それゆけ秀太郎

有間 洋

第1話 秀太郎の悪夢

それは、夏の終わり、まだ残暑が残る暑い夜の真夜中のこと。秀太郎はいつものように、一階の仏間で布団に寝ていた。

 息子夫婦と、孫たちはみな2階で寝ていた。

 その時、突然、秀太郎の叫び声が聞こえた。

 「うおぉ~うあぁ~ぐあぁ~きいぃ~ぐえぇ~」

 あまりの叫び声に、息子夫婦と孫たちは、驚いて目を覚まし、どやどやと1階へ降りてくる。

「どうしたん。何があったん?」

「何、叫んでたん」

 みんな、眠い目をこすりながら、下りてきた。

 秀太郎は床をはいずるようにして、座っている。完全に腰が引けている。

 「何があったん?」

 孫が聞くと、

 「ししじゃ……、ししが、ししが……」

と、ししを繰り返す。

 「ししってライオン?」

 「ライオンじゃない。ししじゃ」と秀太郎。

 「夢見たん?」

 そう言われて、秀太郎は少し落ち着いてきたのか、ぽかんと口を開けて、息子夫婦や孫たちの方を見た。どうやら自分が夢を見て叫んだことにやっときづいたようだ。息子は「どろぼうでも入ってきたんかと思うてびっくりしたが」と寝ているところを起こされて、不機嫌だ。嫁も「もう、何があったんかと思って飛び起きたが」とやっぱり機嫌が悪い。孫たち2人は、「ねえ、おじいちゃん、ししって何?」「ライオンが夢に出たん?」と興味津々だ。

 秀太郎は「もう大丈夫じゃけえ」と言って、布団に入った。

 息子夫婦も孫たちも、それぞれ2回の寝室に戻っていく。

 結局、秀太郎は夢でししにおそわれたらしい。それであんなに驚いて起きたのだろう。

 次の日、派遣の職場で、孫のいずみが、ランチの時間に、秀太郎の話をしたら、超受けた。みんな大爆笑で「ししって何?」って話題で盛り上がった。 

 関西出身の圭子さんは、「ししって、獅子のことやろ。ライオンじゃなくて伝説の生き物みたいな、なんか古い書物とかに出てくるんやない」と言う。

 確かにそうかもしれない。ライオンよりその方がなんとなくしっくりくる。

 「麒麟が来た」じゃなくて「獅子が来た」だね~と言うと、また、みんなで爆笑した。確かにライオンと獅子の違いは、きりんと麒麟の違いに近い気がする。

 あれから、秀太郎の悪夢はない。でも、ランチタイムの話題作りのため、次に秀太郎が何に襲われるひそかに楽しみにしている泉であった。

 


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