達が浮き足だって逃げ出し、勝利を目前に負けてしまった。

戦い慣れた足軽が300人に入れば、勝てる戦いだった。


はっきり言おう。

信長兄ぃは知恵が回る。だが、兵の扱いがまったくできておらず、信長の指示を武将や足軽が理解できない。

簡単にいうと、信長兄ぃは戦が下手だった。


「赤塚の戦いでも、一当てした後に半包囲して(山口)教吉を捕えるつもりだったのでしょう」

「その通りだ。やはり、おまえは他の奴と違うな!」

「それを実行できる武将や足軽がいないのですから、他の者と同じです。私の家臣は100人しかいません。その数では戦いを左右できません」

「なせだ。その程度は兵法の常だ。できて当然ではないか?」

「兵の練度の低さを舐めないでいただきたい。進めと止まれ、あとは回り込めくらいしか通じません。そもそも少数で多数の敵に挑むのを控えてください。戦の本道は敵より多くの兵を集めることです」

「集まらんのだから仕方ないであろう」

「集める努力をしておらぬ。言い間違いではないですか?」


俺は兄上(信長)を睨み付ける。

戦の基本は敵より多くの兵を集めることだ。

そうだ、兵を集めることだ。

兄上(信長)は勘と知恵が回る。

俺の言っている意味がすぐにわかったようだ。

つまり、信勝の兵を呼び込めと俺は言っているのだ。


「おまえは俺の味方だと思っておったが違ったのか?」

「高々、弾正忠家の家督など、信勝兄ぃに上げてしまいなさい。それで兵が集まったでしょう」

「信勝に頭を下げろだと!」<怒>

「下げればいいでしょう。一時のことです。兄上(信長)が守護代になれば、今度は信勝兄ぃが頭を下げるだけです」

「はぁ? 儂が守護代じゃと」

「守護代の信友は弾正忠家を潰したいのです。敵が来たなら討つのは当然でしょう。ちょうど、いい具合に横山と赤塚で負けたのです。兄上(信長)は戦が下手だと思えば、攻めて来てくれるでしょう。よかったではありませんか、これで謀反になりません。返り討ちにして、守護代になりましょう」

「簡単に申すな!? 清州をどうやって落とすつもりだ」

「弾正忠家が分裂しているので、それを使いましょう。叔父の信光様に『俺こそ、弾正忠家の家督を継ぐべきだ』と騒がせます。信友が兵を差し向けた所で、兄上(信長)と信勝兄ぃが和解して信友に当たる。叔父上には『守護代と争うな!』と織田から離反させれば、近い内に援軍の要請が来るでしょう。清州の中に入った所で信友を討たせれば、兄上(信長)が守護代になれます」


兄上(信長)が絶句していた。

実際に起こった事件を、現状に合わせてリメイクした筋書だ。

現実味のある策になったと思う。


「ははは、よくそんなことを考え付くな」

「家督などタダの名称です。必要なら帝に頼んで尾張守でもいただきましょうか。公方様(将軍)に頼んで斯波に代わって尾張守護でもなりますか。奉行職の家督など貰えずとも気にすることはありません。戦に勝てば、後から付いてきます」

「おまえは本当にわらべか」

「六歳の子供です」

「ふふふ、本当に父上が申された通りだ。おまえが織田の家督を継いだ方が安心できそうだ」

「止めて下さい。そんな面倒なモノを押し付けないで下さい。俺はのんびり暮らしたいだけです」

「相わかった。忌々しいが、おまえの話を聞いてやる」


のっそりと兄上(信長)は立ち上がると、頭に拳骨を一発放ってから部屋を出ていった。

まったく、なんだよ!

拗ねた子供か。

巧くいくかは、兄上(信長)と叔父上(信光)の演技次第だ。

もう、キャスティングは終わった。

監督(信長)がGOのサインを出すだけで、俺がやれることはもうない。


うん、そう思っていた。

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