第14話 仕入れ

 エミリオを組むことになった翌日。俺はエミリオ商会にやっていた。

 王都の北区画に構えられた小さな商店。

 それが駆け出し商人であるエミリオの店であった。

 お店の前には一台の馬車が停まっており、そこではエミリオが木箱を運んでいた。


「おはよう、クレト」


 こちらに気付いたエミリオが爽やかな笑みを浮かべて挨拶をしてきた。

 端正な顔立ちをしているエミリオが笑顔を浮かべると、それだけに絵になるものだ。


「おはよう、エミリオ。商売の準備か?」

「ああ、そうだよ」


 エミリオは馬車の木箱を置きながら、そう返事した。

 すると、今度は視界の端からロドニー少年がやってきた。こちらも同じく木箱を運んでいる。


「ロドニーもおはよう」

「…………」


 挨拶をしてみたが、ロドニーは軽く頷いただけで言葉を発しなかった。


「気を悪くしないでくれ。ロドニーは人見知りなんだ」

「そうなのか。別にそこまで気にしていないさ」


 と口ではいいつつも、嫌われているようではないと知って安心した。

 何せ従業員がたったの三人だからな。可能な限り仲良くしたいものだ。


「しかし、商会なのに商品が何もないな」


 チラッと視線を向けてみると、外観こそ整ってはいるが店内にはロクに商品が置かれていなかった。商会という看板を掲げているが、実際は空き店舗のようなものだ。


「あはは、なにせ店を構えたばかりだからね。まあ、これからどんどんと商品を仕入れて、色々と並べるつもりさ」


 まあ、いきなり開いてたくさんの商品を並べるのは難しいだろう。俺たちが頑張れば、この店にも商品が並ぶわけだな。


「それよりも、クレトに聞いておきたいことがあるんだ」

「うん? なにを聞きたいんだ?」

「クレトの魔法ではどこまで移動することができるんだい? また、どのくらいまで

なら荷物を持ち運べる? 魔法で物を収納することもできるって聞いたんだけど実際はどうなんだい? これらの条件によって、商売の仕方が変わるからできるだけ教えてほしい!」


 軽い気持ちで反応すると、エミリオが前のめりになってまくし立ててきた。

 エミリオの熱にびっくりするが、確かにそれらの条件によって商売の方法が変わる。

 どこまで行けるのか、どれほどの品物を運ぶことができるのか。それだけで大きく違いがでるだろう。

 とりあえず、俺は把握している範囲での能力を伝える。


「……なるほど、ひとまず国内であればどこにでも一瞬で行けると」

「そうだな。行ったことのない場所でも転移で移動して行ってこれば、次からはいつでもいけるようになる」


 たとえば、行ったことのある国内ギリギリの地点まで転移し、そこからは国外目指して転移を繰り返していけば、あっという間に国外にたどり着くことができる。

 一度、そこに行ってしまえば、次からは一瞬でその国外の場所に転移することができるのだ。


「次に収納の方はどうだい?」

「大きな物まで試したことはないが、大抵のものなら収納することができる」


 エミリオにもわかりやすく伝えるために、目の前で亜空間を開いてみせる。


「……ヤバそうな空間が広がっているけど、ここに品物を入れて大丈夫なのかい?」

「他人の荷物を預かったりもしたけど、特に問題はなかったぞ。それに空間の中では劣化することがない」

「つまり、食料品を新鮮な状態が運べるってわけかい?」

「そうだな。港で買い上げた魚を、新鮮なまま王都で売ることもできる」

「それはすごいけどいきなり市場に流しても、出所がわからないから平民には敬遠されそうだね。上流階級の人たちに軽く説明して、高値で売りつける方がいいかもしれない」


 確かに海のない国で、海の魚が新鮮な状態で売られていたら怖すぎる。一体、どこで獲れて、どのように運ばれてきたのか不安でしかない。

 そういうことを考えた上で、エミリオは即座に利益を得られる方法を考え出していた。

 頭の回転が早いな。

 しかし、亜空間にはどれほどの大きさの物を収納することができるのか。


「馬車ごと入ったりしないかな?」

「いくらなんでもそれは無理だろう」


 エミリオがそう言い切る中、俺は馬車を丸ごと包むようなイメージを浮かべてみる。

 すると、ぱっくりと開いた空間に馬車が呑み込まれて収納された。

 店の前に停まっていた馬車が姿を消してしまい、エミリオとロドニーが唖然としていた。


「「…………」」


 きちんと取り出せるのか試してみると、亜空間から馬車が出て来て元の位置に戻った。

 続けて馬車にも転移をかけてみると、問題なく転移させることができた。


「うん、馬車一台は余裕で入るな。それに転移で移動させることもできる」


 収納してみた感触では、それが限界とは特に感じなかった。具体的な容量までは不明だが、まだまだ入る気がする。

 転移もまだまだ重さ的に限界というわけではなかった。

 それらの現象を見て呆然としていたエミリオは、ようやく嗜好を整理することができたのか肩をすくめた。


「説明されて改めて思ったけど、クレトの魔法は反則だよ」

「違いない」

「これなら密輸もし放題だね」

「おいおい、そういうヤバイい商売はやめてくれよ」


 確かに俺の魔法にかかれば、城門での荷物検査にも引っかからないし、そもそも転移で街中に侵入することも可能だけどそんなことはしたくない。


「冗談だよ。そんなリスクを背負わなくても僕たちは真っ当に稼ぐことができるからね」

「エミリオ商会が真っ当で安心したよ」


 爽やかな笑顔でシレッと言うから、本気でそういうことをするのかと思った。

 密輸なんてすれば、金貨五十枚だろうと余裕で稼げるだろうし妙な納得感があったんだよな。


「それじゃあ、クレトの魔法も大体わかったことだし動き出すことにしようか」



 ◆



「クレト、まずはドンケル村に転移をお願いできるかな?」

「いけるぞ。馬車は収納して持っていくか?」

「ああ、その方が怪しまれなくて済むから頼むよ」


 エミリオに頼まれて、俺は馬車を亜空間に収納してしまう。


「それじゃあ、転移するぞ」


 エミリオとロドニーにそう告げると、俺は複数転移を発動。

 すると、エミリオ商会の前からドンケル村へと視界が切り替わった。

 石畳に敷かれた通りと建物ではなく、平地の中にぽつりと佇む長閑な村だ。


「アハハ! ……本当にドンケル村にやってきている!」


 転移するなりいきなり高笑いをかます、エミリオに俺はギョッとする。


「いや、しろって言ったのはエミリオじゃないか」

「それはわかっているよ。でも、改めてクレトの魔法を実感すると笑いが止まらなくてね! 何のリスクもなく、一瞬で行きたいところに行くなんて商人の夢だよ!」


 とりあえず、初めての転移を体験してエミリオが興奮していることがわかった。

 やたらとテンションの高そうなエミリオを相手するのが面倒なので、付き合いの長そうなロドニー少年に助けを求めるが彼はクールだった。

 転移に驚いて目を丸くはしているもののエミリオのように高笑いしたり、興奮することはなかった。


「なあ、エミリオ。どうしてこんな辺境にやってきたんだ?」

「おや? クレトはここに来たことがあるのに気づかないのかい?」

「生憎、王国にやってきて日が浅くてな。転移先を増やすのを優先していたから、そこまでひとつひとつの場所を調べていないんだ」


 いずれは調べようと思っていたが、最初は転移先を増やしながら生活を安定させることに尽力していたからな。特産品やその地域の特色などの情報収集をする暇がなかった。


「なるほど、なら、説明しよう! ここは隣国マダハッドから距離が近く、交易が盛んに行われているんだ。マダハッドの特産品はさすがにわかるよね?」

「ああ、豊富な種類の香辛料や干物。そして、繊細な織物だな」


 マダハッドは広大な国土と砂漠地帯が有名な国だ。まだ行ったことはないが、周辺の国の大まかな情報は知っているので軽くならわかる。


「そう! ドンケルではそれらがマダハッドの売値とほぼ変わらない値段なんだ! それらを安く買うことができる!」

「へー、この村にそんな旨味が……」


 マダハッドに近いので、そこまで輸送費がかからないから高騰しないんだろう。


「王都側から行くには険しい山が多いし、厄介な魔物も多いせいで商人や旅人も立ち入らないんだよね。意外とこの情報を知っている人は少ないよ。ここに来るんだったら多少税をとられても、素直にマダハッドに行く方がいいだろうね」


 前回はただ手紙を届けにきただけなので気付かなかった。

 しかし、そんな常人では知りえない知識をエミリオは持っている。俺の魔法があれば、儲けられるというだけの自信があるわけだ。


「俺たちはそういう場所で安く特産品を仕入れて、相場の高い王都や遠方の地で売り捌くってわけか」

「安く買って、高く売る! それが商売の基本だからね! まあ、その基本を実践するのが難しいんだけど、クレトの魔法があれば楽勝だね!」


 この世界では前世のように道が整備されているわけでもなく、少しの時間をかければ安全に移動できるわけでもない。外には人を襲う獣や魔物が溢れているし、盗賊だっている。

 外で事件が起きても明るみになることはなく、誰にも気づかれることなくひっそりと終わる世の中だ。

 それらを無視して安全で瞬時に移動できる俺の魔法は、やっぱりチートだな。


「それじゃあ、ここで仕入れるとしようか! まあ、マダハッドほど大量にあるわけじゃないから、終わったらすぐに違う場所に飛ぶけどね!」

「……これから随分とこき使われそうな気がするな」


 意気揚々と進むエミリオの背中についていきながら、俺はそんな予感を抱くのであった。


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