50 アーセリアの策略
今の間いりましたぁ!? もうちょっと早く否定できたでしょ!
なんかワタシだけが答えに辿り着いたみたいに盛り上がっちゃったじゃん。
知らないかもしれないけど、犬だって恥ずかしいって思うんですからねッ!
あ~あ、熱ぅ! なんかこの部屋、暑くないですか?
ちょっと暑くて視界が潤んで、赤くなった顔が上げられねぇんだわ。どうしてくれんの?
膝の上で握った拳を凝視してプルプル震えるしかないワタシの気持ち、どうしてくれんの?
いじめか? いじめなのか? ワタシ幼女! わきまえてッ!
マグヌスさんの顔は見れないから、全身からワタシ怒ってますって雰囲気を溢れさせて無言の抗議をしたけど届いた様子はない。
まるで何もなかったみたいに話が続いてるのに、ワタシは涙を飲まずにはいられなかった。
「食料として子供を一人捧げたとしても、上の鳥獣や蟲たち一匹の腹も満たすことはできないでしょう。それこそおやつにもなりません」
「そ、そうですね……」
ああもう、ぐぅの音も出ねぇや!
ホントに仰る通りだよ。アーセムの上にどれくらいの数がいるか知らないし、それらがどれくらいの大きさなのかも知らない。
でも、面積にしたらとんでもない広さになるアーセムの幹に住み着いてる鳥獣とか蟲たち、全員の腹を満たせるはずないなんてこと少し考えれば分かることだった。
自分の浅はかさに小さい体をさらに縮めるしかない。
涙が零れてないのは奇跡でしかなかった。
「しかし、惜しい線はいっています」
だから、マグヌスさんから励ますような声をかけられたとき、バッと音が出そうな勢いで顔を上げてしまったワタシだけど、別に子供っぽいとかそんなことはなかった。
これだけ追い詰められたら誰だってそうする、だからワタシもそうした。
何も問題はないな!
「で、ですよねぇ! 自分でも結構いいとこ突いたと思ったんですよ! わふんっ」
「はい。お見事でございます」
うんうん、もっと褒めてくれてもいいよ。
ワタシ、褒められて伸びるタイプだから!
涙が小さな粒になって散るのも気にせず胸を張ったら、見えていないはずのアーセリアさんと目が合った。なんだか同情するみたいな、同類を見つけてホッとしてるみたいな顔をしてくるのは心外でならない。
ちょっと一言物申したい思いがないわけじゃないけど、とりあえず今はマグヌスさんの話に集中するとしよう。
「生贄を上の存在に差しだすのは合っていますが、それは鳥獣や蟲にではありません。そもそも、アーセムに住み着いている多くとは意思疎通もままなりません。そのため生贄を出してもそれを対価に街の安全を保障させるような高度な取引はできないのです」
「ということは……話が通じる存在がアーセムの上にいるってことですか?」
「はい。その上、その存在はアーセムの上で生きる生物を制御することができるのです。ですから我々は生贄を対価に、オールグの街に上の生き物たちが下りてこないように契約を結んだのです。その存在とは――」
マグヌスさんが躊躇するように一つ間を置いた。
そして、縋るみたいにジッとワタシの目を見つめてくる。
まるでその存在の名前を言ったら最後、後戻りのできない迷宮に足を踏み入れなければならないような、不穏な気配がマグヌスさんを縛り上げてるみたいに見えた。
「マグヌスさん……」
「ふぅ……いえ、大丈夫です。ここまできて今さら止めることもできませんし、その選択をできる権限は私には、ない。ええ、すでに覚悟はできています。かの存在」
決意を固めるように大きく息を吸ったマグヌスさんは、息を吐く勢いに乗せるように言葉を吐きだした。
「――アーセムの守護霊獣、レオゥルム様に反旗を翻す覚悟は」
その言葉にアーセリアさんを含め、その場にいる
ゴクッと、誰かがつばを飲み込んだ音が異様に大きく聞こえた。
しかし、身構えるような沈黙が続くだけで、それ以上の変化は起こらなかった。
「……はぁ~。どうやら、名を出しての宣誓くらいでは契約違反にはならないようです。これで第一関門は無事に抜けたと考えてよろしいかと思います。アーセリア様」
「どうやら、そのようですね。これで
アーセリアさんは緊張と一緒に力が抜けていくみたいに、ソファーに体を沈み込まをせた。
「はい。これで我々が無理にイディ様をこちらにお招きした理由もお話しできます」
「あっ、そうだ。なんでワタシを? 初めはワタシを子供たちの代わりに生贄にするのかもって考えてましたけど、それじゃあ結局はまた何年後かに生贄が必要になるだけで、根本的な解決にはならない。
とすると、ワタシが交渉の材料になる可能性しかないと思うんですけど……ワタシ自身、まったく心当たりがないんですが……?」
「ご明察、恐れ入ります。しかし、イディ様は我々とはその存在の根本的な成り立ちから異なるマレビト様です。ご謙遜されることはありません。イディ様は、確かに特別な権能をお持ちです。
――他者を問答無用で魅了するという特別なお力を」
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