03 ヒモは紐でも、ひも違い


 謎の用紙に書かれていた内容に先ほどと同じくらい大きな叫び……というよりは悲鳴を上げていた。


 あまりの内容に理解が追いつかない、頭がおかしくなったんじゃなかろうか。


 いや、断じるのはまだ早い!

 とりあえず声に出して、もう一回確認してみよう……。


「『――君がこれを読んでいる頃には、僕はこの世にいないだろう……。』


 知るかッ! いや、落ち着け俺。相手は自称とはいえ神様。この世にいないのはむしろ普通のこと。……つ、続き。


『まあ、それは置いておいて。

 これが君の手元にある頃には、君はこっちの世界のいずこかに降り立っていることだろう。そこから君が何をしようと自由だけど、その前に君の現状を知らせておこうと思ってさ。


 まず名前だけど、元の世界の名前のままでも良かったんだけど、それじゃあ名前を呼ばれるたびに元の世界のことが頭を過ってこっちの世界を楽しむのに没頭できないだろうから、僕から新しい名を贈らせてもらうことにしたよ。


 君の新しい名前は【toidi(トイディ)】。


 幸福と成功を祈る魔除けのおまじないの「toitoitoi」と、二倍とか二重の意味の接頭語「di」を合わせて命名させてもらったよ。なかなか良い名前だろ?


 でも「ディトイ」じゃ読み難いし字面も良くないから、逆にして「トイディ」。

 呼び名は「イディ」ってのがいいんじゃないかな?


 あと、君にあげた特典なんだけど。君の要望を一〇〇パーセント叶えた上で、こっちの世界に合うようにわざわざ僕が改良しておいてあげたよ。


 ああ大丈夫、お礼は必要ないよ。

 なにしろ、君はこれからあらゆる存在にモテモテになる可能性を手に入れたんだ。


 そこら辺を歩いている村人からどこぞの国の王様、それどころかドラゴンや精霊のぬしでも、君のことを全身全霊で愛し、庇護してくれるようになるんだよ。


 やったね!


 でも、何もせずにそうなってもつまらない。

 だから一つだけ条件をつけさせてもらったよ。


 それは――相手を『萌え』させること!


 相手が君に対して少しでも「萌えぇッ!」って胸キュンすれば、その相手は君のことを自分のすべてをかけて養ってくれるよ。


 やったね!


 あ、それに合わせて体の方をちょっとだけいじったんだ。

 具体的に言うと、今の君は犬系獣人の女の子になってる。なんと言っても男が寵愛を受けているのを見てもおもし、いや気持ち悪いからね。


 君だって男の姿で男女構わず無限の可愛がりを受けたくはないだろう?

 だからヒモに相応しい姿にしておいたよ。大丈夫、見た目はとびっきり愛らしくしておいてあげたから。


 やったね!


 もちろん、名前や体に対する違和感とか忌避感なんかはすべて排除しておいたから、そういうので君が苦しむことがないのは保障するよ。


 あと、こっちで用意してたお金は必要ないみたいだからあげないね?

 ヒモがお金持ってるなんておかしな話だからね。


 これで最後なんだけど、もし君がどうしても元の世界に帰りたくなったときのために帰れるようにしておいたよ。帰りたいときは、両手を天に向かって突きだして大きな声で、「I`m Home!」そうすれば、すぐに帰れるよ。


 ただし、あくまでも例外的なものだから回数制限があって、三回まで。

 これが上限。


 だから緊急時の特別処置、シェルターみたいなもんだと思ってくれればいいかな。

 まぁ本当に必要な時のための例外的なものだから、それなりに代償というか、ペナルティがあるけど。まあ、どんなことでも途中キャンセルと延長には追加料金が発生するから、特に問題はないね。


 そういうことで、説明は以上ッ!

 それじゃあ、素敵な異世界ファンジックライフをレセスディアで!


 楽しんでねb


                                 神様より』


 ……………………………………………………………………………………ふんっ!」


 全てを読み終わって、脳が内容を認めるのと同時に無意識で紙を破り捨てていた。


「はぁはぁ、はぁ!」


 わなわなと震える両手を頭に持っていく。

 それは探すまでもなく、すぐに見つかった。


 頭の脇ら辺から天辺に向けて、長さ二十センチほどのツンと尖った三角形。

 ふわふわの毛に覆われた大きなケモミミが確かにそこにあった。


「……ふぅ」


 オッケーオッケー、一旦落ち着こ。焦ってもしょうがないから。

 ほら俯いてないで、空を見上げてみれば澄み切った青が広がってる。こんなに清らかな空気を胸一杯に吸い込んだらさ、嫌なことなんて一瞬で吹き飛んじゃうよ。


 さっ、深呼吸、深呼吸。


「すぅー……ヒモはヒモでも、リードに繋がれる方じゃねぇかぁあああ!!!」


 ――わぉーーーん!


 ――わぉーーん!


 ――わぉーん!


 ――ぉーん!


「………」


 ――受け入れ難しッ!


 駄目だ、叫んでみても虚しさしかない。何が虚しいって、男じゃなくなったことにそこまでショックを受けれてないってとこだよ!


 なんだこれ、あれか? これもあの自称神様ドチクショウが手紙に書いてた、体に対する違和感とかをなくしたってことなのか?


 クソ、クソッ! こんな体にしやがってッ! こんな……こんなちっぱいッ!!


「んっ、ぅん、あっ……ちゃうねん。だってお約束やん」


 それに無意識だったからセーフだよ、掴めるほどなかったし。

 ……ワタシは誰に言い訳をしてるんだろうな。


 と、とにかくこの体は自分のなんだし、触ったって卑猥なことなんてないんだ。

 それにいくら違和感とかがないからって、体が急に変わってるんだ色々と確認しとかないと。後になってあのとき確認しとけばよかったとか思いたくないもんね。


 ヨシ! 完璧ロジック。で、では……!


 ――もふん


「ほ、ほう! これは……」


 ――もふんもふん


「なるほど、なるほど。うんうん。あーそういうこと。完っ全に理解したわ」


 ふーんっ……極上じゃんッ!


 髪や耳と同じ、汚れという概念を知らないような真っ白な毛並み。

 一本一本がシルクみたいな滑らかさをしながらへたったりしない。

 ふっかふかのもっふもふでとってもボリューミー。


 触っているだけ幸福指数が鰻登りですよ、尻尾も揺れて仕方ないね!


 ……それはそれとして。

 こいつ、体の一部だっていうのに勝手に動いて止まらないな。


「くっ、この!」


 抑え込もうとするほど右に左に暴れて……なんて落ち着きのないヤツなんだッ!

 くそ、ツヤツヤの毛並みのせいで滑りまくる。掴みづらいとこまで鰻寄りとか聞いてないよ。


 くっー、こしゃくぅ!

 だがな、その程度で簡単に逃げられるほど世の中甘くないんだよ。


 ――見せてやるぜ、奥の手ってヤツをなッ!


「わうッ!」


 手だけで駄目なら口を使えばいいじゃない。

 本能に身を委ねれば、こんなことだってできちゃうんだぜ? ――そう犬ならね。


 あッ! くそ、逃げられた! 予想よりすばしっこいな。

 だけど逃げれば逃げるほど追い駆けたくてたまらなくなるんだからなッ!


「をぉん!」


 くぅ、なんだこの感情はッ!? 腹の底から溢れてくる!


 目の前で尻尾の先が誘うように揺れて、追い駆けたら追い駆けた分だけ逃げてく。

 思わず同じ場所をぐるぐる回ってしまうくらい、煮えたぎった熱い感情に支配される。


 ――尻尾! 追わずにはいられないッ!


 あぁ……ずっと忘れていた気がする。

 ただ走るだけで心から笑えていた、あの頃のこと。


 目に映るすべてが輝いてた、小さかったけど純粋な気持ち。

 四肢で踏みしめる地面の感触に、心まで跳ねているみたいだ。


 ――ああ……これが本能!


 本能に身を任せるのって、こんなにも楽しいことだったんだ!




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