其の一・とある神様の話

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「ねえ、お話をして!」

 まだ幼い子供の声がした。

 お話かい?

 突然な要望に答える声の主は少し躊躇い、どんな話が聞きたいかなと聞き返した。

「んーとね、面白い話がいいっ!」

 それはまたざっくりとした答えだな、と声の主は苦笑交じりに呟き、コホンと一つ咳払いした。

 むかーし、むかし、ある所に、おじいちゃんとおばあちゃんが……

「えー、そんなじいちゃんばあちゃんが出てくる昔話はあきたよ」

 じゃあ王子様とお姫様のお話はどうかな、と方向を変えてみてもあっけなく却下された。

「どうせ最後には、『王子様とお姫様が結ばれて幸せになりました、めでたしめでたし』になるんでしょう?」

 それは失礼した。では、あんまり知られていないお話がいいのかい?

 じゃあ、とある龍の神様のお話をしましょうか。

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 そこは、何もない場所である。

 光もなければ闇もなく、始まってもいなければ終わってもいない。ただひたすら固められたタマゴのような「無」だった。

 何もないはずなのに、いつしかそのタマゴにひびが入り、「無」が割れた。

 そこから流れ出たのは、とぐろを巻いて眠る、一匹のりゅうだった。


 「無」が破れ、龍は初めて自分が龍であることを意識した。

 龍は「無」が破れる前の記憶など持っておらず、ただ無が割れ、目を開いた瞬間から自分は生まれたのだと知った。

≪ここは暗いな≫

 龍がそう思うと、闇が生まれ、光が生まれた。

≪周りには何もないな≫

 龍がそう思うと、空が生まれ、大地が現れた。

≪ずっと同じ風景のままだな≫

 龍がそう思うと、星が回り、時が流れ始めた。


≪そうか、これが世界なのか≫


 龍は知らないことを少しずつ知るようになり、何かが足りないと思ったら次々と足していった。

 空っぽの空に雲や風を足した。

 だだっ広い大地に山と川を足した。

≪もっと賑やかにできないものだろうか≫

 龍がそう思うと、命が生まれた。

 空を飛ぶものや、大地を駆けるもの、水を泳ぐもの……それはそれはたくさんいて、ただ機械的に進んでいた世界が途端に生き生きとし始めた。

 龍はそれらを眺めて過ごした。


 やがて無数にある命の群れの中に、龍の存在に気づく者が現れた。「人」と名付けられた者たちである。

 その者たちは龍の御業みわざ驚嘆きょうたんし、「神様」とたたえた。

 たくさんいる生き物の中で、人はあまりにも弱い生き物だった。空を飛ぶ翼もなければ、鋭い爪もない。いつも自然に翻弄ほんろうされ、獣たちにおびえながら生きていかなければならない彼らは、必死に龍神に祈りを捧げた。

 どうか生きるすべをお教えください。その代わりに、どんな贄でも捧げましょう。


 龍神様は獣たちに怯える人間の姿が哀れに思え、九つの子を作り出し、人に遣わした。

 龍の力を受け継いだ九つの神獣は非力な人々を導き、大きな国を築き上げ、そこは人々が安住できる楽園となった。

 人々は力の使い方を学び、知恵を磨き続け、時が流れるにつれ、だんだん龍神に頼らなくなった。

 いつしか人々は贄を捧げなくなり、龍神のことを忘れてしまった。


 龍神は、ちょっとだけ退屈に感じ、寂しいという感情を知った。

「今はわが子のさちを願い、しばしの眠りにつくとしましょう。世界が傾き、滅びようとする時が来たらば、また力を貸すと約束ましょう」

 忘れられた神様はこう言い残し、眠りについた。

 幸せに暮らしている人々が、かつて自分たちが信じていた神様を思い出す時は、はたして訪れるのだろうか。


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「神様って、意外と人間くさいんだね」

 と子供は感想を述べた。

 天地開闢の業をなした神に述べる感想かい、と声の主は思わず笑みを漏らした。

「偉そうに構えてるだけならまだ神様っぽいけど、退屈して世界をいじりだす神様って、おもちゃ箱を漁る子供そっくりじゃん」

 確かに、最終的には構ってもらえなくてふて寝しちゃうからね、と声の主は相槌を打つ。

「龍神様は寝ちゃう前に、いったい誰の幸せを願ってたの」

 と子供は小首を傾げた。

 人の子か。九つの神獣か。はたまた生を享けたすべての命か。きみは、どちらであってほしいんだい。

「私は……」

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