28 あなたがワタシの新たな宿主(マスター)か……
ノノイさんが、ややシャフ度で視線をくれる。なんかデキる女って感じの雰囲気を醸してくるけど、身長的に背伸びをしてるませた女の子って感じしかない。
ワタシが首を伸ばして仰ぎ見なくていい時点で、だいぶ可愛らしさしかないんだよなぁ。
「言いたいことがあるなら言葉にしたら?」
「凄くカッコイイですぅ~!」
素早くお座りに移行して尻尾を振った。
いやホント、体に収まりきらない知性が溢れてますよね。それになんと言ってもメガネっ娘だからね、頭脳明晰じゃないなんてことはあり得ませんよ。
そもそも知的さに身長なんて関係ない。そこが分かってない人が多いんだよ、まったく。
それに身長差なんてワタシがお座りしちゃえば、見上げるしかないもんね。
ただ、この態勢相手を敬うにはいいんだけど一つだけ欠点がある。
これ、地面に手を着いちゃうからゴマを摺れないし、揉み手もできないんだよね。
まぁ? ワタシに尻尾があるから関係なんですけど!
ワタシの調子のいい様子に、ノノイさんは呆れ果てたって感じにガックリと肩を落とした。
「まったく。なんとなくだけど、アンタの性根が見えてきたわ」
「わへへぇ。素直な奴だってよく褒められます」
「それ、絶対褒めてないわよ」
ノノイさんが胡乱な瞳を向けてくる。
何を言うかと思えば……ワタシが褒められるような存在じゃないって? 知ってる!
いくらワタシが犬だからって、そんなことも分からない馬鹿だなんて思われてるんだとしたら、勘違いも甚だしい。
――わきまえてるんで、ワタシ。
「よくもそんなに自信満々な顔できるわね……はぁ。まっ、いいわ。なんかアンタにも色々あるんだろうし。それより! アンタはどうしてあんなとこほっつき歩いてたのよ? 今のオールグはアンタみたいな子供が一人でいたら、狙ってくれって言ってるようなもんだって分からないの?」
ビッと鼻先に指を突きつけられた。
見下ろしてくるノノイさんの瞳は真剣な色をしていて、ワタシのことを心配しているんだってヒシヒシと伝わってくる。さすがにこんな顔をしてる人にじゃれついたら悪い気がして、慌てて立ち上がって答えた。
「あっ、えっと、すみません。ワタシ、まだこの街に来たばっかりで、慣れてなくて。で、でも一週間くらい前は子供が街を元気に走り回ってたと思ったんですが?」
「当たり前でしょう? 連日の児童誘拐で治安が悪くなったのはここ一週間のことだもの。何? アンタ、一週間も出歩かないで引き籠ってたの?」
首を傾げて覗き込んでくるノノイさんに言葉が詰まる。
どう説明したもんか……。
こことは別の世界に行ってましたなんて言える訳もないし、じゃあなんでそんな重大事件を知らないのかっていうと……言い訳が思いつかないな。
「あの、なんて言えばいいのか……。実はワタシ、ここ一週間ほど眠っていたというか、意識がなかったというかぁ……そんな感じなんです」
「いや、それどんな感じよ!? 冬眠でもしてたって言うの? アンタ、犬系の獣人でしょ。犬系の獣人が冬眠するなんて話は聞いたことがないけど?」
「えっと……へへへっ。寝るのが気持ち良くって、ダラダラしてたからですかね?」
「惰眠も一週間も続けられるなら特技だって言い張れそうね。まっ、言いたくないならそれでもいいわ。とにかく今のこの街は危険なの。特にさっき広場で演説してた奴らね」
路地裏の壁越しに広場を睨むようにノノイさんが視線を向ける。
そこには怒り以上に、困惑の色が強く滲んでるような気がした。
その時、あの場を離れる前にノノイさんが言っていたことを思い出した。
「そういえばリィルさんのことを知ってる風なことを言ってましたけど、もしかして二人は知り合いですか?」
「えっ? アンタ、リィルのこと知ってるの?」
驚いて振り返ったノノイさんにコクンと頷いて返した。
「ワタシがこの街で一番初めにお世話になったのがリィルさんなんです。ワタシ、行く当ても身寄りもなくて、そしたら街にいる間は世話をしてくれるって言ってくれたんです。ただ、その、ちょっとした擦れ違いで離れてしまって……」
「ふーん……なるほどね。そういうことなら分かったわ。ついて来なさい」
「……わぅ?」
腕を組んで何か思案していたノノイさんは、結論が出たようで一つ頷いてからクッと顎で背後を指し示した。
どういうことか分からなくて呆けた顔で首を傾げていると、ノノイさんがガシガシと頭を掻いてそっぽを向いた。
「私が面倒見てやるってって言ってんの! 世話になってたリィルがあんなことになってるんじゃ、アンタ泊まるとこもないんでしょ? 私と会った後でどこかで行き倒れたなんてなったら、私の目覚めが悪いのよッ!」
勝手に捲し立てるだけ捲し立てたノノイさんは背を向け歩きだしてしまう。
慌ててその背中を追いながら、肩越しに除いた頬はほんのり赤くなってるように見えた。
「ノノイさん」
「……何よ?」
「優しんですね」
嫌なものを見たみたいに口元を歪めながらノノイさんが見下ろしてくる。でも、やっぱり顔は赤くなったままだから迫力には欠けてる、可愛らしさは満点だけどなッ!
笑って返したワタシに、苦虫を噛み潰したみたいに一層嫌な顔をして顔を反らした。
「別に優しくなんかないわよ。私、大人! アンタ、子供! 見捨てるほど薄情じゃないってだけ。それに、アンタだけって訳じゃないわ」
「へ?」
ノノイさんは一度大きく息を吐いて、強張った顔で眼鏡を押し上げた。
「保護してんのよ。身寄りのない子供たち」
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