告白狂想曲⑤

 告白大会が始まってから、それはもう凄まじかった。

 俺が席を立とうものなら即座に立ち、別のクラスの人にノートを借りに行こうとすれば着いてくる。

 さらに、男女問わず俺に話しかけてくる人全員に威嚇をする始末だ。

(これは本格的にトイレの作戦を実行に移す必要があるな……)

 どこに行くにも火燐がついてくることで神経がすり減ってくる。

(男としては嬉しい限りなんだが、如何せん嫉妬をするのが度を過ぎてるんだよな……)

 近所にいた犬と戯れていた時にまで嫉妬された時は、本当にどうしようかと悩んだ。

「恋次、お腹すいてない? ほら、飲み物もあるよ?」

 席に座っている俺に食べ物や飲み物を差し出してくる。

(これは俺を監視することから席を立たせないことにシフトチェンジし始めたな)

 行動範囲を狭めることによって監視をしやすくする算段だろう。

(だが、これは俺にとって好都合だ!)

 内心では喜びながらも表情には出ないように気をつける。

「おぉ、ありがたくいただくよ」

 火燐から差し出された食べ物や飲み物を次々に食べていく。

「ふふっ、そんなに急いで食べなくても大丈夫だよ」

 勢いよく食べる俺に微笑みかけてくる。

(うっ……、少し罪悪感が……)

 火燐の笑顔を見ていると騙しているような気持ちが湧いてきて作戦を決行する意思が鈍る。

(……いや! ここで断念して、次に機会がやってくる保証もない! 心を鬼にしてやるしかないんだ……!)

 心の中で決意を固める。

「あ、あー! ちょっと食べすぎたせいでトイレに行きたくなってきたなー!」

 タイミングを見計らってトイレに行きたい意思を告げる。

「…………」

 火燐が無言でこちらを見つめてくる。

(い、いかん。さすがに少し棒読みすぎたか……?)

 焦りながら火燐からの反応を待つ。

「……じゃあ一緒にトイレ行こうか!」

 なんとか火燐に怪しまれずにトイレに行くことに成功する。

(だが、ここからが正念場だ)

 首輪を外して、そこから脱出もしなければならない。

(まずトイレの個室に入る。その後首輪を外してからトイレ内のどこかに首輪を付けて時間稼ぎをする。そして後は今日が終わるまでどこかに隠れていれば安心だ)

 トイレへ向かう廊下を歩きながら今日考えた作戦を頭の中で反芻させる。

「さっ、トイレについたわよ!」

 火燐に声をかけられてトイレに到着したことに気がつく。

「あぁ、それじゃあ行ってーー待て待て待て」

 男子トイレに入る俺についてこようとする火燐を制止させる。

「? なに? どうしたの?」

 いや、それはこっちのセリフですけど。

「さすがに男子トイレに女の人を連れ込むのはまずい」

 いくら恋愛を推奨している学校であっても、そこまでは推奨をしていない。

「でも……」

 なおも食い下がる火燐。

「こんな事がバレて二人とも退学になったらもう会えないだろ? そんな事になるのは嫌だろ?」

 半ば脅しのように言ってしまう。

「うぅ……」

 それでも不満げな表情を見せる。

「これがあるし大丈夫だって」

 首輪を指差しながら訴えかける。

「……早く帰ってきてよね」

 上目遣いで見てくる火燐の可愛さに後ろ髪を引かれながらもトイレに入っていく。

「……よし、ここまでは順調だ! 後はバレないように首輪を外して……っと」

 だが、自分では見えない位置の首輪を外すのにかなり手間取ってしまう。

「くそっ……急がないと……」

 焦れば焦るほど手が空回りしてしまう。

「恋次ー?」

 時間がかかっている事を不自然に感じた火燐が外から声をかけてくる。

「も、もう少し持ってくれ!」

 首輪を外しながら火燐へ向かって応答する。

(ヤバい……! なにか……なにか使えるものはないか!?)

 周囲を見渡して自分の姿が見える物はないか探す。

「なにも……ないっ……!」

 ざっと見渡してみたが自分の姿が見えそうな物はなかった。

(まだだ……。まだ諦めてたまるか……!)

 もう一度、今度は隅々まで探索する。

 トイレットペーパー置き場や床、トイレの蓋を開けーー。

「ん?」

 トイレの蓋を開けた時になにか閃きそうになる。

「! そうだ!」

 トイレの蓋を開けてしゃがみ込み、中を覗き込む。

「うっ……」

 強烈な匂いが鼻につく。

 それでも予想通り、水面に朧気ながら自身の影が映った。

(よし、これで外せるぞ!)

 トイレの中を覗きながら首輪の解錠に取り掛かる。

「……恋次?」

 外から訝しむ火燐の声が聞こえてきた。

『も、もう少し持ってくれ!』

 スマホから先程火燐に返答した時の音声を流す。

(こんなこともあろうかと、さっきの声を録音しておいたのさ!)

 スマホをここに置いておけば、自動で返答してくれるので少しぐらいは時間がかせげそうだ。

(ちょっと臭うようになるかもしれないが、そこは我慢だな)

 ガチャン!

「よしっ! 外れた!」

 ついに首輪を外すことに成功した。

 首を動かすと、ゴキッと小気味のいい音が鳴った。

「それじゃあ首輪をその辺に括りつけてっと……」

 外した首輪をその辺に再度はめ直す。

(もし引っ張られたりしたら外したことがすぐにバレてしまうからな)

 そしてトイレの個室の扉を開けると、自由になった俺は窓から外に出ていった。






















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