壬生寺②

  本堂に行くまでの道のりには、弁天堂や阿弥陀堂があり、それぞれに心奪われては、まずは本堂! と心を律し、私たちは一直線に進んだ。不思議なことに、お腹の減りはもう感じられなかった。

 本道の前に立ち、見上げる。感嘆の息がこぼれた。

 この日のために貯めておいた5円玉を取り出して、1枚、賽銭箱に滑り込ませる。お寺だから2拍手はいらないと、頭のなかで確認して2礼した。鐘を鳴らし、手を合わせ、お礼を述べる。

  いつも見守ってくださりありがとうございます。

 神様仏様にはお礼を述べに行くのだと、知り合いのおばちゃんが言っていた。それに習ったかたちだ。1礼をして顔をあげると、真歩も参拝を終えたところだった。


「次、どうしようか」


  なんて言いながら、来た道を戻る。


「水掛地蔵もあるよ」

「ほんとだ」


  一番に辿り着いたお堂に足を止め、順番に行こうかと笑い合う。

 そしてお地蔵さんの前で、二人して動きが止まった。


「水掛地蔵って初めて?」

「そーだねー。初めてだよねー」


  お地蔵さんを見つめながら、水音に身を委ねる。

  その名前からして、お地蔵さんに水をかけることは間違いないだろう。しかし、なにがどう正しいのか分からない。


「水をかけるってなんだか罰当たりな気がするよね」

「良いイメージないもんね」

「距離、近いよね」

「当たったら痛そうだね」


  辺りをうろうろ見渡していると真歩がなにか閃いたような顔をして、建物の外へと走り出した。そのあとをついて行く。

 そこには時代劇でよく目にする木の看板があった。


「参拝方法、書いてるかと思ったけど、書いてなかったねー」


  残念そうに肩を落とす真歩は、じっと看板の字を眺めていた。


「水をかけてお願い事をすると、1つ願いを叶えてくれるって」

「1つかー。何にしようかなー」

「いや、なんかもう浮かばなくなるよね。ありすぎて」


 今度は別の悩みに頭を抱え込んだ。


「1つ願って1つ叶えてくれるんじゃなくて、何個かお願いした内の1つを叶えてくれるなら悩まなくてすむのに」


  真歩は歯軋りするほどに、思い悩んでいた。


「どれだけあるのよ、願い事」

「いや、絞れないでしょ! 1つになんて」


  確かに、願い事は尽きない。それを1つに絞れなんて、優しいとは言えない。 けれど、そこはもしかすると最初の試練かもしれないと思ったりもする。本心では、真歩の意見に大賛成なのだけれど。


「1つに絞ることに意味があるんだよ、きっと」

「なんか、悟りの境地に行きそうだね。その考え」


 悟りの境地。そんなつもりもなかったから、思わず苦笑してしまう。

 よりいっそう落胆する真歩は、勢いよく顔をあげて


「やめよう! とりあえず、参拝しよう!」


  声を張り上げた。

 思わず辺りを見渡して、他の参拝客がいないことに胸を撫で下ろした。そして、私も同じくらいのテンションで


「調べよう!」


  と返す。

 二人してスマホを覗き込むと、さっきの騒がしさとは裏腹に静まり返った。境内の静けさが染み渡る。その静けさに気づいて感慨深くなっていると


「なんか、他の神社のサイトなんだけど、ほんとに掛けてるよ」


  真歩が何かを見つけたらしい。画面が私の目に触れるよう、真歩はスマホを傾けた。 そこには確かに、柄杓で水をすくい仏像に掛けている写真が載っていた。それも、柔らかくはない手つきで。


「これは掛けてると言うより打ち付けてるよね」

「というか、ぶっかけてる」


  人に行えばクレームものだってくらいの水の量で、仏像に水を掛けている。私たちは顔を付き合わせて、逡巡した。


「いやいや! 神社それぞれに習わしがあるはずだよ!」

「とりあえずここは、丁寧に掛けておこう! 手、届きそうだしね」


  私たちは再度、建物の中に入る。お財布から5円玉をとりだして、賽銭箱に滑り込ませた。

  手を合わせて、ふと気づく。


「願い事、決めた?」

「決めてない」

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