22 神は二度刺す


「はぁあッ!?」


 まず目に飛び込んできたのは、見慣れた天井の冷めきった色の蛍光灯だった。

 慌てて起き上がって見回すと、そこには何一つ変わりのない狭苦しい六畳間があった。


 五年住み続けている賃貸の一室。

 そのベッドの上でついさっきまで見ていた映像が頭の中でリフレインされているのに、眉間を揉み解しながらベッド縁に座り直した。


「そりゃそうか、夢だよな。溜まってんのかね、幼女になって襲われる夢なんて。

 ハハ……」

「いやぁ、現実さ」

「うぉおぅッ!?」


 突然聞こえてきた幼い少年の声に驚きのあまり跳び上がった。


 ――ガンッ!


「ぐぅ!? っぅ~……」

「うわぁ、痛そ。大丈夫かい?」

「大丈夫な訳あるか!」


 テーブルの脚に強かに打ちつけた小指を擦りながら思わず叫び返した。

 あまりの痛みに敬語も吹き飛んでいた。


 絶対分かってて聞いたろう、このショタ神様。


 人の部屋の中で優雅にふわふわ浮きやがって。

 これだから地に足のついていない奴ってのは話にならないんだ。

『俺』の恨みがましい視線にも、神様は優雅に微笑んで見下ろしてくるばっかりだった。


 その超然とした態度にも憤りを覚えずにいられなかったけど、それを言ったところで何が改善されるわけでもなし。


 だから、視線に煮え切らない思いを全部乗せて睨んだ。


「そんなに睨みつけてくれるなよ。僕、何か君にやっちゃったかい?」

「~~ッ! おぐぉうおお!!」


 なんという煽りムーブだ……!


 そこまで白々しいセリフを、よくもそんな真っ黒な腹で言えたもんだな!?

 浮かんできた罵詈雑言が全部吹っ飛ぶくらい頭真っ白になったぞ、おい。


「まっ、そんなことはどうでもいいや。

 それよりも……プッ、くっ、ハッハッハッ!」


 俺の怨嗟に濁った慟哭を華麗に聞き流した自称神様は、なんの前触れもなく腹を抱えて笑いだした。

 何がそんなにおかしいのか知らないが、目尻に涙らしきものを浮かべているのを見ると相当なことだろう。


 そのあまりにも常軌を逸した様子には正直引いた。


「は、は、はぁ……いやぁ。僕もまさか向こうに移った初日から、緊急の救命装置を使われるとは思わなかったよ。

 しかもその理由が、おむつから逃げるって……ブフッ、やっぱ駄目だ、ツボだ! くっふぅあっはっは!」

「誰のせいだと思ってるんですかね!?」


 なんでそんなに悪びれずにいられるのか、マジで理解できない。

 すべてはこのショタっ子が余計なことをしたせいだっていうのに。


 怒鳴り声なんて聞こえてないと言わんばかりにケラケラ笑い続ける見た目小学生に、見せつけてやろうとわざと大きなため息を吐いた。


「それで、いったいなんの用ですか? 貴方は別に『ワタシ』がどうなろうと知ったこっちゃあないんでしょ。あんなチートなんて名ばかりの欠陥を押しつけて」

「んん? いや、そんなことはないさ。僕は君のことを、それはもう治りかけ瘡蓋かさぶたように気にかけてるんだから」

「……それは悪戯に引っ掻き回すって意味ですかね?」

「もちろん、それもあるけどね。でも、それだけって訳でもないんだよ?」


 神様が意味ありげに笑みを深めてこっちを覗いてくる。


「だって君はもう、この世界出身の『大角豆ささぎかける』じゃあない」


 耳元でささやかれているみたいに、脳みそに染み込んでくる声色が響いた。


「君はもう、レセスディアの『トイディ』なんだ」


 言ってる意味がいまいちよく分からなかった。


 首を傾げる俺を眺めながら、もう一度柔らかく笑みを深めた神様は、話の仕切りなおしするみたいに、パンッと手を打った。


「それより、いいのかい?」

「何がですか?」

「いや。随分と優雅に朝を過ごしてると思ってさ」


 神様が軽く手を振ると、独りでにテレビンの電源を入ってニュースキャスターの声が流れてきた。


『――おはようございます。月曜日、朝九時のニュースをお届けします。今朝は……』

「ゔんん?」


 聞き捨てならない不穏な言葉に変な声が出た。

 もしかして、俺はまだ寝惚けているのだろうか?


 社会人にとって不倶戴天の敵の名前が聞こえてきた気がする。

 知らないうちに日本のニュースも随分とお茶目なことになっているらしい。

 日曜日を消失させるなんて、子供からお年寄りまであまねく全ての人に殴殺されるべき悪事だ、許されざるよ。


「たとえエイプリルフールだったとしても、言って良いことと悪いことがあるぞ。全く、こんなんだから昨今のメディアは信用度を落として……」


 徐にスマホを確認して、震えた。


 そこには、確かに月曜日の文字が表示されており、麗しの日曜日が俺のあずかり知らないところで帰らぬ人になってしまったことを意味していた。


「日曜日、どこ行ってしまったん?」


 何度見返してみても、スマホを振ってみても、画面に映る月曜日の文字に変化はない。

 これが現実だということを俺の脳髄に叩きつけてきた。


 あまりに暴力的。


 信じて待っていた日曜日が悪魔で月曜の鬼畜姦計にドハマりしてお別れピースビデオレターを送ってきたばりの衝撃だった。


 また来週。ジャン、ケン、ポン……ってか?

 うるせぇ! 昨日っていう日曜日はオマエしかいないんだよぉ!


 あまりにも惨い仕打ちに、力なく膝から崩れ落ちた。


「……ハッ!? 正気を失ってる場合じゃない、今日が月曜日あくまのひってことは。ま、まさかッ!?」


 スマホを持つ手が震える、電源ボタンを押そうとしている指はもっと震えている。現実を確認するのを拒もうとする指を精神力で抑え込み、そっと電源ボタンを押しこんだ。


 どうかニュースよ、誤報であってくれ。

 新聞だって日付を間違えたことがあるんだ。

 ニュースが時間を三時間ぐらい飛ばしてたって大丈夫、今更信頼度なんて小揺るぎもしないさ。


 だからどうか、どうかッ!


 しかし悲しいかな、非情にも画面には『9』の文字が輝いていた。


 ――知ってた。月曜日だいまおうからは逃げられない、ってさ。


「ち、遅刻だぁあ! い、急がないと、あっいったぁ!!!」


 ベッドから立ち上がり一歩目を踏みだしたところで、また小指を強かに打ちつけた。


 痛みに悶え、片足で跳び回りながらスーツに袖を通していく。


「いってらっしゃ~い。週末には向こうに送りなおすからよろしくね~」

「せっかく異世界に行ったってのに、ずっとこんなんばっかだ! ちくしょうッ!!」




 背後から聞こえてきた能天気な声を努めて無視して、玄関ドアから飛び出した。




 焼けたアスファルトの黒が目に眩しくて、涙が零れそうな月曜日の朝だった。






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