第二章 ドン引きするほど事故物件

第五話 こたつにみかん、ときどき怪談

 目が覚めた。目覚ましが鳴ったわけでも、地震が起きたわけでもない。ましてや金縛りにあったわけでもないが、ふっと意識が浮かび上がる。

 部屋はまだ薄暗く、置時計は午前4時を指していた。

 ひどく非現実的な夢を見ていた気がする。

 喉の渇きを覚えた文貴は布団から出て、リビングダイニングへ通じる襖を開けた。

 豆球がついたキッチンの、コンロに置かれたやかんを手に取る。持ち上げてみると、まだほうじ茶が半分ほど入っている。自分のマグカップに一杯分入れ、ごくりと飲む。

 夜中に目が覚めることはほとんどない。ただ、目が覚めてしまった時は、喉を潤し、尿意があればトイレに寄ってから布団に戻る。それが文貴のルーティーンだった。

 用を済ませ、さてまた自室に戻ろうとしてぎょっとした。

 リビングのソファにかたまりがある。

 ――また雪野あのひとが動画をみながら寝落ちしたのだろうか。

 そうっと近づいてみてさらに体を固くする。

 寝ているのは雪野里見ではない。

 では一体誰が。

 答えをはじき出す前に、ぱちんとスイッチが押される。

 突如明るくなる部屋に目が慣れない。

「んー……」

 毛布にくるまった誰かがもぞもぞと動き始める。

「文ちゃん起きたんだ」

 声に振り返ると、電気をつけた雪野里見の姿があった。

 紺色のジャージに、癖のついた髪。しかし表情は気力に満ち溢れ、笑みをたたえている。

「ちょうどよかった。話しておきたいことあったから」

 まるでタイミングを合わせるかのように、毛布が動き出す。

 初対面、ではない。日付が変わる前に見たばかり。

 中身は、黒ずくめの自称霊能力者。

「え、朝……あれ?」

 透き通っているわけではない。ねぼけまなこの人間は、確かにここに実在しているようだ。

 昨夜あったことを思い出す。

 あのポルターガイスト騒ぎは、夢じゃなかったのか。

「そうそう。文ちゃん、同居人が増えるから」

 思考停止。分かりきっている事とはいえ、答え合わせは必要だ。

「……いつから、誰が、ですか?」

「今日から、この人が」

 決定事項だとでも言わんばかりに、家主はえへんと胸を張った。

 新メンバーは、ぺこりと頭を下げる。

 眠気は飛んで、頭は痛む。

「……とりあえず、どうしてそうなったのか教えてもらえますか」

「オッケー。じゃ、あったかい飲み物入れてきて」

このひとの命令には、なぜだが逆らえない。


 リビングのこたつに入る。

「改めまして。榛原伊織はいばらいおりと言います。霊能力者で、フリーで活動しています」

「もー、本っ当に、昨日の夜はありがとうございます!あそこまで激しいポルターガイストは久しぶりで~、私だけじゃどうしようもなかったので」

 なんだ。なんだこの会話。

 この世にポルターガイストだの霊障だのが溢れている世界線に来てしまったのだろうか。いや、そんなはずはない。

「すみません、これ、俺のツッコミ待ちですか」

「いえ、いたって真面目に話してます。ええと」

「あ、彼はシェアハウスの住民第一号で、龍野文貴君です。家事全般を担当してくれています。本業は大学生です」

 やめてくれよ、自称霊能力者に個人情報を流すのは。というか住まわせるのもやめろよ。

 ――いや。会話の中でボロを出させればいい。そうすればしっぽをまいて逃げるに違いない。

「あの、せめて身分が分かるもの、見せてもらえませんか」

「わかりました。名刺と、保険証でいいですか」

 言うが早いか、二枚のカードを彼女は取り出した。

 氏名は名刺と保険証で一致している。

 精巧な偽物と言われたら判断に迷うが、パッと見てちゃちなつくりの保険証ではなさそうだった。

すぐに持ち主へとかえす。

「あ、じゃあ私も便乗しちゃおーっと。運転免許証ある?」

「はい、あります」

 免許証に写っている写真をちらりと目にすると、あまり実物とは似ていなかった。

「スマホスマホっと」

 それでも雪野が免許証をスマホに当てて、画面と免許証を見比べた。

「うん、内容合ってる」

どうやらICチップの中身を読み取るアプリでも使ったらしい。

笑顔になって免許証を返していた。

伊織は口を開く。

「あの、疑い、晴れましたか?」

 正直なところ、まだまだあやしいと思っている。だけど。

「家主は雪野さんなんで」

 決定権は自分にはない。

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