第23話 屋敷でまったり

「クレト様」

「なんです――じゃない、なんだい?」

「エミリオ様から大まかな説明を受けているのですが、クレト様の二拠点生活とい

うものを詳しくお聞きしてもよいでしょうか?」


 エルザの紅茶を飲みながらお茶菓子を摘まんで一息つくと、エルザがしずしずと尋ねてきた。


「ああ、軽く聞いただけじゃ理解しにくいよな。エミリオ、俺の魔法については話しても?」


 この屋敷を管理する責任者である以上、エルザには俺の生活を把握しておく必要がある。

 二拠点生活などという特殊な生活をするのだ。空間魔法についてある程度知らせておいた方が混乱もないだろう。

 というか、家に帰るのにこそこそと魔法を使うような真似はしたくない。


「エルザたちとは書類で守秘義務契約を交わしているから構わないよ。でも、全てまで話す必要はないかな」


 本人たちがいるというのに、シレッとそんなことを述べるエミリオ。

 まあ、確かにそれもそうか。必要最低限のことだけ話せばいい。


「じゃあ、俺の二拠点生活について説明するよ」

「お願いいたします」


 俺は控えているエルザとアルシェに王都とハウリン村をいったりきたりする二拠点生活について説明する。長距離の移動については空間魔法という魔法で転移できることまで。

 俺の説明を聞き終えたエルザは神妙な顔つきをしており、アルシェは信じられないとばかりの顔をしていた。

 一度行った場所ならば、瞬時に移動できる魔法があるなんてとても信じられないよな。


「……エミリオ商会の異常な成長速度の理由がわかって納得いたしました。神出鬼没と言われていたのは、クレト様のご活躍だったのですね」

「確かに俺の魔法は便利で商会に大きく貢献したかもしれないけど、それを最大限に生かしたのはエミリオの手腕があったからだけどね」

「おや? クレトがそんな風に言ってくれるだなんて照れるじゃないか」


 エミリオがまったく照れた様子もなく肩をすくめる。


「エミリオ商会を大きくしたのが、俺一人のお陰だなんて勘違いされたくないからね」


 臨機応変に動いた部分はあるが、それでもこれだけの成果を残せたのは紛れもなくエミリオの手腕だ。その功績は間違っても俺一人が独占していいものじゃない。


「こんな風にクレトは特別な魔法を持っている。ある程度知っている人はいるけど、二人とも無暗に言い触らさないように頼むよ? じゃないと、クレトが君たちの屋敷に転移してなにをするかわからないからね」

「うええっ!?」


 エミリオの穏やかじゃない言葉を聞いて、出入り口で控えていたアルシェが悲鳴を上げた。


「……いやいや、そんな暗殺者紛いなことしないから」

「は、はい」


 慌てて笑顔で取り繕ってみせるもアルシェの表情はぎこちない。

 まあ、その気になれば俺の侵入できない建物は存在しないだろうな。どれだけ警備を厳重にしようが遠かろうが転移を使えば一瞬で中に入り込めるのだから。


「話を戻すけど、仕事のある時は王都にやってきて滞在する。それ以外はハウリン村にある拠点へ魔法で移動してそっちに住む。その際にはエルザに前もって言っておくから、エミリオに伝えてくれると助かる」

「うんうん。最近はクレトにあんまり仕事を入れていないけど、頼みたい仕事は突発的に入ってくるからね。王都にクレトがいなくて接触できない時は僕もエルザに言伝を頼んでおくよ」

「かしこまりました」


 俺とエミリオの言葉を聞いてしっかりと頷くエルザ。


「もし、予定の期日を過ぎてハウリン村に滞在するようなら、一度戻ってきて報告はするようにする。俺がいない間は屋敷の管理さえしてくれればいいよ。それだと暇を持て余すのなら、商会の方を手伝ってもいいし判断は任せる」


 視界の端でエミリオがビクッとするのが見えたが気にしない。


「……わかりました。ひとまずは屋敷の維持に力を尽くし、様子を見たいと思います」


 まあ、まずは最低限の仕事を完璧にこなしてからだしな。彼女たちがあまりにも暇すぎるのであれば、商会を手伝わせたり、人を減らすように動かしてもいいだろう。



 ◆



 二拠点生活について、俺たちの働き方についてなどと相談していると、すっかりと時間は流れて夕方になった。


「それじゃあ、クレト。僕はこの辺りで帰ることにするよ」

「泊まっていかないのか?」

「少しやっておきたい仕事があってね。見送りは不要だよ」


 ずっと屋敷でくつろいでいたので今日はこのまま屋敷に泊まっていくのかと思ったが、これから仕事をするようだ。

 エミリオはそう言うと、颯爽とリビングを出て行った。

 今日はちょっとした半休だったのかもしれない。

 色々な思惑はあれど、このようないい屋敷に住めるようになったのはエミリオのお陰だ。

 今度、会った時は改めて礼を言っていこう。


「クレト様。現在屋敷には料理人を雇ってはいませんが、お夕食はどうされますか?」

「あー、それについては忘れていたな」


 宿暮らしが長かったせいか、食堂が身近にあるのが当然のように思っていた。

 ここには料理人はいないし、専用の食堂もないのだ。一階に下りれば、すぐに料理が食べられるわけではないのだ。


「料理人を雇われますか?」

「うーん、毎日屋敷にいるわけでもないし、転移で外に出ている時は外で済ませることも多いからな」


 転移が使える俺はその時の気分で外食に行くことが多い。一日、三食を家で食べることはまずないだろう。

 そんな不規則な生活をしている主に合わせるのは大変だろうし、料理人が屋敷で待機していたら絶対に帰らないといけないっていう強迫観念に駆られてしまいそうだ。それでは俺の自由性が損なわれてしまう。


「外食にするかレストランに注文を入れて持ってきてもらう方がいいのかな」


 大衆向けの食堂やレストランではそのようなサービスはやってはいないが、高級店ではそのようなサービスを実施している。

 自分で転移で行って持ち帰るか、エルザたちに注文して持ってきてもらうこともできるな。


「もし、よろしければ私たちが作りましょうか? 勿論、プロの料理人には敵いませんが」

「え? エルザたちは料理も作れるの?」

「奉公に出るために、それなりのものは作れるようになっております」


 貴族の令嬢なのに自らが料理までもできるとは驚きだ。

 エルザたちならば、基本的に毎日屋敷にいるのでその時々に合わせて料理を作ってもらうことも難しくはないな。


「それじゃあ、悪いけど頼んでみてもいいかい?」

「かしこまりました。お食事のご用意をするのに少々お時間がかかりますので、先に湯浴みをされてはいかがでしょう? 既に湯船には湯を張っております」

「おお! それじゃあ、先に風呂に入ることにするよ!」


 真面目な話をしていたのですっかりと忘れていたが、この屋敷には大きなお風呂があるのだ。そのことを思い出すと楽しみで仕方がなかった。


「クレト様、お着替えの方は……」

「ああ、大丈夫。自分で取り出すから」


 俺はそう言って亜空間から自分の着替えとタオルなんかを取り出した。


「……この目で見ると、その魔法のすさまじさが実感できます」

「すごく便利だからね。自分の荷物は後で出しておくから、それを部屋に入れておいてくれると助かるよ」

「お気遣い頂きありがとうございます」


 突然の夕食作りに加えて、俺の荷物の整理までしていては手が回らないだろうしな。

 最初に荷物を出していなかった俺が悪いし、急ぐべきことでもないので後でいいだろう。

 そのまま着替えを持って、俺は脱衣所に向かう。

 着替えを籠に入れて、衣服を脱ごうとすると傍でエルザがストッキングを脱いでいるのが見えた。


「ちょっと待て。なんでエルザがついてきてるんだ?」

「クレト様の着替えの手伝いや、背中をお流ししようかと思いまして」


 さもそれが当然のようにエルザは言い切る。この世界のメイドさんは主人の着替えを手伝ったり、背中を流したりするのが普通なのか?

 こんな綺麗な女性に服を脱がせてもらって、背中を流してもらうなんて犯罪だ。そして、なにより俺が落ち着かない。


「……俺にはそういうのはいらないから」

「かしこまりました。ご用があれば、お気軽に申しつけくださいませ」

「ああ、ありがとう」


 そう言うと、エルザは素直に引き下がりストッキングを身に着けると脱衣所から退室していった。

 これでようやくゆっくりと湯船に浸かれる。

 エルザがいなくなったことを確認した俺は、衣服を脱いで浴室の扉を開ける。

 すると、浴場には温かい空気が漂っており、微かな湯気が出ていた。


「おお、やっぱりお湯が入っていると印象も違うな!」


 俺の感激した声が浴室の中で反響する。

 やっぱり湯船はお湯が入ってこそだ。下見の時の空の湯船とはまったく印象が異なる。

 石造りの長方形型の湯船。まるで、旅館のような大きな風呂が自分一人のものだと思うと贅沢すぎるな。

 手早く身体を洗って、全身を綺麗にすると待望の湯船へと浸かる。

 魔法具でお湯の温度が調整されているのか、ちょうどいい湯加減。それが全身を包み込む。


「はぁ……いい湯だ」


 凝り固まった筋肉がほぐれ、血管が開いて血流の巡りが良くなっているような気がする。

 温かなお湯に包まれてとても気持ちがいい。

 ここ最近の疲れがお湯に流れ出ていくかのようだ。

 縁に頭を乗せてだらりと脱力するのが心地いい。

 ずっとこのままでいたくなる。

 ハウリン村の家とは違った豪奢なものになってしまったが、これはこれで全然アリだな。


「クレト様、夕食ができました」


 湯船から上がるとエルザたちが夕食を作ってくれたらしく、ダイニングテーブルにはステーキやプレーンオムレツ、サラダ、パン、カボチャのスープといった料理が並んでいた。


「…………」

「どうかされましたか? 何か苦手なものでも?」

「いや、ちょっと失礼かもしれないけど、意外と庶民的な料理を作るんだなと思って」


 料理は本業ではないとわかっているんだが、どこかで量の少ないフレンチのようなものが出てくるんじゃないかと思っていた自分がいる。


「貴族の出とはいっても、しがない辺境の娘ですから。そこらにいる者と大した差はございませんよ」

「そ、そうなんだね」


 確かにここにいるメイドの子たちは辺境に位置する男爵家の娘さんだ。領地を継ぐことはなく、他家に嫁に出されることがほとんど。

 それに四女や五女といった末娘では、貴族と結婚できるのも稀なのだとか。大抵が自分より身分が下の騎士家への嫁入りや商家への嫁入りになる。あるいは上の爵位を持つ貴族のの第二夫人や愛妾になることもあるそうだ。

 もしかして、この人たちってエミリオへの嫁入りを狙って送り付けられた女性なんじゃ……なんか考えれば考えるほど怖いような気がした。

 貴族の世界を想像するのはやめておこう。今は目の前にある料理だ。


「それじゃあ、いただくよ」

「どうぞ、お召し上がりください」


 エルザたちの作ってくれた料理はプロまでとはいかないものの、家庭料理の範疇を越える美味しさだった。そこら辺にある大衆食堂の料理なんかよりもよほど美味しい。

 なので、俺は屋敷に住む時は基本的にエルザたちの作る料理を食べることに決めた。

 まったく違うタイプの環境と家だからこそ、ぞれぞれの良さを楽しめるというものだ。

 この日は王都の屋敷での生活を満喫し、ぐっすりと眠りについたのであった。


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