猫の面

 これを着けてください。と渡されたのは猫をモチーフにしたらしい面。お世辞にも可愛らしいとはいえない不気味なそれに顔をしかめる。すると守は困った顔をした。


 正確にいうと困った顔をした気がした。なぜなら守の顔には既に目元を隠す面がつけられており、表情をうかがい知るのが難しい。今までの付き合いから外れてはいないと思うが、ハッキリ顔が見えないのは心細くなるものだ。


「何で俺は目元だけじゃないの」


 同じく猫をかたどった面ならば、全面ではなく目元だけがいい。口まで多い隠すのは想像するだけも息苦しいと不満をのべれば、守は申し訳なさそうな顔をした。ように見える。


「すみませんが、それぞれの家の狩人と守人が付ける面は決まっているんです」


 守の言葉に周囲を見渡せば、久遠と馴染ような和服を身にまとった子供たちの姿が見える。皆当たり前のように面をつけているのを見れば、守が言う通りいつもの事なのだろう。


 改めて面を見る。金色に輝く大きな瞳に弧を描く口元。赤色の縁取り。身長と体格の差はあれど、ここにいるのは同じ面。そして同じ着物。意図的にそろえられたとしか思えない中に自分が混ざるとなると、妙に心がざわついた。


「……何でこんなもの。俺たちをねぎらうための催しなんでしょ」


 嘆息しながら久遠は面をかぶる。途端に狭まった視界に眉を寄せ、しっくりくる場所へと面の位置を調整する。ヒヤリとした面に触れると、なぜだか寒気が全身に広がる。いくら冬とはいえ、屋敷の中は温かい。それなのに芯から凍えていく心地がするのは何故だろう。


「何でねぎらわれる俺たちが慣れない服を着て、顔を隠さなきゃいけないの。これじゃ見世物にされている気分だ」

「見世物なんて滅相もない! 狩人はこの町を守る大切なお方。おいそれと顔をさらすものではないという古くからの仕来りなのです」

「普段は普通にさらしてるのに……?」


 面越しでも久遠の疑惑の眼差しが分かったのか守は視線を泳がせた。でも、たしかに文献では。とブツブツと呟く声が聞こえるのを見るに、そのように一族には伝わっているのだろう。


 つるりとした面を撫でる。どれほどの価値があるものかは分からないが、安物ではないのだろう。わざわざこんなものを用意するのだから、狩人が町にとって必要なのはまちがいないと久遠も思う。だが、本当にそれだけなのだろうか。

 見たくないものには蓋をする。そんな心理が働いているのではないか。


「久遠様、そろそろですよ」


 嫌な方向へと思考がのめり込みそうになった時、守が久遠の手を引いた。狭まった視界で転んだりしないように手を引いてくれるらしい。

 面とは違う温かな手。それに久遠は少しだけホッとした。何だか不穏な催しだが守がいるのは心強い。そう思えるほど信頼し始めていることに気づいて、久遠は妙に照れ臭くなった。

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