10話『デーモンクエスト』part.2

 魔王宮リーゼルシャット賓客室ゲストルーム


「――――ってわけなの」


 むすっ、と口をへの字に曲げてソファーに腰かける。

 肘掛けに頬杖をついた姿勢の魔皇姫まこうひエリゼリス……いや、今はその幼年期である悪魔エリーゼと呼ぶべきだろう。


「……まさか身体が子供の頃に戻っちゃうなんてね」

「転生ってそういうもんだよ姉ちゃん」


 そう返したのは、対面に腰かけた巨大な悪魔だった。

 魔王ヴェルサレム。

 その体躯は暗黒の吹き溜まりが集結したかのような暗色であり、頭から足先にいたるまでが硬質の鎧と化している。頭部からは長短それぞれ二対の角が生えており、巨大な尾がソファーに収まりきらずに床で蠢いている。


 まさしく魔王。

 人間が「悪魔」という単語で想像するであろう概念の具現そのものだ。

 そんな魔王が、エリーゼに対して――


「っていうか何で姉ちゃんが知らないの?」

「何を」

「転生の儀を発動させた本人が、転生のことわかってないなぁって」


「は? アンタね、あたしのことなめてんの?」

「痛っ!?」


 不満つらつらに、エリーゼは対面の魔王の膝を蹴飛ばした。

 背丈で言えば軽く三倍差。かたや可愛らしい幼女、もう片方は世にも恐ろしい怪物の姿をした悪魔なのだが、なぜか低姿勢なのは後者である。


「転生なんて想定してなかったのよ。アタシがやられるわけないと思ってたし」

「あー……納得。だから不勉強だったわけね。姉ちゃんっぽい」


 幼女を「姉ちゃん」と呼ぶ魔王。

 人間が見れば耳を疑うような会話だが、この二体の悪魔は血を分けた姉弟である。先代魔王エリーゼが姉で、現魔王ヴェルサレムが弟。悪魔は個体差が激しく、こうして兄弟間でも大きく見た目が違う。


 そして現魔王ヴェルサレムは、引退した姉エリーゼのかわりに急きょ魔王の座についた代役だ。その姉が三百年ぶりに復活したとなれば及び腰になるのも当然だろう。


「ああもうっ!」

「ひっ!? ね、姉ちゃん落ちつきなってば! テーブル壊れるから!」


 脇のテーブルを叩くエリーゼをなだめる魔王。


「アタシは怒ってなんかない」

「怒ってるじゃん!?」

「怒ってないっての。でもこんな姿でいるわけにはいかないでしょ。魔王の座はアンタに任したけど、先代魔王としての沽券にかかわるもん」


 頬を膨らませながら、エリーゼはソファーに深々と腰掛けた。


「やっちゃったなぁ。こんな姿じゃ力もろくに出ないし。元の姿に戻るのなんて何百年かかるかわかんないし」

「……可愛いからその姿でいいけど」

「なんか言った?」

「いえいえいえ! 先代魔王様の一日でも早い完全復活を願う所存です!」


 他の悪魔には見せられない低姿勢で首をふる魔王ヴェルサレム。

 そんな頼りない弟をじっと見上げて。


「んー。まあアンタに頼ろうなんて最初から思ってなかったし。ほら、さっさと集めてきてよ。まだ魔王宮にいるでしょ?」

「集めるって?」


五大災ごだいさいに決まってんじゃん」


「五大災!? あ、あんな悪魔を!?」

「あんたも悪魔でしょうが」

「だ、だってアイツら……」


 魔王が思いきり顔をしかめてしまった。

 五大災――かつてエリーゼが魔王の座を争って死闘をくり広げた五体の大悪魔だ。

 いずれも人間世界では伝説級の悪魔として知られており、ここ冥界においても「悪魔さえ恐れる悪魔」として知れわたっている。


 五大災の前では、全ての悪魔が「刃向かって散るか、配下になるか」の二択を迫られる。実際この魔王宮には五大災の配下が何千体と控えており、五大災同士の密かな勢力争いが行われているほどである。


 そして最も大事な事実――

 それは五大災が、現魔王ヴェルサレムより強いということだ。


「あやつら余の言うことなんて聞くかなぁ……」

「まあね。アイツらが忠誠を誓ってたのって先代魔王アタシだもんね」

 かつて五大災は先代魔王エリーゼに忠誠を誓った。

 その姉にかわって弟ヴェルサレムが魔王の座を引き継いだのだが、それならばと現魔王にも忠誠を誓うかというと、そんなに扱いやすい悪魔たちではないのだ。


「そもそも姉ちゃん、五大災を呼んで何する気?」

「知恵を絞るのよ。あいつらも無駄に長生きしてるし、アタシが大人に戻れる方法を知ってるかもしれないじゃない」


 五大災は、それぞれ得意な法術を持っている。エリーゼやヴェルサレムの知らない法術の中に、エリーゼの肉体を復活させるものもあるかもしれない。


「アタシが復活したのって五大災も知ってるでしょ」

「うん。姉ちゃんの障気を感じとってるだろうし」

「なら好都合でしょ。ほら、アタシが待ってるから集合なさいって呼んできて」


 待つこと半刻。

 まず賓客室ゲストルームにやってきたのは、五大災『波の将魔』魅亞ミアである。


「参上した。何やら急ぎの事態らしいな魔王様?」


 エリーゼと同じ褐色の肌色をした姿。無骨な金属鎧を身につけてはいるが、鎧の外から覗く顔立ちはおどろくほど繊細で人間的だ。

 肩にかかる濃緑色の髪に、赤みを帯びた双眸。その雰囲気は驚くほど中性的で、人間の十代にあたる美少年か美少女か。そんな面立ちである。

 ……こんなカワイイ顔して、性格はめちゃくちゃ頑固で生真面目なんだよね。

 ……魔王時代のアタシの傍にいた時から忠犬みたいな感じだったし。


「いやー、待ってたよ魅亜!」


 真っ先にやってきた元配下に、エリーゼはさっそく声をかけた。


「よく来たね。ずいぶんと久しぶ――」

「触るな」


「……へ?」

「魔王様、これはどういうことだ」


 ソファーに座る魔王へと、波の将魔が詰め寄った。


「あの先代魔王様が転生したとのことで駆けつけたのに。ここにいるのは魔王様とよくわからんチビ悪魔が一体だけではないか」


「ち、ちび? アタシに向かって……?」


「冗談だというのなら帰らせてもらう。オレも暇ではない」

「誰がチビなのよ魅亞ァァァァァッッ!」


 ソファーの上から飛び降りざまに。

 障気をまとった拳を、エリーゼは魅亞の頭に叩きこんだのだった。





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