第三十九話 河畔にて

 夜更けの、藤野川の土手であった。街燈の少ないこの附近は、深夜ともなれば人影も殆どない不気味な場所である。広い河面は鉄橋の照明をかろうじて受けながら、黒々と流れ続けている。枯草に覆われたその土手に、河に向って腰掛けている、小さな人影があった。それは、赤いランドセルを背負った幼い少女であった。

 少女は夜の河風に頰をさらしながら、一人、いつまでも佇んでいた。異様な光景であったが、通り過ぎる者もおらず、誰も見咎めはしない。

 しかしその時、土手の上にふと人影が立った。人影といってもその姿は闇に紛れ、輪郭すらも殆ど視認することができない。ただ気配だけで、そこに何者かが現れたことが知れた。アサシンバグモンプエラは振り向きもせず、草の上に坐ったまま、「きたんだ」と言った。相手は無言だった。

「いつもの、ちょうさってやつ?」少女は無造作に足元の草をむしった。「あなたもたいへんなのね」

そこへ至って、相手はようやく言葉を返した。

「あなたがどの程度人間を殺したか、確認しなくてはならないから」

 アサシンバグほどは幼くない、澄んだ少女の声だった。感情の籠っていない、あくまでも事務的な口調である。その言葉を聞いて、アサシンバグは笑った。

「わたしにだっていちにんまえのしごとはできるよ。だってもう、こんなにいっぱいにんげんをころせたもん。これでもまだふじゅうぶん?」

 彼女は立ち上ってスカートの草を払い、笑顔で土手の上の人影を振り仰いだ。忽ち全身が光り輝き、次の瞬間には半人態に変じた。時を置かず、土手の上にまで届くほどの、凄まじい悪臭が辺りに漂い始めた。

 頭から生えた触角を揺らしつつ、少女は身体の向きを変えて、その背中に負い込んだ腐乱死体の山を見せつけるようにした。その動作には幼い子が他人に自慢の玩具を見せつけでもするような、無邪気なものが籠っていた。

 相手は、平坦な少女の声で答えた。

「充分か不充分でないか、判断する権利を私は持たない。それでもあなたがそれだけの成果を挙げたということは、研究所のほうにも報告しておくわ」

「じゅういちにんだよ、じゅういちにん。ちゃんといっておいてね」

 少女はそう強調して、再びランドセルを背負った人間の姿に戻った。

「ええ、確かに」

「それから……そうそう! なんかわたし、にどもさつじんをじゃまされたんだよ。いちどめはへんなモンプエラで、にどめはへんなおねえちゃんたちふたりだった」

「邪魔をされた?」訝しげな声が答えた。「詳しく話を聞かせて」

「いちどめのモンプエラは、ねこのモンプエラだったよ。わたしがにんげんをころそうとしてたら、なんかすごくおこってじゃまをしてきた。こいつもころしてやろうとおもったけどにげられちゃって……。そうだ、おいかけようとしたらへんなものがあしにねばりついて、はしれなかったんだよね」

「二度目に現れた、二人の少女というのは?」

「あれは、モンプエラじゃなかったな」とアサシンバグは首を捻った。「でもね、ただのにんげんじゃないみたいだったよ。へんしんしてたもん、モンプエラみたいに。それに、あかいほうはざこだったけど、あおいほうはけっこうつよかったし」

 相手はしばしの間思案するような沈黙を続けていたが、やがて尋ねた。

「あなたに匹敵するほどの強さということね。それでもあくまでも、あなたはそれをモンプエラではなく人間と思うわけね?」

「にんげんだとおもうよ、やっぱり」

「わかった。そのことも報告内容に加えておくわ」

「でもさ!」とアサシンバグは、苛立たしげに人影を振り返った。「でもあのふたりも、わたし、ぜったいころしてやるから。わたしがもってかえったしたいを、あなたもしらべればいいよ」

「それはありがとう。期待しているわ」

 その言葉を最後に、人影は土手の向うへと姿を消した。アサシンバグは鼻息を荒くついて、黒々と輝く河面へと、再び視線を移した。

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