05 空を飛ぶことだってできる、ファンタジーならね……


「ぐぅあ゛ぁあああ!?!」


 一瞬、周りの景色が魚眼レンズを通したみたいに引き伸ばされたと思ったら、目の前を真っ白な雲が凄まじい速度で流れていた。


 ……いったい何が起こったんですかね?


 なんか強烈なジーを感じるし、ミサイルの着弾音みたいなのと一緒に悲鳴みたいなのまで聞こえてきたんですが……ハハッ、マサカネ。


 確かにワタシは宇宙飛行士の気持ちが分かった気がしたし、自由むしょくさんに抱かれて飛んでイキたいなんて思ったけど……あれはそう、ただの妄想なんだよ。


 だからこれもワタシの幻覚に違いない。


 ほらっ、常日頃から慣れたように俯いてみれば、慣れ親しんだ地面が……ないッ!?


「あぁっあっあっあぁあああぁーーーーーー!!!」


 待って待って待ってぇ!

 なんでワタシは身一つで風を突き破りながら空を泳いでるんですかッ!?


 どんな身体能力だよ。全力だったからって、重低音を響かせながらミサイルみたいに飛ぶなんて普通考えないじゃん。


 いくら世界で初めて宇宙に行った動物が犬だからって、ワタシにまでその業を背負わせるのはどうかと思いますよ?


 これも人間の傲慢さが引き起こした悲劇か……。


 まぁ、宇宙に行くには勢いも角度も足りないけど。

 ほら、案の定、巨樹の街の外壁がもう数百メートルってとこまで迫ってきてる。


 ――まさに、ひとっ飛びだったな……。


「ん~な悠長なッ!? あ゛ぁあ落ち着いてぇ! お願いだからワタシの体よ、地面に落ち着いてぇ! このままだと着弾しちゃうぅ!!!」


 あと数秒もすれば街に続く門の数十メートル手前の地面を、我が身をもって撃ち抜くのが容易に想像できる。そうなればワタシが良い子に見せられなくなっちゃう!


 くそッ! 目の前に命の危機が迫った今になって、動き方を思い出したみたいに手足が独りでにバタバタするけど無意味だ。


 だってさ、犬は……飛べねぇんだ……。


 ――豚じゃねぇからな。


 なんら今からでも紅の飛行艇を用意してくれてもいいんですけどね。

 でもワタシ、飛行艇の操縦なんてしたことないから落ちる未来は変わらないんですけど。


 飛空艇だけにねッ!


 ははは、ふぅ。綺麗にオチたのが分かったところで、そろそろ現実の目を向けようぜ……何も変わってない!


 どどどどうするよ!? 何か、なんでもいいから掴めるものでもあれば!

 でも右に左に首を振ってみても何もない……まぁ、空中に掴めるものがあったら、それはそれで怖いけどな!


 ああ……混乱の極みに至ったせいかな。時間がゆっくり流れてる。


 世界がスローモーションになったみたいに、風に舞い上げられた草やら塵一つにいたるまでくっきり見える。


 これが走馬灯ってヤツなのかな……。


 へへっ、いつの間にか地面は手を伸ばせば届くところまで迫っているし……って待てやぁ!


「ひぃいっ!? た、助け」


 ――あっ、これ間に合わない。


 そう考えた瞬間、反射的に目をギュッとつぶって体を丸めていた。


 でも、こんなことしてもどうにもならない。

 真っ暗になった視界の中で、次の瞬間には襲ってくるはずの衝撃に備えた。


(…………?)


 なんだこれ……走馬灯の感覚が続いているのか、いつまで経っても衝撃がこない。


 じ、焦らしてつもり? なら、テクニシャンじゃん。

 でもワタシ、うじうじしてる人って嫌い。来るなら一思いで来てよ!


 ……いやマジでめっちゃ焦らすやん。どうなってんの?


「……へ? ど、どういうこと?」


 恐る恐る目蓋を開くと、視線の数十センチ先で地面が止まっていた。


 ――ワタシ、飛んでる!


 いや、これを飛んでるとは言わないか。どっちかっていうと浮いてるだな。


 自立せずに、ふよふよしている我が身。

 これでも地に足つけて生きてきたつもりなんだけどなぁ……。

 まぁ異世界に来といて何言ってんだって話ではある。


 なんにしても助かったんだ!


「よ、よかったぁ……」


 しかし、どうなってんのかね。ファンタジーだから魔法くらいあっても驚かないけど、ワタシが持ってるそっち系の知識はラノベ由来のうっすいものしかないからな。


 この窮地を乗り切れるようなものじゃないはずなんだけど……。

 いや、待て……ここにきてワタシの知られざる才能が開花したって可能性がある!


「ふふふ、やはり天才じゃったか!」


 まぁね。神様のあみだに選ばれたワタシですから、この展開はあってしかるべきものだよ。


 いや~困っちゃうなぁ。

 いろんな人にもうチヤホヤされる未来が見えて仕方ないよ。

 ほら、すでに自分の周りを渦巻く魔力的なものも知覚できちゃって……ん?


「いや、これって……魔力じゃ、ない?」


 小さくて半透明の何かが薄ぼんやりと発光しながら、ワタシの周りをふよふよ泳ぐみたいに飛んでる。それも一や二どころじゃない、何十と群がっていた。


「えっと、もしかしてですけど……貴方たちは精霊的なもので、その……ワタシのことを助けてくれるために浮かべてくれたり、してますかね?」


 つるりと滑らかな表面をしたクリオネっぽい姿のそれらは、小さな羽らしきものをぱたぱたさせながら肯定するようにすり寄ってきた。


「あ~、なるほどね。そういうことですか……」


 ――恥かしいヤツぅ!!!


 ハズい、ハズいハズいハズいぃ!

 めっちゃ調子に乗っちゃったじゃん。

 何が魔力を知覚だよ!? 魔力の前に恥を知れよ!


 ホントわきまえろよ、ワタシ!

 くそ、恥かしくすぎて顔どころか、顔を覆い隠してる手まで熱い。


 いや、まだ軌道修正は可能だ。

 このままじゃあワタシがちょっとしたことですぐ調子に乗っちゃう、イタい奴になってしまう。そうなる前にワタシがわきまえた奴ってことを見せつけなければ!


「ありがとうございますぅ。ワタシじゃどうにもできなかったんでぇ、助かっちゃいましたぁ。本当にありがとうございますぅ」


 ……別の意味で調子に乗ってる奴みたいになっちゃったな。


 なんか自分で普通に持てるくらいのくせに、わざわざ男を見つけてきて持ってもらって、自分の華奢さを自己アピしようとして事故アピしてる女の子(笑)みたいだ。


 い、いや、考えを変えよう! この姿ならあざとさも武器だ。


 見てよ、この潤んだ眼とペタッとへたれた耳を。

 こんな庇護欲をそそる犬っ娘に甘えられたら、男とか女とか、人間とか人間じゃないとか関係なく、つい甘やかしちゃいますよ。


 つまりこれは、知り合い一人いない世界に放りだされたワタシの処世術なんだ。

 よし、自己弁護は済んだな。じゃあ、そろそろ地面に下りよう。


「あの、下ろしていただいても?」


 おそらく精霊的な存在の仮名クリさんはひらっと空中でひるがえってみせると、ワタシの体をゆっくりと下げて、足が地面に届く高さに調節してくれた。


「ありがとうございます!」


 ああ、愛しの地面よ。

 今度からは一歩一歩、歩く度に感謝の念で踏みしめるよ。


「……あれ?」


 地面から返ってきた感触に首を捻った。


 なんだ……この高級絨毯ばりにふかふかの感触は!


 見るからに人とか乗り物が通るために整備された公道で、どう見ても踏み固められてるように思えるんですけど……。

 それがどうして入念に耕したばっかりの畑みたいなきめ細かさになってるのか。


「どうなってんの? ……おっ?」


 誰に向けた訳でもなかったんだけど、ワタシの言葉に答えるみたいに土の中からひょこっとクリさんに似た小さい発光体たちが顔を出した。


 土の中に半ば埋もれたまま顔だけ出して首を傾げている姿は、どことなくチンアナゴみたいな可愛らしさがある。よし、この生物はチンさんと名づけよう!


 ……名づけがことごとく卑猥とかそういうことはないから!

 そう感じたとしたら、そいつが卑猥なんだよ!

 卑猥って言った奴が卑猥なんだ、ひわ~い!


 ……なんかヤバいな。テンションがおかしくなってるとはいえ、こっちに来てから知能指数がどんどん低くなってる気がする……気のせいだよね?




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