44 穏やかな終息


 まるで王を出迎える臣下のようなアミッジさんの振舞いに、ワタシもリィルさんもどんなことが起こってもすぐに反応できるように無意識で身構えた。


 アミッジさんの背後か、それともリィルさんがぶち抜いた壁か。

 五感を研ぎ澄ませて、ほんの僅かな違和感も見逃さないように気を張り巡らせる。


 数秒の間、沈黙だけが流れていった。


「……ッ! リィルさん!」


 リィルさんから返答はなかった。でも、ワタシが声を上げるか、それよりも早い時点で、その異変に気づいて厳しい視線を向けていた。


 ワタシたちの目の前で、さっきまでアミッジさんが着けていた割れた面がふわりと浮かび上がり、表面に幾何学的な魔法陣を浮かび上がらせていた。

 バチバチと空気が爆ぜるような音が連続で鳴り、同時に魔法陣から淡い光が漏れだしてくる。


 一秒ごとに強まっていく光に、リィルさんはワタシを後ろ手で押しやって、ノノイさんたちとまとめて背中に隠すように立ちはだかってくれた。


 でも完全に見えなくなってしまうのも怖いから、ワタシは背中から顔を覗かせるようにして面を見た。

 眩しくはなかったけど、睨むように目を細めるワタシたちの視線の先で、ほんの一瞬だけ光が強まった。


 暗闇を切り裂くような鋭い閃光に、思わず目を庇うみたいに顔を背けた。

 光が収まったのを確認して恐る恐る視線を戻すと……そこには線の細い影が立っていた。


「……なるほど。緊急警報の魔術が発動するとは何事かと思ったが……こういうことですか」


 壮年の男性らしい落ち着いた声だった。


 でも、第一印象の触ったら折れそうな儚げな印象とは裏腹に、背は首を伸ばして見上げるほどに高い。たぶん一八〇センチ以上ある。


 透き通るような金糸の髪に深緑色の瞳。彫りが深くて地球でいう西洋っぽい顔は、街で擦れ違ったら十人中十人が振り返るだろう。それくらい整ってる。


 でも、それらを差し置いて何よりも目を引くのは、その耳に違いない。

 普通の人の五倍はありそうな、長くて先が尖っている特徴的な耳。


 ――森人族エルフ


 リィルさんとは明らかに違う、混ざりけを感じさせない純粋な森人族エルフの男性だった。


「――アミッジ。君が任務を失敗するとはね」


 その男性は、自分の足元で跪くアミッジさんを卑下する訳でもなく、静かな目で見下ろした。


「……面目次第もありません」


 アミッジさんも顔を俯かせたまま、いかにも沈痛な声で返した。でも背の低いワタシからは、その声とは裏腹に穏やかさすら感じさせる横顔がしっかり見えていた。

 まるで、これからのことが何もかも見えていて、その全部を受け入れてるみたいだ……。


 でも、アミッジさんは必要とはいえ人攫いなんていう悪行をしてる裏組織の構成員だ。

 そんな人物と街のお偉いさんが繋がってることがバレるなんて失態、普通なら消されて当然だろう……なんか嫌な予感がじりじり近づいてきている気がする。


 さっきまでの戦闘にまとわりつく焦げ臭い匂いとは違う、でもそれ以上にきな臭い、殴り合わない争いの匂いがジワリと滲んでくるのを感じた。


 指先だけがヒヤリと冷たくなっていくよう静かな不安に、思わずリィルさんの上着の裾を掴んだ。


「……んぅ? リィルさん?」


 盾にして顔を見ていなかったせいで今まで気がつかなかった。

 上半身を伸ばして覗き込むと、リィルさんは驚愕に目を見開いて、急に寒気に襲われたみたいにガタガタと震えていた。


「と……父様とうさま


 本当に小さな声だった。

 すぐそばにいるワタシでも聞き逃しそうになるくらい、耳の外を掠めるだけで消えてしまうような声。


 それなのに、視線の先の森人族エルフの男性は確かにその声を拾い上げて、リィルさんに視線を送ってきた。

 とても静かな目だ。まるで風の吹いていない森のような、陽だまりの穏やかさだけを凝縮したような瞳だった。


「久しぶりだね、マグリィル。――しかし君は私の娘ではなく、バーテス家の娘だったと記憶しているのだが……違ったかな?」


 リィルさんが息を飲んだのが分かった。


 自然が人間の営みなんて気にも留めないように、木々が自身にたかる虫を当たり前に受け入れるように。

 この森人エルフはリィルさんを穏やかなまま突き放した。

 いや、突き放してすらいなくて、そうあるのが当然だと確認させるような物言いだった。


 反射的に何か言おうと口を開きかけたリィルさんだったけど、その瞳を前にして言葉がなくなってしまったのか、戦慄く口をそのまま閉じて俯いてしまった。


「……いえ。何も違いません。私は、マグリィル・バーテス・オールグ。……貴方とは、アーセリアとはなんの関係も――ありません」


 歯を食いしばって絞りだしたような苦痛の滲んだリィルさんの声にも、その人は一切揺れないどころか、穏やかな笑みさえ浮かべてみせた。


 リィルさんの言葉に頷くと、瓦礫が散らばっている足元の悪さを感じさせない歩みで、その人は滑るようにワタシたちの前に進みでてきた。


「そう、それでいい。君にその資格はないのだから。

 さて――お待たせいたしました、マレビト様。マグヌス・アーセリア・オールグ。アーセリアの代表として、お迎えに上がりました」




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