46 それがお前の本性か……!


 神秘的な空気に当てられて、ボーッと呆けながら彼女の目を見つめ返した。


 霞がかった視線を送ってくる瞳は他の部分と同じように白くて、煤けたような、濁ったような瞳孔が空洞のように一定の大きさでそこにある。

 一切の光を映していないのが容易に分かるその瞳は、それでもワタシを捉えて離さなかった。


「もし、マレビト様」


 名前を呼ばれたのにハッとして、慌てて頭を下げて返した。


「は、初めまして。トイディです。イディって呼んでください」


 くそっ、なんだか居た堪れないぞ。

 別に、もっとヨボヨボのおじいさんが出てくると思ってたら、絶世の美少女が出てきて見惚れたとか、思春期の男子中学生かよ。


 こちとら幼女年齢〇歳やぞ、わきまえてッ!


 相手から見えてないのなんて分かり切っているのに、愛想笑いと緩い尻尾振りが止められなかった。


「ふふっ。マレビト様は愛らしいお方ですのね。どうぞ楽になさってください」


 アーセリアさんはワタシの様子を想像したのか、それとも見た目に反して長いこと盲目の状態だから気配とか声の調子とかで相手の状態を知ることができるのか……。

 どっちにしてもワタシの慌てぶりにクスクス喉を鳴らして笑ってから、ソファーに座りなおすように手で促してきた。


 自分より年下に見える……いや、今のワタシの見た目的には確実にワタシの方が幼いんだけど、『俺』からするとずっと下に見えるわけだ。

 そんな女の子に手玉に取られたら、気恥ずかしさが込み上げてくるわけで、尻尾をビン立ちさせながらポスンッとソファーに戻るしかなかった。


 くぅう、やられた。

 完全にペースを持ってかれた。


 いくら見た目が儚げで可愛らしい少女だからって、彼女がアーセリアのトップであることは変わらないのに。

 これからどんな話し合いがされるのとか正直よく分かってないけど、どっちにしても一筋縄ではいかないだろう。気合を入れねば!


 気づかれないように拳を膝の上でグッと握った。


「それでは、わたくしも失礼致します。マグヌス」

「はい。アーセリア様、足元にご注意ください」


 マグヌスさんに手を引かせて、アーセリアさんが向かいのソファーに歩を進めた。

 やっぱり目が見えない状態が長いせいなのか、足取りは結構しっかりしている。手を引かれながらも背筋を伸ばして危うげなく歩く姿からは結構な威厳を漂っていて、やはり彼女がここの代表なんだって分からされた。


 ソファーの前に辿り着き、ローブとドレスをかけ合わせたような服を翻しながらワタシと向き合った。

 また軽く膝を曲げて一礼をしてから腰を下ろす姿も優雅そのもので、一つひとつの所作に目が奪われて……


「さて、今回のご足労いただいた件ですきゃあぁああ!?」


 ソファーの上で引っくり返る姿に飛びだしてそのまま持ってかれた。


「マグヌス! マグヌスぅ!」

「アーセリア様!」


 手足を上に向けてパタパタしてるアーセリアさんに、マグヌスさんが慌てて手を差し伸べる。

 ソファーが予想以上に柔らかくて思ったより体が沈み込んだせいで、しっかり座ることができなかったんだろうな。


 上擦った声で助けを求めるアーセリアさんが、ソファーから引っ張り起こされたときに涙目だったのは見間違いじゃないだろう。

 なんなら顔は真っ赤で口が引きつってたから、あれだけ格好つけて登場したのに盛大にやらかして羞恥心が限界突破したに違いない。


 なんかあれだな……仲良くなれそうだね、ワタシたち。


「た、大変失礼いたしました……な、なんでしょうか?」

「ううん、ただ……ひょっとしてドジっ子?」

「ななッ!? ち、違います! 普段はもっとしっかりしております。ただ、初めて使うお部屋でしたし、お客様をお迎えするなんていつぶりのことか分からないくらいで。ですから、なんと言いましょうか。その……緊張してしまって」


 はい、可愛い。

 なんなんですかね、この可愛い生物は。おかしいでしょ。


 威厳たっぷりに登場して、さっきまで神秘的な雰囲気を撒きイキり散らかしてたのに、今は頬を上気させながら涙目でそっぽを向くとか。

 こんな高低差を無視した落差ギャップは死人が出ますよ。


 肌がすっごく白いから赤くなった頬が一層鮮やかに際立ってるし、涙に潤んだおかげで白く霞んだ瞳の儚げな印象が増して、さらに庇護欲を掻き立ててくる。


 くそッ、この可愛さ……ワタシとタメを張る。


 思わぬ強敵の出現に、オラわくわくすっぞ!

 次回、ドラゴ○ボールZ。アミッジ死す。恐るべしマグリィル。

 ぜってぇ見てくれよな! ……はい、一旦落ち着けワタシ。


 色々と情報が一気に入ってきたからって、思考が明後日の方向に行くのはワタシの悪いとこだぞ。わきまえて。


「わふんっ。それで、ワタシをここに連れてきた理由っていうのはなんなんですか?」


 咳払いを一つして改めて話を促した。


「はッ! そ、そうでした。こほん……重ね重ね失礼いたしました。色々とお聞きなりたいこともあると思いますが、まずは謝罪を。

 このような乱暴な方法でお招きすることしかできず、我が身の至らなさを痛感するばかり……まことに申し訳ないことです」


 しゅんと花が萎むように肩を落とすアーセリアさん。そんな姿も本当に様になっていて、慌ててソファーから身を乗りだして、思わず慰めるように手を振っていた。


「い、いえッ! 気にしないで……とは言えないですけど。でもほらっ、そちらにも止むに止まれぬ事情があったんでしょうから! とりあえず、その部分を教えていただけますか?」


 アーセリアさんはあからさまにホッとした様子で息を吐いてから、もう一度しっかりとワタシを直視して言葉を続けた。


「ありがとうございます。そう言っていただけると、私共わたくしどもも心落ち着かせることができます。ただ、なにぶん複雑な話ですので、どこから話すべきか……」


 口元に手を当て考えを巡らせるように数泊の間沈黙したアーセリアさんは、腹が決まったように一つ頷くと、本当に目が見えていないのか疑いたくなるような強い視線でワタシを見つめてきた。


「そうですね。やはり、まずはこの街の成り立ちと我々アーセリアの務めから、お話ししようと思います」




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