剣客メイド

三八式物書機

第1話 そのメイド・・・剣客なり

 アメリカ西海岸に面した都市。

 開拓されたばかりの街は整然と敷かれた道路に新しい街並みが建ち並ぶ。

 蒸気機関車が街の真ん中を走り、幹線道路には自動車が走り回る。

 遠く離れた地では世界を巻き込む戦争が起きているとは思えぬ程にここは平和で豊かだった。

 だが、それは表向きで、裏では凄惨な権力争いが起きていた。

 警察力が弱く、無法地帯と化した街ではギャングとマフィア、無法者達が日々、争っている。その中において、かつて、欧州で貴族であった資本家のロベール家が石油や様々な事業で成功を納めていた。

 だが、それが無法者達にとっては気に入らない事であった。彼らはロベール家の資産を狙い、暴力を振るった。結果として、当主である夫婦は強盗に命を奪われた。

 家督は僅か15歳の一人息子であるレイ=ロベールが受け継いだ。

 無論、この街の市長、警察は彼を護ることを約束したが、それがあまりに無力である事は両親の死によって実証済みである。

 いつ殺されるか解らない。

 レイの悩みは尽きないが、まずは明日、自分が生きているのかさえ不安だった。

 

 街の外れにある丘の上に建つ大邸宅。

 ロベール家の邸宅である。その資本力を見せつけるように巨大な邸宅であった。

 無論、使用人も多く、雇っているが、夜になれば、僅かしか残っていない。

 使用人とは言うが、レイが信じられるのはたった一人のメイドだけだった。

 他の使用人は多かれ少なかれ、街で覇権を争うギャングやマフィアの手先である。隙があれば、彼らはロベール家の資産を狙っている。油断は出来ない。

 一人の黒人メイドが頑丈な正面扉の鍵を内から開けた。

 手にしたランプを真っ暗な表に向けて、二回、振るう。

 それは合図だ。

 ガサガサと丘の周りにある雑木林から出てきた男達。

 手には散弾銃やカービン銃、拳銃が握られている。

 彼らはランプの灯りを目印に邸宅の正面玄関へと向かう。

 「へへへ。ジョアンナ。よくやったな」

 男の1人が黒人メイドを褒める。

 「簡単なもんさ。皆、寝ているよ。適当に殺して、金目の物を持って行くよ」

 ジョアンナは微かに笑いながら言う。男達は静かに足音を立てずに暗がりのロビーへと入る。

 刹那、先頭の男がバタリと倒れる。

 「おい、転ぶなよ。気付かれて、声を出されたら・・・」

 続く、男がフラりと倒れた。誰もが何事かと思った。ジョアンナが慌てて、ランプでロビーを照らす。瞬間、顔に何かが掛かった。

 「ひっ!」

 驚いたジョアンナは尻餅を付く。

 「な、なんだい?これは・・・」

 手に着いた液体をランプに照らすと・・・真っ赤な血であった。

 「ジョアンナさん?」

 声が掛けられた。それは女の声だ。ジョアンナは顔を上げた。ランプに照らし出されたのは一人のメイドであった。まだ、子どもかと思わせるような体躯の美少女。真っ黒な髪を背中で纏めた彼女はジョアンナを見下ろしていた。

 「あ、あんたは・・・イブキさん・・・」

 「お話を伺いましょうか?」

 イブキと呼ばれたメイドは顔色一つ変えずにそう告げた。

 「ア、アル・・・アル・・・どうしたんだい?」

 ジョアンナは招き入れた男の1人を呼んだ。

 「アル?こいつの事ですか?」

 イブキは何かを蹴った。ジョアンナの手元に何かが転がってくる。

 「な、なに?」

 彼女は手元に転がってきたそれを見た。それは男の首であった。そして、それがアルだとすぐに解った。

 「きゃ・・・きゃあああああ」

 ジョアンナは驚きのあまり、ランプを落とす。

 「ジョアンナ。火事になったら、どうするつもりですか?」

 落としたはずのランプは空中で止まった。それはランプの持ち手を刀の切っ先で引っ掛けているからだ。その刀の持ち主はイブキだった。切っ先から垂れた血がランプに伝わり、熱くなったガラス面で焦げる。

 「ジョアンナ・・・こいつらを招き入れましたね?」

 イブキはそう問いかけた。怯えたジョアンナはガクガクと震えながら、メイド服のエプロンのポケットに手を突っ込む。

 「こ、この糞女!」

 そう叫ぶと彼女は25口径のマッチボックス小型拳銃を抜いた。刹那、彼女の腹にランプが落とされ、刀の切っ先は彼女の右手首を切断していた。

 右手が落ち、傷口から血が噴き出す。

 「いやあああああ!」

 ジョアンナは右手首を左手で抑えながら転げ回る。ランプはその前に刀の切っ先で再び、空中に留められた。

 「ジョアンナ・・・悪いけど・・・朝にはあなたの身柄を警察に引き渡します。その傷は私が処置してあげましょう。だから、大人しくしなさい」

 イブキは彼女の腹を思いっきり踏み付けた。その瞬間、ジョアンナの意識は吹っ飛んだ。

 次に彼女が意識を取り戻したのは強烈な痛みと肉の焦げる音と臭いである。

 激しい痛みが右手を中心に全身を駆けずり回る。

 彼女は広い屋敷中に響き渡る程の悲鳴を上げた。

 見開いた目が見たのは灯りで照らされた天井。手足は縛られ、動かない。そして、右を見れば、そこにはイブキと執事のラルフ。そして、主のレイが立っていた。レイは何かに怯えるようにジョアンナを見ている。

 「た、助けてっ」

 ジュウゥ

 再び、肉が焦げる音と臭い、激痛が彼女を襲う。

 それはイブキが彼女の切断した手首に焼き鏝を当てている為だ。

 「もう少し頑張りなさい。これで止血が終わるから」

 イブキは焼き鏝で切断面を焼いていた。それはジョアンナからすれば、激痛でしか無く、すでに失禁もしていた。

 「ジョアンナ・・・先代からの働いていたお前は信じていたのだがな」

 老齢の執事であるラルフは残念そうに言う。

 「あぁ・・・あっ・・・私は・・・私は・・・」

 ジョアンナは何かを言いたげだったが、激痛で意識が遠のいた。

 「主様・・・賊は全部で5人かと。屋敷の外に犬を放っておりますが・・・他に居ないようです」

 イブキは焼き鏝を暖炉に置くとレイにそう告げる。

 「そうか・・・しかし、ジョアンナが内通者だとよく解ったね」

 「普段から使用人の動きは確認しておりますから」

 イブキがそう告げるとラルフが深く頭をレイに向かって下げる。

 「申し訳ありません。本来なら、それは私の役目でありますのに」

 「気にしないでくれ。あなたには事業の手助けもして貰っている。至らないのは未熟な僕の方だよ。それで、彼らはどこかの手の者かな?」

 レイに尋ねられ、イブキは首を横に振る。

 「いえ・・・多分、ただのならず者でしょう」

 「そうか・・・君には悪いね。こんな事を任せてしまって」

 「いえ・・・拾っていただいた恩があります」

 「あなたは不思議な人だ。それだけの腕前がありながら・・・」

 レイはイブキの腕前を買っている。本来ならば、メイドでは無く、ちゃんとしたボディガードとして雇いたいところだが、まだ、男尊女卑が残る時代。アメリカと言えども女の就ける仕事には限りがあり、女のボディガードを身近に置いているとなれば、それはただの娼婦としか見られないのであった。

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