第2話 魔族襲来っ!

 執事としてラングレイ家に長年仕えるセバスは己の目を疑った。

「ク、クラリスお嬢様?! そのようなお姿で!」

 執事として見逃すわけにはいかない。


「おう、セバス爺ではないか、早く刀を持って参れ、朝稽古でござる」

 威風堂々、ガニ股で歩くクラリスお嬢様。

 薄い寝間着の生地は、艶かしい身体の曲線をあらわにし、その下に乙女の柔肌を焦らすようにして隠していた。


「ゴクリ」

 若い男性使用人達の生唾を飲み込む音が聞こえる。


「何を見ておるか!」

 執事のセバスがすかさずゲンコツを落としていく。


 クラリスお嬢様は、ご機嫌な様子で庭の方へと向かっている。


「まさか、あの格好で庭に出るおつもりか!」

 セバスは焦り、早々に決心を固めた。


「お嬢様、失礼します!」

 彼は、お嬢様の肩に後ろから手をかけ、その歩みを止める試みを実行した。


 そして、その身は宙を舞い、仰向けに廊下に倒れることとなる。


「まさか、あのか弱いお嬢様に投げられた……」

 セバスは天井を見上げる。


「おい、今のお嬢様の動き……」

「すごい、なんて可憐な」

 使用人たちが驚愕の声を上げる。


 クラリスお嬢様が執事のセバスに横から覆いかぶさるようにして覗き込む。

「何をポカーンとしておる。後ろから手を出されたら投げるしかあるまい。それよりも、早く立って、刀を持って来るでござる」


 彼女は、片手で髪をかき上げる。そのとき見えたうなじにセバスの目が釘付けになった。


 すぐに執事のセバスは我に返り「この屋敷に刀と呼ばれる剣は家宝である一本しかなく、それを持ち出すには、御主人様の許しがいる」と思い出す。


「無理でございます」

 お嬢様の胸の谷間が見えそうになったので、セバスは横を向き目を閉じた。


「役に立たない爺でござる」

 クラリスお嬢様は、それでも庭に出ることを諦めなかった。


 使用人たちはポカーンと見送ってしまう。


 庭では、丁度、警備のもの達が訓練を始めていた。


「おい、あれを見ろよ」

「クラリスお嬢様」

「なんで、こんな所に……」

「それよりも、あの格好……ゴクリ」

「ゴクリ」

 警備兵たちの手が止まる。


 風が吹き、クラリスお嬢様の艶やかな黒髪が美しくなびく。寝間着がドレスのようにそよぎ、彼女の魅力を引き立たす。


「結婚したい……」

 幼なじみでクラリスお嬢様と同い年の青年が、恐れ多いことを呟いた。彼は、警備兵であり、お嬢様とは、絶対に結ばれない運命。そんなことは、彼も承知。


 中身は「さむらい」容姿は「可憐なお嬢様」のクラリスは、中身が中身だけに、しょっちゅう女であることを忘れる。


 だからこそクラリスお嬢様は「好いた女と結婚するは男の夢、こやつ意中の女のことばかり考え剣を振りおって、けしからんでござる」と思いながらも、青年の汗を見て「邪念を振り払うために、剣に夢中になるは天晴れ」とばかり、許すことにした。


 クラリスお嬢様は、幼なじみのアレンの意中の女が自分のこととは決して思いいたらない。


「アレン殿は、朝から精が出るでござるな」

 とクラリスお嬢様は言い「結婚」発言は聞き流す。


「ご、ござる……? もう、熱は大丈夫なのですか? それに、そのようなお姿で、なぜ、このような場所に?」

 語尾に疑問を持つも、健気な幼なじみで、警備兵のアレンは、それ以上は突っ込まない。むしろ彼女の寝間着姿は、ご褒美と、のちに彼は思うに違いなかった。


「朝稽古でござるよ。さあ、剣を貸すでござる」

「無理を言わないで下さい。剣など振ってはケガをされます」

 幼なじみの警備兵、アレンは頑として応じない。


 誰も否定する者はいない。クラリスお嬢様の細い身体は剣を振るなどもってのほかで、握ることすらかなわないように見えるからだ。


 とはいえ、中身は「さむらい」容姿は「可憐なお嬢様」クラリスが納得するわけがない。


 ぷくーっと子リスのように頬を膨らまし、怒りをあらわにする。


 これは、生粋のお嬢様であるクラリスの本能がなせるわざ。そして、その本能の仕草が、数々の男を虜にしてしまう。


「貸すでござる」

 脇にいた、別の警備兵から剣を奪いとる。


「お、重いでござる」

 クラリスは、ここでやっと女であることを思い出した。


 しかし、そこは「さむらい」根性で剣を両手で握ることに成功した。


 警備兵の誰もが目を疑った。


 両手で剣を構えるクラリスは、凛として美しかったからだ。


 突然の轟音!


 レンガ作りの外壁が無残に壊れた。


「早く領主を連れて来い! この町は、今日から俺様が治める!」

 身長は二メートル程、頭から二本の角を生やし、皮膚は黒い鱗で覆われている異形の者が現れた。


「魔族だ!」

「魔族の襲来だ!!」

 警備兵たちが騒ぐ!


 幼なじみの警備兵、アレンはクラリスの前に、守るようにして立った。


「ふん、俺様とやりあうつもりか、人間風情が!」

「貴様ら、魔族のいいようにさせない!」

 クラリスの幼なじみアレンは、勇敢に言い返す。


 他の警備兵は、震えるばかりで使い物になりそうにない。魔族は、それほどに恐ろしい力を持っているとこの世界では知れ渡っているのだ。


「おや、おやおやぁー」

 ジュルジュルと魔族はヨダレを流し、クラリスを視姦するように眺めた。


「おっぱいは小さいが、美味そうないい女がいるじゃねぇか、俺様がたっぷり犯して楽しませてやるぜ」

「何が小さいでござるかっっ!」

「させるか!!」

 クラリスとアレンが同時に動き出す。


 疾いはやいのはクラリス!


 アレンの頭を踏み台にして、両手で剣を振り下ろす。


「威勢の良い女だ。だからこそ、そそられるぜ」

 鮮やかに振り下ろされたクラリスの一閃は、魔族には通じずはじき返された。


「ヒョウ、どうした、どうした、お嬢ちゃん、そんなもんか」

 魔族はクラリスをなめて、いたぶるように襲う。


 彼女は両手で剣を巧みに操り、魔族の攻撃を防ぐが劣勢はいがめない。


 だが、クラリスと魔族の攻防に、他の誰も割って入り助けることは出来ない。


「お嬢様!」

「クラリス様……」

 警備兵達は、必死に隙を探す。二人の動きが激しすぎてうめき声のような声援を送るに留まる。


 やがて、クラリスと魔族の攻防にひと段落がつき、屋敷の庭が静寂に支配される。


 いや、この場にいる者全員には、ハアハアというか細い呼吸音が耳に入っていた。


「助太刀は無用でござる!」

 クラリスの息が上がり、呼吸の度に肩が激しく上下する。


 それでも、彼女の瞳は力を失っていなかった。

 その瞳に皆が魅入られる。


「さて、お嬢ちゃんお遊びはここまでだ。手足をもいで、たっぷり犯してやる」

 魔族の身体が淡く光る。大気が振動し、悲鳴を上げた。


 慌てて庭に出てきた領主、クラリスの父親がうめく。

「あれが、噂に聞く魔族の覚醒なのか」


 覚醒した魔族を倒せる人間は限られている。それは、人外の域に達した人のみ。


「刀があれば、このような妖怪……」

 クラリスがつぶやく。


 その声を風が運ぶ。


「まさかと思うが、我が娘が、ご先祖の血を濃く引いているのなら……」

 娘であるクラリスと魔族の攻防を途中から見ていた、領主であり、クラリスの父親デル・ラングレイ辺境伯は、ある決断をした。


「クラリス! この刀を使え! 我が家の家宝、妖刀ムラマサを!」

 領主は、クラリスに向け刀を投げる!


 彼女は、直ぐに受け取り、居合の構えをした。


「ヒャッハー、そんな、細い剣で何が出来る!」


 魔族が大地を蹴る。尋常でない量の砂煙が一気に辺りを埋め尽くす。


「何が出来る?」

 迫りくる魔族にクラリスは落ち着いていた。


 彼女の心の中に鏡のように水面が広がる。


 クラリスにとって世界は静止した。

 彼女には、迫りくる魔族ですら止まって見えた。


「北神流、一の太刀、四閃しせん

 心に広かった水面に水滴が落ち、波紋が広がる。


 世界が再び動き出す。


 動き出した魔族は、決して彼女に触れることはない。


 その魔族の四肢は血を吹き出して、斬り放されていた。


「誰が、誰の手足をもぎ取るのでござるか?」

 クラリスは、刀先を仰向けに倒れた魔族の眉間に当てて問う。


 その時の彼女の透き通った美しい笑みは、凍えるほど寒かった。


「ば、ばかな、俺様が、俺様が、こんなメス豚に……。いったい俺様に何をした?」

 魔族の身体は、覚醒の余韻でまだ光っている。


「見えなかったでござるか? 北神流、一の太刀、四閃しせん。おぬしのような、妖怪には、もったいない技でござるよ」

 クラリスは、魔族の眉間を刺して、その息の根をたった。

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