コンと狐と白雪の足跡(コンと狐とSeason5)

千曲 春生

第1話 クリスマス・ライダーの話 前編

 山陰地方、鳥取県の若櫻町は、面積の大半が山に覆われ、残りは棚田が広がっている、いわゆる田舎で、若桜鉄道の駅の周りだけ、わずかににぎわっていた。

 そんな町に、その店はあった。


『和食処 若桜』


 簡素な看板が出た、良くいえば味がある、悪くいえばボロの木造建築は、入り口は施錠され慢性的に『準備中』の札が出ており、窓から明かりも漏れてこず、一見すると空き家のようだった。

 しかし、あくまでも商いをしていないというだけであり、中にはヒトがいた。

 ゴウゴウとダルマストーブが燃える店内。

 カウンターの内側の厨房、そこには一人の少女がいた。

 少女は十二、三歳、つまり中学一年生くらいに見え、作務衣にエプロンという格好だった。

 そして、その右頬には大きな火傷の痕がある。その痕は右目にまで達し、眼球は白く濁っていた。

 この少女の名前は、コンといった。

 コンは鼻歌を歌いながら、牛乳の入ったマグカップを電子レンジに入れ、

 鼻歌の曲は、クリスマスの童謡として有名な『ジングルベル』だ。

 壁に掛けられた日めくりカレンダー。クリスマスまであと数日だ。

 ふと、なにか思いついたようにコンは厨房を離れると、ちょうどレンジが、チンっ、と音を立てるのと同時に戻ってきた。

 その手に握られていたのは、クリスマスツリーだった。本物の木ではなく、プラスチック製で、卓上に置ける程度の小さなものだ。

 コンはそれをカウンターの端に置くと、満足げにうなずいた。

 そのとき、入り口が開く。

 入ってきたのは、小学校高学年くらいの女の子だった。学校帰りらしく、ランドセルを背負っている。彼女は、長尾サナといった。

 サナはさっそくクリスマスツリーを見つけたようだ。

「お、そんなのあったんだな」

 サナはそういいながら、ランドセルを床に置いて椅子に座る。

「うん。この前、整理してたら見つけてん。もうすぐクリスマスやし、ちょうどええな思って」

 コンは電子レンジからマグカップを取り出す。ホットミルクの匂いが広がる。

「ココア、サナちゃんも飲む?」

「うん。飲む」

 コンはホットミルクの半分を別のマグカップに移すと、それぞれにココアパウダーをとかし、カップ一杯になるまで冷たい牛乳を注ぐ。

「はい、お待たせ」

 完成したアイスココアを、サナの前のカウンターに置いた。

「ありがと、コン」

 サナはココアを一口飲むと、こういった。

「なあ、コン。クリスマス、サンタさんにお願いしたいプレゼントってないか?」

 コンははじめ驚いたような表情を浮かべ、やがて笑顔になった。

「ここって、サンタさん来るの?」

「日本の神様に仕える神獣の私にだって来るんだ、コンのところにだってくるさ。去年はいろいろとバタバタしてたから来なかったけど」

 サナはそこまでいってから、慌てて付け加える。

「あ、でもあんまり高いものはダメだぞ。サンタさんも財政難なんだ」

 サナの言葉を聞いて、コンはクスリと笑った。

「じゃあ、サンタさんのセンスにお任せしようかな。なにをくれるか楽しみにしてる」

 サナは一瞬困ったような顔を浮かべたが、すぐに「わかった。まかせろ」といった。

 そのとき、入り口のドアが開いた。

 ドアにつけていたベルが、カラリとなった。

「ここは、いったい……」

 やってきたのは、一人の年老いた男性だった。

 ガタイがよく、革ジャンを着ている。少し前に流行った、チョイ悪おやじ、という雰囲気だ。

「いらっしゃいませ。とりあえず、座ってください」

 コンがそういうと、男性はサナの横の席に座った。

「ここは、食堂か?」

 男性が渋い声で尋ねる。

「はい。ここは、死んだヒトが来る食堂なんです。ここにあるかまどでつくった料理を食べると、その魂は死者の国へと送られます」

 コンはそういいながら、厨房のすみに目をむける。そこには、鋳鉄製のかまどが置いてあった。

「なるほどな。君たちは、さしずめ冥途の門番といったところか?」

 コンは首を横に振る。

「私はただの幽霊です。偶然、神様と知り合って、今、この仕事をさせてもろてます」

「君は?」

 男性はサナに顔をむけた。

「わたしは、お稲荷様の使いの狐です。普段は人間として暮らしているけど、こうやってお店も手伝ってるんです」

 サナはそうこたえた。

「おじいさんはこれから、死者の国へ旅立つことになるのですが、その前になにかやり残した“想い”があるなら、私たちがそれを果たすお手伝いをします」

 コンがいった。

「想いか。そうだな……孫に会いにいっても、いいかな?」

 男性は少し考えてそういった。


 コン、サナ、それから男性。店を出て、町中を歩く。

 町を囲う山々は白雪に覆われ、風が吹くと町まで粉雪が飛んでくる。

「おじいさんは、この町に住んでらしたのですか?」

 歩きながら、コンが尋ねた。

「まあな。この町で、林業をしながら暮らしていたんだ。子供も、孫も、一緒に暮らしてくれた。嬉しいことだ」

 目の前を、丸太の束を抱えたフォークリフトが通り過ぎた。

「おじいちゃんは、どうして自分が死んじゃったかわかってるんですか?」

 サナが尋ねた。

「死んだ瞬間のことは、よく思い出せない。だが、直前までバイクで走っていて、小石を踏んだんだ。それで、こけるって思ったところまでは覚えているから、きっとそのまま事故で死んだんだろう。ちょうど、孫に補助輪とクリスマスプレゼントを買いにいく途中だった」

「補助輪?」

 サナが首を傾げたが、男性は「まあな」とかえしただけだった。

「お孫さんのこと、好きだったんですね」

 コンがいった。

「残念ながら、孫からは嫌われていたけどな」

 男性は苦笑いを浮かべる。

「喧嘩でもしたの?」

 サナが首を傾げる。

「まあ、そんなところだ。オレが悪かったんだが、謝ることもできなかった」

 男性は苦笑いを浮かべた。

 風が吹き、粉雪が舞う。

 雪は、男性の体をすり抜ける。

「オレ、ホントに死んじゃったんだな」


 公園のそばを通りかかったときだ。

「あれ、アイツ……」

 男性は足を止めた。その目線の先、公園で自転車に乗る、小学校低学年くらいの男の子がいた。

 男の子は自転車に乗っていた。

 乗っていたといっても乗りこなしていたというのには程遠く、またがって、地面をけって、ちょっと進むと足が地面につく、という有様だ。

 ペダルに足を置いて、こいで進もうという意思は感じるのだが、なかなか足が地面を離れない。

「あの自転車さ、オレがプレゼントしたものなんだ。去年のクリスマスに」

 男性が、つぶやくようにいった。それを聞いたコンが尋ねる。

「じゃあ、あの子が?」

「ああ、オレの孫だ」

 そのとき、ガシャンと大きな音がした。目をむけると男の子は派手にこけて、自転車の下敷きになっていた。

「うう、痛い、痛いよぉー」

 男の子はワッと泣き出した。

 サナたちは慌てて駆け寄る。

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