伏見稲荷大社②


「これ、どっちからいくんだろう?」


 暗がりに入って、上へ向かう階段を見つけてしまった。そのせいで、私たちは行く道に迷っている。

 目の前にあった案内板を見つめること数分。いまだに答えはでない。なぜなら、そこに正解の道が書かれていないから。

 地図の前で立ち竦みながら、まだまだ騒ぎ足らない様子の一団を見つめる。「元気だなー」と思わずこぼれた声は、誰にも拾われることなく溶けていった。

 視界の端を、ひとりぼっちのおじさんが横切る。


「一ノ峰に向かうわけだし、三ノ峰がある方で登ってみる?」

「暗くない?」

「まあ、そうだけど」


 おじさんが消えた暗がりを二人で眺めながら、唸る。続く暗闇に恐怖心はないものの、人通りの少なさに心細さを感じる。

 なんだか納得していなさそうな、友達の決断を待つ。じゃあ、行こうか。と、半ば自分に言い聞かせるよな友達の言葉で、暗がりに足を踏み入れた。さっきまでの明るさを背に、一ノ峰に向かって歩く。

 登山する友達に食らいついていると、すぐにさっきのおじさんに追い付いた。おじさんのライトが、おじさんの足元と私たちの方を行き来しながら揺れている。


「ライトは前を照らせよ」


 項垂れる友達はどうやら、揺れる光に酔い始めたようだ。なんだか気持ち悪いと、胸元を抑えはじめた。

 早足になった友達に、へとへとになりながらついていく。おじさんを追い越して、さらに上へ登っていく。徐々に間が開きはじめ、三段五段十段と、友達から引き離されていく。追い付くことを諦めた私は、真っ暗な階段をノルマのように登っていった。


「お待たせしました」

「いえいえ」


 やっとたどり着いた頂上では、友達が待ってくれていた。友達は拝殿から延びる列の最後尾を指差す。 少しずつ進みながら、最後の階段を登っていく。

 目の前に数人。拝殿が覗ける場所にやって来た。祠は小さく、横に並べても二人がギリギリだろう。だからか、参拝は一人づつ行われていた。

 本当は一人づつじゃなくて良いんだろうな。なんて気がしながらも、前の人に習って一列に並んでしまうのは、日本人の習性だろうか。友達に先を譲って、その頭が上がるのをジッと待った。


「どっち?」

「こっちから登ってきたし、あっちじゃない?」


 参拝を終えて、列の脇をすり抜けて階段を下る。二手に別れた道に、私たちはまた立ちすくんだ。そしてまた、前の人に習う形で、道を決めた。今度は、明かりに満ちた道だ。だけど友達は相変わらずの足取りで、新年の空気を楽しむ暇も無い。また置いていかれるだろうか。なんて思ったが、なんとか食らいついた。登ってきた時より人通りが多く、遅れてしまうと途端にはぐれてしまいそうだったのだ。

 徐々に息切れが激しくなる。自分の体力のなさに、苦笑をこぼすこともままならない。いつの間にか下方に固定された視界に気づいた。それが悪かったのかと、少しでも気分が盛り上がればと、勢いよく顔をあげてみる。

 ちょうど曲がり角。そこには、眩く煌めく夜景が視界いっぱいに広がった。


「すご、綺麗」


 息を呑む。その素晴らしさに、すぐに友達の背中を探した。だけど、友達の背中は遠ざかる一方だった。その背中はすでに別方向を見ていて、夜景に興味がないことを知らせてくる。

 追いかけることは野暮だろうか。

 私は夜景に足を止めた人の群れの隙間に滑り込む。数秒、その夜景に感嘆した。友達に後ろ髪を引かれる思いで、私はカメラを掲げた。

 参拝の時は、写真を撮らない。神社やお寺など、境内で写真をとることは、私の中では禁じ手だった。どこかでバチが当たる行為と思っていた。

 神社の写真を撮る訳じゃない。夜景は、たいして綺麗に写らないだろう。分かっていても、カメラを向けずにはいられなかった。

 この感動に、友との共有に、新年の思い出に。

 シャッターを押す。やっぱりこの素晴らしい輝きをそのまま捉えることははできなかったけど、思わず笑顔がこぼれた。

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