第31話 自分のできること
「なあ、オルガ。このトマトを王都でも売ってみないか?」
「はぁ?」
俺の提案にオルガは間抜けな声を上げた。
「王都って、ここからどれだけかかると思ってるんだ。そんな所に売りに行けるわけねえだろ」
オルガの言い分はもっともだ。ここから王都までは馬車で一週間半以上はかかる。
どれだけオルガの作っているトマトが素晴らしかろうが、保存技術がそこまで発達していないこの世界では輸送中に痛んで売り物にならなくなるだろう。
しかし、それは通常の輸送の場合だ。
俺ならトマトを亜空間で保存しておくことができるし、転移ですぐに王都に向かうことができる。
「距離や鮮度、そういった問題も俺なら解決できる」
「いや、無理だろ」
そう断言する俺に頭のおかしい奴を見るような視線を向けてくるオルガ。
「よし、それじゃあ今から王都に行くぞ」
信じてもらえないのは慣れているので、アンドレと同じようにオルガも王都に転移させる。
ハウリン村にあるオルガのトマト畑から王都の中央広場へと視界が切り替わる。
「何言ってんだ――って、どこだこりゃ!?」
「王都だよ。俺の魔法でここまで飛んできたんだ」
「……マジかよ。ついさっきまでハウリン村にいたっていうのに」
オルガが状況を少し呑み込めたところでハウリン村へと戻ってくる。
「お、おお……」
転移して戻ってくると、オルガは惜しいような安心したような複雑な表情を浮かべた。
「この力で王都に売りに行きたいと思うんだがどうだ?」
「待て。思考を整理させろ」
このような事態はまったく想定していなかったのか、オルガが神妙な顔で立ち尽くす。
「今の力があれば、クレトが王都だろうと売りに行けるのはわかった。だが、それを売り捌く宛てがあるのか?」
「こう見えてもそれなりの商会の従業員だから、きちんと売り捌く伝手はある」
「……さっきのような人が大勢いる場所で、俺の育てたトマトが売れるのか?」
「なんだ? 初めて王都を見てビビったのか?」
ハウリン村周辺では自信はあっても、王都のような大都会を見てしまうとそれが揺らいでしまう気持ちもわからなくもない。
「うるせえ。実際、どうなんだ?」
茶化してみるもオルガは実に真剣な眼差しをしている。
本当に自分のトマトが売れる見込みがあるのか知りたいらしい。
だが、そんなのは愚問だ。
オルガの問いに俺は自信たっぷりに答える。
「売れると思っているからこそ声をかけているんだ」
「へえ、それならやってみてくれ。俺のトマトが王都でも通用するのか試してみたい。それに――」
「それに……?」
「金が欲しい」
決意のような言葉が続くと思っていただけに、急にオルガの口からストレートな欲望が出てきてずっこけそうになった。
今の絶対トマト農家としての意識の高い台詞が続くところだっただろう。
「お前、そんな真面目そうな顔してそんなこと言うのか」
「こんな田舎じゃ大した収入は得られないんだよ。農家だって金が欲しいんだ」
「そうだな。お金は大事だし欲しいよな」
生きていくのにお金は必要だ。最低限の分があればいいとは思うが、余分に持っておいて損はない。お金だけが幸せとは限らないが、あればあるほど人生の幅は広がるものだ。
そして、何よりお金が欲しいから協力して物を売る。なんてわかりやすい。
でも、それはオルガの照れ隠しで本当は自分のトマトを大勢の人に食べてもらいたいんだろうな。
でなければ、自分のトマトが売れるかなんて最初に問いかけたりしないわけだし。
まだ会って間もないがオルガがちょっと素直じゃないっていうのはわかった事だ。
「だろ? そういうわけでよろしくな」
「ああ、任せてくれ」
差し出してきたオルガの手に土がついていないかを確認し、俺は握手を交わした。
◆
オルガのトマトを王都で売ることに決めた俺は、散歩を切り上げるとリロイ村長の家を訪ねた。
今はまだ個人のやっている範疇であるが、一応村長であるリロイにも相談しておいた方がいいと思ったからだ。
「どうかしたのかい?」
「実はリロイさんにご相談したいことがありまして……」
扉を開けて出て来てくれたリロイに、俺はハウリン村の作物をいくつか王都で売ってみたい事を述べる。
「確かにクレトさんの魔法なら、ここの作物だって売ることができるね。ハウリン村周辺での商売にも限界があるしいいと思うよ」
「ありがとうございます!」
リロイの許可がとれたことだし、これで計画が頓挫する事もないだろう。
とはいえ、さすがにオルガのトマトだけでは押しが弱いので他の作物も売りたいところ。
ハウリン村で育てている作物の把握はまだできていないが、アンドレやステラに聞けば巨大ネギのような作物を紹介してくれるかもしれない。
なんだか色々売ることを考えると楽しくなってきた。
楽しくなってくるとリロイの家からアンドレ家までの間すら焦れったく思えてしまい、思わず転移を使ってしまう。
すると、リロイの家からあっという間にアンドレ家の前にやってきた。
ハウリン村でこんな短距離転移をしたのは初めてかもしれないな。歩いて十五分もかからない距離だというのに。
せっかちになってしまった自分に苦笑いしつつも、家の裏側にある畑に顔を出してみる。
すると、そこにはアンドレ家が勢揃い。
アンドレも今日は狩りも警備もお休みで、家の畑仕事を手伝っているようだ。
「あ、クレトだ!」
俺を見つけるなりニーナが元気な声を上げて手を振ってくれる。
ニーナに応じるように手を振りながら畑に歩いていくと、作物の手入れをしていたアンドレやステラも振り返った。
「お仕事中にお邪魔してすみません」
「おー、それは構わねえけどどうした? 家の畑でわからないことでもあったか?」
「いえ、今日はそっちではなく別件で相談にきまして。アンドレさんたちが育てている作物を王都で売れないかなと思いまして」
俺の提案に一番驚いているのはステラで目を丸くしていた。
「……うちで育てている作物をですか?」
「はい、そうです」
「本当に俺たちの作物が売れるのか? どこにでもある普通の作物だぜ?」
「いえいえ、一部の作物は全然普通じゃないですよ! 特にこの間食べさせてもらったネギ! 王都の周辺にもあんな甘くて立派なネギはありませんよ!」
まったく気付いている様子のないアンドレについつい俺の言葉にも熱が入ってしまう。
こんな美味しい食材をここだけで腐らせておくのは勿体ないと感じた。
そんな風に俺なんかが考えるのはおこがましいのかもしれないけど、俺にはアンドレたちが抱えるいくつもの障害を簡単に飛び越えることができる。
ガガイモはまだ俺が育てている段階なので、その育てやすさや安定性は測ることができないが、あれもこの先には大きな商品となるかもしれない。
「あー、俺たちからすればあれが普通なんだけど、クレトたちからすれば違うって言ってたな」
「はい、他にもオルガのトマトなんかも他にはないトマトだったので売る予定です」
「オルガのトマトも売るの?」
「うん、さっき知り合いになってね」
「へー! 私、オルガのトマト好きだよ!」
にへらと笑いながら無邪気に言うニーナ。
商売の話と全然関係ない情報だけど癒されたので、俺も「大好きだよー」とのほほんと相槌を打っておく。
「リロイさんの許可もとれていますしいかがでしょうか? 俺はエミリオ商会というそこそこの商会に所属していますので、そこから市場に流したり、レストランなんかに卸せたらと思ってます」
「うん? エミリオ商会って今一番勢いのある商会じゃなかったか?」
「おや、アンドレさん知っているんですか?」
エミリオ商会という名前に聞き覚えがあるとは意外だった。
「たまに立ち寄ってくる行商人なんかがよく噂していたからよぉ。なんか異常なスピードで成長している商会だって」
「でも、クレトさんの魔法が関わってると聞くと納得できるように思います」
「いやいや、俺の活躍なんて微々たるものですよ」
まさか王都から遠く離れているハウリン村まで情報がきているとは意外だった。
でも、同じ村にいるオルガが知らなかったり、まだまだ田舎にまで名声が行き届いているわけでもないようだな。
警備として村の窓口にいるアンドレたちだからこそ知り得たのかもしれない。
「それでどうでしょう? アンドレさんたちの作物を売らせてくれませんか?」
「まあ、クレトの頼みだし、俺たちからすれば収入が増えるからいい事だよな?」
「ええ、毎年育てている作物も持て余し気味でしたしね」
「ありがとうございます。よかったら、他にも自信のある作物なんかあれば見せてもらってもいいですか?」
「俺たちの畑で育てている作物は少ないけど、他にも色々と美味い作物を育てている奴等ならいるぜ。よかったら、そいつらの所も回ってみるか?」
「是非、お願いします!」
その日、俺はアンドレ家の畑を見せてもらい、他の農家の畑を回った。
アンドレ家のネギ、オルガのトマトだけじゃなく、他の農家では青ナス、三色枝豆、大玉スイカといった特別な作物がいくつもあり、それらが王都で売れることを確信したのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます