12話『デーモンクエスト』part.4


「アンタたち! うん百年前にアタシと魔王の座を競いあった時の威勢の良さはどこに行ったのよ、それでも元魔王候補なの!」


 そんなエリーゼの怒りが爆発するものの……

 怒られている張本人たち――すなわち波の将魔・魅亜と造の将魔ゴールンメントは、揃って顔を見合わせるだけだった。


「そうは言われても。なあゴール」

「専門分野外だし。ねえミア?」


「ええい、なら炎の将魔アシェンディアは!? アイツこんな時にどうしてるのよ!」


 炎の将魔アシェンディア。

 五大災の中でもっとも長きにわたりエリーゼと覇を競い合った大悪魔だ。

 炎の化身とも言われる程に激しい気性で、強欲で、残忍で、その一方では魔王宮で最多の配下を抱える存在感カリスマをも兼ねそなえている。


「アイツ無駄に長生きしてるし、何か知ってるんじゃないの?」

「あー……先代様?」


 魅亞の肩に乗ったゴールンメントが手を上げた。


「アシェンディア、今日の明け方早くに魔王宮を飛びだしていきました。『呆れた。そんな落ちぶれた姿で私の前に現れないで』と。『私に話をしたいなら、元の姿に戻ってからにしなさい』と言っていましたが」


「だから元に戻りたいから呼びだしてるのに――――っ!」


 アシェンディアは、もっとも気位が悪魔だ。

 エリーゼが転生するまでの三百年間も、魔王ヴェルサレムには常に反抗的だったと聞いている。こんな弱い魔王になぜ自分が仕えなくてはいけないのか。そんな積もり積もった不満がここに来て爆発したのだろう。


「あーあ、やっぱり諦めるしかないのかな……」

「お待たせしました、エリーゼ様!」


 とん、と几帳面に賓客室ゲストルームの扉がノックされる音。

 扉が静かに開いていって、家政婦の服を身につけた青髪の少女が現れた。その手には大きな焼きたてケーキが。


「転生おめでとうございます。新・誕生日お祝いにケーキを焼いて参りました。屋敷の中庭で栽培している冥界イチゴも旬の時期です」


「ルル! ルルじゃない!」

 ケーキをテーブルに載せる少女に、エリーゼは飛びついた。


 家政婦長ハウスキーパールル。

 上品なワンピースに白の頭飾り。

 外見は人間の少女そっくりで、落ちついた物腰と丁寧な言葉遣い。清楚でありながら、どこか高貴な印象も感じさせる雰囲気の悪魔だ。


 そんな彼女のもう一つの顔――

 それが最古参の五大災「氷の将魔」ルルフォニカである。


「いやぁ久しぶりだねルル。うちの弟が迷惑かけてなかった?」

「魔王様はとても優秀であられましたよ。この三百年、冥界はとても穏やかでした。もちろんエリーゼ様が終焉戦争を鎮めてくださったからこそです」


 家政婦長ハウスキーパールルが、黒妖精に紅茶のポットを運ばせながら。


「そんなエリーゼ様が転生に成功なさった。こんなに嬉しいことがあるでしょうか」

「……ルル。やっぱりルルは言うことから違うねぇ」


 じん、と熱くなった目頭を家政婦長ハウスキーパーの胸におしつける。


「そしてエリーゼ様、このたびのご用件は? 五大災をすべて招集ということで、並々ならぬ案件かと思いましたが……」


 賓客室ゲストルームを見回す氷の将魔ルル。

 ちなみに呪の将魔バオは既にどこかに消えてしまい、魅亞とゴールンメントは二人揃って頭を抱えてしまった後である。


「この者たちさえ解決できない問題ということですね?」

「そそ。ルルに教えてもらった転生の儀なんだけど、こんな小さな身体に戻っちゃうとは思わなくてさ。やっぱり都合の良いようにはいかないのかな」


「察するに、魔王時代のお身体に戻りたいと」

「正解!」

「ご要望は承りました。しかし……うーん、これは難題ですよ」


 弱り顔で苦しそうな声をもらすルル。

 魔王時代の参謀としてどんな指令もたやすく解決してきた彼女が、こうも悩む姿を見せるのは珍しい。


「やっぱり難しいの?」

「はい。古い肉体を放棄し、『肉体は最初からこちらである』と因果を書き換えるのが転生の理論です。とはいえ完全な書き換えは不可能で、転生後は法力が削られ、法力が削られれば創造できる肉体も限度があるわけです」


「じゃあ転生には当然の代償ってわけだ?」

「ええ。私自身、転生ではエリーゼ様と同じ悩みを抱えたことがありました。結局、解決してくれたのは時間です。時を経て肉体と法力とが充実していくのを待つしかありません。間違ってもやってはいけないのが、たとえば過酷な鍛錬」

「ぎくっ!?」


「新たに肉体を造ってそこに転生し直すという短絡な発想はもってのほかです」

「あぅっ!?」


 波の将魔ミア造の将魔ゴールンメントが、仲良く悲鳴。

「だ、だがルル。貴様だって何も解決策を出してないではないか!」

「そうだー。ボクらの案を否定するだけ否定していい気になって!」


「……それは事実ですが、本当に難しいのですよ」


 溜息で応じるルル。


「申し訳ありませんエリーゼ様。このルル、力不足で――」

「やっぱりルルでも難しいかぁ。もうルルしか頼れるのがいないんだけど」

「……私しか?」 


 はっ、と家政婦姿の少女が息を呑んだ。


「エ、エリーゼ様……声が聴きとりづらかったのでもう一度……」

「ルルしか頼れるのがいないの」


「も、もう一度だけ!」

「ルルだけが頼りなの」


「最後!」

「ルルお願い!」

「わかりましたっ!」


 満足しきった笑みで、魔王宮の参謀がぎゅっとエリーゼを抱き返した。


「そこまで頼っていただけるとは何たる至福。家政婦長ハウスキーパーとして冥利に尽きるというものです。いいでしょう、エリーゼ様のため私も一肌脱ぐ所存です」

「っていうと?」


「一晩お時間をください。魔王宮の書庫にある記録を片っ端から調べてみます」


 悪魔が軽く千体は収容できる大図書館。

 冥界の大悪魔が残した碑石や歴代魔王の書き綴った巻物、地上の人間から奪った幻の歴史書などなど。

 何千万冊の本が眠っているかもわからない場所だ。


「一晩で?」

「一晩です。私の配下を総動員させましょう。私自身もある程度は書庫の本の配置を覚えていますので。さあ急がなければ。失礼します!」


 さっと身をひるがえす。

 やる気に満ちた様子で部屋を去っていくルルを見送って――

「……ふむ」

 ぼんやり腕組みしたのはエリーゼの弟、つまり現魔王だ。


「魅亞、それにゴールよ、見つかると思うか? 余の予想では、我が姉エリーゼはしばらくそのままの姿でいるしかないとみるが」


「同感です。やはり鍛錬が一番なのに……」


「うんうん。いっそ再転生しなくていいから先代様の肉体をボクに弄らせて……いえ造らせてほしいなぁ」


 しきりに頷きあう三体の大悪魔。

 結局最後まで役に立たなかった三体である。


「……まったく。ルルに比べてこの役立たずたちは」


 やれやれと溜息をついて、エリーゼはソファーに座り直したのだった。

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