13 心は剥きだしのガラスなんだ……


※ 注意 ※


虫に関する描写があります。

あらかじめご承知のうえ、お読みください。



      §      §      §



(でもね、これだけは言わせて……そういうとこやぞ?)


 ――ギチギチギチ


 現実リアルさんへのクレームは受理されなかった。


 目の前のそれから金属を擦り合わせたような音が鳴る。小さな頭に並んでいるルビーレッドの複眼をきらめかせて、不思議そうに首を傾げてみせた。


 そこまでだった……。

 そこまでで、ワタシのキャパとか、他にも色々と大切なものが決壊した。


 口の端と股の間から温かい液体が溢れてくるのを気にする余裕もない。開いたまま閉じなくなった口が震えて、目からポロポロ涙が零れてきた。


「リ、リィルさぁん……」


 絞り出せたのはたったそれだけだった……股のは絞り出した訳じゃないからノーカンッ!


 目を離したら何をされるか分からない。

 その恐怖にカタカタ震えながらリィルさんに助けを求めた。彼女ならきっとなんとかしてくれる。大丈夫、まだ慌てるような時間じゃ、


「ん~? どうした……っぷ、あっははは! すごーい! イディちゃん。本当に一発で『当たり』引いたんだぁ!」

(――おう、何はしゃいどんねん)


 し、信じられない! 目の前の状況が分かってないのか、この人……。

 こんな可愛い幼女の口から、く、くく蜘蛛が出てきたんですよッ!?


 それを貴女、声上げて笑うか普通?

 しかも言うに事欠いて『当たり』とはなんですか!

 そういうの人としてどうかと思……当たり?


「あ、『当たり』って、どういうことですかぁ!?」

「ん~っとね。蜜壺蜘蛛って蜘蛛なのに冬眠するんだ。その時に糸玉の中に籠るんだけど、たまにいるおっちょこちょいの寝坊助が、蜘蛛の入っていない他の糸玉と一緒に街に運ばれてきちゃうんだ。

 滅多にないし、それが人の口に入ることはもっとないんだよ。だからそれを食べた人には幸運が訪れるって、この街で昔から言い伝えられてるお話。

 まぁ、私は勘弁だけど」

「ワ、ワタシだって、無理だ、ってをほぉう! あっ、あっ! 登ってきた! リィルさん、どうすんのこれ。どうすればいいのッ!?」


 別に虫が苦手だとか、蜘蛛がどうしても駄目って訳でもないけど!

 でも口の中から出てきたのに遭遇したら話は別でしょうよぉ!


 あっ、しかも思ったより速い。コイツ速いよッ! ああ、もう腕にぃ!


 もうワタシが揺れてるのか世界が揺らいでるのか分からない。それくらいバイブレーションが止まらないっていうのに、蜘蛛が振り落とされる様子は少しもない。


 可能な限り腰を引いて、思いっ切り手を突っ張るのがせめても抵抗だった。

 いつの間にか丸まっていた尻尾が水を吸ったみたいに重くて、気分まで直滑降ですよ。


「んふふ、大丈夫だって。毒もないし、人を襲うこともないから。放っておいたら、そのうちどっか行っちゃうよ」

「でも、わをはぁあッ!? あ、頭に! 駄目だ、登るなッ! あ゛あぁ耳に! 耳にぃ!?」

「んふ、っくく。似合ってるよ、イディちゃん。お洒落に敏感な獣人の人はよく耳に装飾品着けてるからね。イディちゃんもお洒落さん……ぷっ、やっぱ無理、あっはっはぁ!」


 ピンッと立って、ぷるぷる震えてる耳から蜘蛛がしがみついている感触が伝わってくる。

 リィルさんに向けて初めて立った赤ん坊みたいに手を伸ばし助けを求めたけど、お腹を押さえて笑うばっかりだった。


 ひでぇよ、助ける素振りも見せないなんて。畜生だよ、蜘蛛と畜生がいるよ。

 まともな人間はワタシだけか……!?

 せめて助け舟ボートくらい用意してくれたっていいじゃないかぁ!


 恨みがましく泣きながら睨むワタシを捨て置いて、一頻り笑い切ってからリィルさんはようやく顔を上げた。


「んふぅ~……笑った笑った。久しぶりの大笑いだよ。さて、それじゃあ私のお店に行こっか。汚れた洋服替えるのと一緒に体も綺麗にしてあげる。

 その蜘蛛さんに合うようにしっかりおめかしないとね。んふふ、楽しくなってきた! よ~し、そうと決まれば私の店にしゅっぱ~つ!」

「あ゛あ、待って! その前にこの蜘蛛どうにかしてお願いですからぁ!!」


 ワタシの言葉には誰も耳を貸してくれないっていうのに、ワタシは蜘蛛に耳を貸しだしてるの……おかしくない?



      §      §      §



 リィルさんのお店は大広場から歩いて十分ほどの、一本脇道に入ったところにあった。


 大通りの喧騒から離れた店の周りは静かで、六本足の猫が日当たりのいい塀の上に寝転がって溶けていた……比喩とかじゃなくてマジで溶けてた。

 衝撃映像もそこそこに到着したリィルさんのお店は落ち着きのある小洒落た雰囲気で、大衆向けというよりは高級なブティックって感じだった。


 ――リィンリィン


 透明感のある音色のドアベルを鳴らしながら入った店内は予想よりもずっと広かった。真ん中に大きな作業台が置かれていて、その上に作業途中であろう服の布がまとめてある。


 壁沿いには既に完成した服がハンガーに吊るされたり、マネキンに着せられたりして並んでる。綺麗に整頓された店内からは、リィルさんの仕事に対する真摯さが覗えるような気がした。


 気が、したんだけどなぁ……。


「イディちゃん……もう最っ高ぉ!!!」


 ――この世に神はいない。いやいたけど、あれは絶対に助けてくれない。


 もう溜息を吐きだす力も残っていない、通算十五着目の試着だった。


 店に入った途端、服という服を剥かれてシャワー室に放り込まれて丸洗いされた。

 この世界にシャワーがあるのも驚きだったけど、もっと驚いたのは着ていた服が消え失せて、いつの間にかリィルさんの着せ替え人形にされていたことだった。


 どこからともなく大量の子供服を引っ張りだしてきて、文句とか言う暇も与えられないまま鏡の前に立たされた。


 それはもう止める間もない早業だった。


 着替える度にハンディカメラっぽいのを手にしたリィルさんが、目を血走らせて鼻息を荒くしながら撮影しまくってくる。

 なんか空中で止まってみたり、そのまま横になってみたり、重力とか常識とか色々無視した動きをしてるように見えるけどワタシの気のせいに違いない。


 現実リアルさんを振り払うためにプルプル首を振ってからまっすぐ目の前の鏡を見た。


 今着させられているのは、黒地に銀糸で花柄が刺繍してある丈の短いワンピースみたいなのと、裾が少し広がった白のハーフパンツ。

 どっちも過剰な装飾はなく、裾とか縁にあるフリルとレースの意匠が可愛らしいうえに清楚な仕立てだった。


 ワタシの周りを縦横無尽に撮影していたリィルさんは、「んふー」と満足げな鼻息を漏らすと一仕事終えたみたいにかいてもいない額の汗を拭った。


「うんうん。素朴なのもいいけど、このぐらい可愛らしい方がイディちゃんには合うよね。もうちょっとフリルを足しても良い気がするんだけど……まぁ、あんまりやりすぎちゃうとごたつくし、イディちゃんは神秘的な雰囲気があるから、それを活かすってことで。どうかな?」

「サスガハりぃるサンダ。トッテモ可愛イヤ」


 自分で言うのもなんだけど、鏡に映っているワタシの姿は、それはもう極上の上に極上がつく美幼女で、まさに犯罪的な可愛さだ。


 トップスの黒が体毛の白さと瞳の金色を引きたて、全体的に幼女らしさが溢れてる。でも、モノクロの色合いがちょっぴり背伸びをしている感じの女の子な装い。

 耳にしがみついている蜘蛛の鮮やかさも一層際立っている。

 リィルさんのセンスが光る、脱帽の仕上がりだった。


 これがワタシじゃなかったら完璧だったよ。


「でも、んん~……やっぱりワンピースだけでまとめたかったなぁ。どうしても尻尾が大きい種族はパンツ類が必須なんだよね~。

 穴なしスカートだと捲れちゃうし、穴があっても大きく取りすぎるとお尻が見えちゃう、かといって小さすぎると窮屈だしね。やっぱりトップとボトムの両方で隠しちゃうのが一番収まりいいよね。イディちゃんはどう思う?」

「サスガハりぃるサンダ。トッテモ可愛イヤ」


(ワタシの身体を衣服で包むより、ワタシの心を優しさで包んで欲しかったです)




      ☆      ☆      ☆




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