【手番】双葉

☗『内竜は外竜に勝る』

 個人戦一回戦。道場内のほとんどの対局が終わろうとしていたころ、双葉の戦いも終局を迎えた。

 お互いの持ち時間がほとんど無くなったなか、相手のミスに救われた辛勝だった。

 とはいえ勝ちは勝ち。格上である二段を相手に勝利を拾えたことは双葉の自信に繋がった。


 真菜の方はどうだったのだろう、と双葉が辺りを見回すと、探すまでもなく真菜と悟はすぐ横に立っていた。気が付かなかったが、対局を終えた人たちが何人も観戦していたらしい。


「おつかれ、双葉。一回戦突破おめでとう」


 そんな悟の労いの言葉を受け、双葉はニッと笑顔を見せる。


 とりあえず一つに近づけた。あと三回勝ってデスティニーランドのペアチケットを手に入れる。もちろん悟はそれを「デート」と認識はしないだろうけれど、それでも構わない。

 優勝できたら勇気を出して誘うから、そのときは絶対逃げないでよね。


 双葉は口に出さずに強く目線を送る。もちろん悟には伝わるはずもない。


「あ、そうだ。マナさんは……?」


 双葉の問いを受け、真菜は何も言わず微笑んで返した。

 言葉は無くても十分に伝わった。


「そっか……。ちゃんとリベンジできたんですね」


 真菜の一回戦の相手は巴だった。

 ただでさえ負けたら終わりの真剣勝負。しかも相手は同じ日に一度敗れた相手だ。そのプレッシャーは計り知れない。だが真菜はそれを跳ね除け、しっかりと勝利したのだ。


「いやあ、もう完敗でした」


 そう言いながら真菜の後ろから現れたのは巴だった。


「あの囲いの組み替えは完全に裏を突かれました。あの組み方、今度教えてもらえませんか?」


 巴がにこやかに真菜に語りかける。


「もちろん。土日のどっちかは大体ここに来てるから、時間合えばまたやろうね」


「ぜひ! 実は僕、相振り飛車が苦手で……」


「あ、私もー。そういう振り飛車党、けっこう多いよね」


 対局を終えたばかりだろうというのに、妙に仲が良くなっているのがおかしかった。

 でも、それもなんとなく理解できる気がした。真菜の将棋は創意工夫に満ちている。真菜が戦法を工夫して対策をしてくることが、まるで自分のことを真剣に考えてくれているように思えて嬉しくなるのだ。それはまるでデートの相手に合わせた服装を選ぶように。そう思うと、こっちも色んな引き出しを開けさせたくなる。


「おいおい、すっかりファンだな、巴」


「そりゃ、見習いたいことはいっぱいあるよ」


「ほんと、色んな戦法を使いこなす技巧派みたいな戦い方好きだよな」


 そう言って巴に話しかけたのは小笠原だった。

 団体戦で、双葉が敗北を喫した相手。


「でもさ、一つの武器を磨き上げるってのもアツいと思わん?」


 小笠原が急に双葉の方を向き、そんなことを問いかけた。


 団体戦で見た小笠原の“右四間飛車”は、自分のときも、その次の決勝戦も、ほとんど同じ駒組みをしていた。迷うことなく一点突破を目指すスタイル。守りはほとんど気にせず、攻めることだけに集中する。

 双葉は自分の棋風を「激しい攻め」だと自覚していたが、小笠原はそれ以上だった。

 “囲い”もほとんど作らず、最初から最後までひたすらに攻める。一見、危ういようにも見えるが実際それで勝っているのだ。小笠原の言う通り、彼はこの武器をずっと突き詰めてきたのだろう。


「君もそういうタイプかなって思ったけど、違う?」


「えっと……そうかもです」


 双葉が得意とする“角換わり腰掛け銀”はを交換できたときにしか使えない。だが、別の戦型の場合でも“腰掛け銀”の攻め方を中心に身に付けてきた。そういう意味ではたしかに似たタイプなのだろう。


「あ、小笠原さんは……どうでしたか?」


「へへ、オレも勝った。だから、お互いあと一回勝ち進めばまた対局だな」


 団体戦の対局では、小笠原の猛攻に最後まで押し切られてしまったのが敗因だ。局面を思い返して双葉は奥歯を噛みしめた。


「そのときは……よろしくお願いします」


 ああ、きっと真菜も同じ気持ちだったのだろう。

 相手を怖いと思うのと同時に、雪辱を晴らす機会を与えられたことへの感謝。

 こんなの、燃えないわけがない。また一つ、勝ち進むべき理由が増えた。

 双葉は腹に力を込めて、そう意気込んだ。


 休憩時間を挟んで行われた二回戦は、一回戦と同じく二段の人が相手だった。だが、双葉は格上相手でも尻込みなどしない。“相がかり”を仕掛けてきた相手に対し、乱戦上等と真正面から臨んでいく。


 中盤は双葉の苦しい展開が続いたが、持ち時間には大きな差ができていた。双葉の持ち時間の残りは相手の倍近くもある。おそらく“フィッシャールール”という独特の早指し戦に慣れてない人が多いのだろう。

 それなら、と双葉は勢いよく踏み込んでいく。攻められ続ける相手は、さらに持ち時間を減らしていく。


 持ち時間が残り僅かとなり、終盤で相手が焦って緩い手を指した瞬間。「なにかある」と双葉の直感が働いた。

 双葉は残り時間の大半をその勘の裏付けにぎ込んだ。

 ――そして見つけた九手詰め。

 頭のなかで作った地図に間違いがないことを確認し、静かに手駒を打った。

 そこから五手ほど指した段階で、相手が頭を下げた。


 これでまであと二つ。


 礼をして顔を上げた瞬間、すぐに小笠原の姿が目に飛び込んできた。

 壁際で巴や九条に挟まれて激励を受けている。


 その表情で、準決勝の対局相手が小笠原であることを双葉は確信した。



・・・・ ・ ・・・・・・………─────────────………・・・・・・ ・ ・・・・



 ☗双葉の将棋格言講座☗


 『内竜は外竜に勝る』


 っていうのは、もちろんが成った最強の駒、のこと。

 ちなみに実際の駒では、の裏にはって書かれてるんだけど、活字のときはって表記するって将棋連盟が決めてるらしいよ。だから一文字表記のときも、じゃなくってって書くのが正式なのかな。うーん、ややこしい。


 それはまあいいとして、っていうのは相手のの近くにいるのこと、は逆に相手のから離れたところにいるのこと。

 で相手を攻めている場面っていうのは大体は終盤でしょ。つまり相手も同じように自分のを攻めていることが多いのね。そんなとき、たとえば相手ののライン上にを打たれたりなんかすると、それだけでガードされちゃうわけ。だから、そういう余地が無いように、は相手のに近づけた方が効果が大きいってこと。


 あ、いま疑問に思った? 『大駒は離して打て』じゃないのかって。

 たしかになんかだと、あんまりに近づけて打つと、間にとか挟まれたとき一度逃げるしかないよね。

 でもね、の場合は話が別。

 は縦横だけじゃなくて斜めにも1マス効果範囲があるから、たとえとの間に何を挟まれたとしても、その下にを打ったり、上にを打ったりすれば相手は逃げるしかなくなる。そういう風に、相手と1マスだけ離れたところにがいる状態のことを一間竜いっけんりゅうって呼ぶんだけど、相手を詰める手筋としてはかなり有効だから覚えておくといいよ。


 要するにに近づけば近づくほど、その強みが存分に発揮されるってこと。

 私もね、そんな風になれたらって思う。

 え? 意味がわからない? いいよ別に。今はわからなくって。

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