15 現実から逃げて、異世界でも逃げた
あまりにも圧倒的な覚悟。
それに畏敬の念を抱かずにはいられなくて、ジリッと後退った。
なるほど……これがバブみか。
確かに、この威圧感には思わずオギャってギャン泣きしたくなるなぁ……。
でも、泣いてる暇なんてない。
それに、ワタシにだって覚悟はある!
絶対に『ヒモ』になるっていう覚悟がなぁ!
その確固たる意志を支えに、今にも仰向けで平伏しそうになる体に活を入れた。
なんだか自我が矛盾している気がするけど、そこには目をつぶってリィルさんを注視する。
リィルさんはすぐにでも、全身全霊でワタシのママになろうとしてる。ビリビリと空気を伝播してくる決意の波動に、それを余すことなく理解させられた。
でもそれとは裏腹に、彼女の言葉は頭の中で荒れ狂ってる感情と足並みがそろっていないみたいに切れ切れだった。
ワタシのことを見据えているはずの目も、どこかボンヤリと宙を眺めているだけのような、
あの吸い込まれそうな深い青色の瞳に、今は知性の輝きが宿っていない。
おかしい、どう考えてもおかしい。
確かにリィルさんは出会ったばかりのワタシを抱きしめてきたり無遠慮になで回してくるような、ちょっと螺子の緩んだ人だけど、急に赤ちゃんプレイを強要してくるような人じゃなかった。
それがどうして…………ま、まさかッ!?
自分の中に浮かんできた仮説に雷に打たれたような衝撃を受けた。
それとなく予兆みたいなものは感じてた。
でもそんな阿呆みたいな話があるなんて思えなくて、今まで考えないようにしてたけど……もしかしてこれ、ワタシのせい?
……そんな気がしてきたぁ!
あの自称神様にワタシが貰った能力は、萌えさせた相手の『ヒモ』になること。
もしこれが性別も人数も見境なく働きかけるものだったら?
そして、リィルさんにとってワタシをヒモとして養うことが、赤ん坊として世話をするってことになっていたとしたら?
……あり得るッ! いや、そうはならんやろって思うんだけど、そう考えればリィルさんの奇行にも説明がつく。
つまり――今のリィルさんは母性が暴走している状況なんだ!
……会ったときから変わってなくない?
ま、まぁ、なんとなく原因は想像ついたんだし、そこは目をつぶろう。
とりあえずそうと分かれば、あとはリィルさんを正気に戻せばいいだけの話なんだ……で、どうするよ?
……やっぱり無理っぽくない、これ。
いやいや諦めるな、ワタシ! とりあえず呼びかけるんだ!
「リィルさん、落ち着いて! 今の貴女は正気を失ってる。主にワタシのせいっぽいんだけど、それは一旦置いといて話し合いません?」
アカンわ。自分で言っておいてなんだけど、こんな自分のこと棚に上げてる奴相手じゃあ話になんねぇだろ。
「そうだね。おむつカバーの柄はやっぱりワンちゃんがいいよね」
――マジで話になってねぇな!
くそッ! このままじゃ惰眠の限りを尽くして、何もしないまま一日中ダラダラして、口に運ばれてくるご飯を咀嚼するだけの存在に堕ちてしまう!
そうなったら仕事に憂鬱になることも、通帳の残高を心配することも、五〇パーセントオフの食材を買いに夜遅く出かけることもなくなってしまうじゃないかッ!
……ん? それって……最高なのでは?
いやいやいや、落ち着けワタシ。根本的な部分で『ヒモ』と大して変わりがなさそうだけど、おむつ有の赤ちゃんプレイは駄目だろ。
中身おっさんやぞ、わきまえろ。
堕落の誘惑に懐柔されそうになるのをなんとか振り払って
リィルさんは腰を低く落として構え、全身からよく分からない何かを
……それは仕立て屋のお姉さんがだしていい気配じゃないだろ!
どう足掻いてもバッドエンドしか待ってなさそうで、泣きながら尻込みしそうになったけど、すでに腰は可能な限り引き切っていたからこれ以上は無理だった。
じりじりと互いに距離を測るようににじり、出方をうかがう。
相手の鼓動まで感じられそうなほど緊張が高まりきった瞬間、
――リィンリィン
突如鳴った玄関ベルを合図にリィルさんが凄まじい速度で突っ込んできた!
それに呼応してワタシの身体が跳ねる――!
迫ってきたリィルさんの手が、恐ろしい音をさせながら目の前の空を掻き切っていった。
冷や汗が背中を伝っていくのを感じながら両手足を使って後ろに飛び退り、壁に足が着くと同時に身体を蹴り上げた。
そのまま空中で身体を捻りながら逆さになって天井を足場にすると、重力を味方につけて開きかけの玄関ドアに向かって猛スピードで突っ込んだ。
「やあ、リィルさ、うおッ!?」
「ごめんなさい!」
「レジップさんゴメン。ちょっと店の中で待ってて! イディちゃ~ん。待ってぇー!」
――晴天のオールグの街に声が響く。
かくして、アラサー
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