第9話 お空に転移

「これでクレトの依頼は完了だな?」

「はい、案内してくれてありがとうございます」


 アンドレのお陰で速やかに手紙を届けることができたので感謝だ。


「それじゃあ、もう帰っちまうのか?」

「そうですね。依頼をこなしたので」


 いい雰囲気の村なのでもっとゆっくりとしていきたいが、現状での懐具合を考える

とそうはできない。

 ギルドからの覚えもよく、Eランクに上がれるみたいなのでこのまま進んでいくべきだ。


「そっか。寂しいけどそれが冒険者だからな。帰る前にステラやニーナに声をかけてやってくれ」

「それは勿論です。お世話になりましたから」


 アンドレの家まで戻ると、ステラとニーナがいた。

 依頼が終わったので王都に帰ることを告げると、ニーナが残念そうな声を上げる。


「えー? クレト、もう帰っちゃうの?」

「ごめんね。本当はもう少しここにいたかったんだけど、今はそうするわけにはいかないんだ」

「じゃあ、また今度きてくれる?」

「うん、またやってくるよ」


 ニーナがこちらを見上げて手を出してくるので、俺はそれを軽く握って笑った。

 ハウリン村はとてもいい場所だ。生活に余裕ができたら、もう一度顔を出そうと思っている。


「…………おい、クレト。まさかとは思うが、俺のニーナを狙ってるんじゃないだろうな? さすがにお前でもニーナはやらんぞ?」

「狙ってませんよ。大体、俺とニーナでどれだけ年齢が離れていると思ってるんですか?」

「クレトは十六歳くらいだろ? それなら十分狙えるじゃねえか」

「俺の年齢を見誤り過ぎです。俺は十六歳じゃなくて、二十七歳ですよ」

「はぁっ!?」

「ええっ!?」


 年齢を告げるとアンドレだけでなく、ステラも驚きの声を上げていた。

 まあ、日本人は若く見られるというし、俺もそこまで老け顔ではないからな。勘違いされるのも無理はないのかもしれない。


「俺の一つ下かよ!?」

「……逆にアンドレさんが二十八歳というのが俺は驚きです。もっと上かと思っていました」

「失礼な!」


 まさかアンドレと一歳差しかなかったとは。大人の世界に入ると、本当に相手の年齢がわからなくなるから怖い。


「まあ、そういうわけで安心してください」

「お、おお」


 俺との年齢の近さに驚きが抜けきっていないのか、アンドレは曖昧な返事をする。

 いくらニーナが可愛くても、十歳の少女を狙うつもりはない。

 俺はロリコンじゃないしな。


「クレトさん、もしよろしかったらお弁当を持っていってください」

「いいんですか!?」

「はい、昨日の余り物を使ったもので申し訳ないですが……」

「いえいえ、とても嬉しいです! ありがたく頂きます!」


 ステラの料理はまた食べたいと思っていたので、弁当を頂けるのは本当に嬉しい。

 転移を使えば王都まで一瞬で戻ることができるのだが、普通に昼食として頂こう。


「それではお世話になりました!」

「またねー!」

「またやってきた時はゆっくりしていけよ!」


 弁当を貰って、ハウリン村を出ていくとニーナとアンドレが叫びながら手を振り、ステラが微笑みながら手を振ってくれた。


 知らない冒険者を相手にこんなに優しくしてくれるなんていい人たちだ。

 それに何より彼らと過ごすと、心が安らぐのを感じた。

 まるで自分も家族の一員になったかのような。

 あれが家族で過ごすということなのだろうか。

 それらしい生活をしてきたことがないのでよくわからないが、自分の居場所というものがあるようで心地よかった。

 また、生活に余裕ができたら戻ってこよう。

 アンドレたちに手を振って見えなくなったところで、俺は王都に転移して帰還した。



 ◆



 ハウリン村への届け物依頼をこなした俺は見事にEランクに昇格することができた。

 それからは受注できる依頼の数や種類、金額も増えるようになり、俺はその中でも届け物の依頼を一日にいくつもこなしていた。

 一つの仕事の単価が上がったこと。

 いくつもの依頼をこなして様々な街や村に転移でいけるようになり、達成速度が上がったこと。

 などの要因で、俺は魔物を討伐しているどの冒険者よりも稼ぐことができていた。


「おい、お前。どんな手段を使って依頼をこなしているのかは知らねえが、冒険者なら討伐依頼で稼げ!」


 だからだろう。俺が同業者である冒険者に絡まれてしまったのは。

 いつものように依頼をこなして帰ろうとしていると、ギルドの外でいかにも柄の悪そうな三人組に絡まれた。

 どうやら冒険者であるのに届け物依頼ばかりこなす俺のことが気に入らないらしい。


「別に冒険者だからって、必ずしも討伐依頼を受けなければいけない謂れはないですが」

「そういう問題じゃねえんだよ。お前のようなハイエナが、ちょろちょろしていうとウザいんだ」


 どうしよう、この男。言葉のキャッチボールが成立しない。


「お前が雑用依頼で稼いだ小遣いを出してやれば、見逃してやらないこともないぜ?」


 後ろにいる二人を見ると、ヘラヘラと笑いながらそんなことを言ってくる。

 どうやら俺をいたぶってお金を巻き上げるつもりらしい。

 ギルドでの暴力沙汰は規則違反であるが、今はギルドの外だ。

 ギルドの中に入ってさえしまえば、こいつらは迂闊に暴力を振るうことができない。

 そう思ってギルドに逃げ込もうとすると、進路を塞がれた。


「ギルドに逃げ込もうったって無駄だぜ? ここはギルドの外だからよぉ?」


 意地の悪い笑みを浮かべる最初に絡んできた男。

 周囲には通行人や冒険者もいるが、誰も止めようとする気配を見せない。

 それどころか俺たちの喧嘩で賭けをおっぱじめる始末だ。


 まるでこれが日常茶飯事とでも言いたげな様子。まあ、俺が依頼をこなしていた時も外で揉め事は起こっていたしな。

 今日は俺が巻き込まれてしまっただけなのだろう。

 別にギルドの中に直接転移をして逃げても問題はないが、それをすれば空間魔法を他人に見られてしまう。

 それだけでなくこいつらが満足できず、今後も絡み続けてくるかもしれない。

 しかし、非力な俺がこいつらを倒すには空間魔法を使わざるを得ない。


「……ちょうどいいことだし、これをデモンストレーションにするか」

「ああ? なにブツブツ言ってやがんだ?」


 元々届け物依頼はお金を稼ぐための基盤づくりでしかなかった。ここで転移の力を見せて、次の商売に移行するのも悪くない。

 そのためには俺が相手を転移させられることができるというのを、しっかりと示しておく必要があった。

 今ならギャラリーとしてたくさんの冒険者もいるのでいい宣伝になるだろう。


「なんでもないです。仕事のやり方を曲げるつもりはないですし、金を渡して見逃してもらうつもりもありません。文句があるならかかってきてもいいですよ?」

「ああ、そうかよ! じゃあ、そうさせてもらうぜ!」

「三人がかりだからって卑怯とか言うなよ?」


 望む通りの展開にしてやると、彼らは嬉々として驚いかかってきた。

 身に着けている武器を構えてはいないが、躊躇なく三人がかりだ。まったくもって容赦がない。


「俺と空の旅に行きましょうか」


 襲い掛かってくる三人と自分を含めて転移を発動。

 場所は冒険者ギルドの遥か上空、数百メートルに及ぶ場所だ。


「え? はっ? えっ、なんだこりゃああああああああっ!?」

「お、俺たちどうして空にいるんだ!?」

「ひいいいいいいっ! このままじゃ落っこちて死ぬ! 死ぬ! 死んじまう!」


 つい先ほどまで地上にいたのに、いきなり遥か上空だ。

 三人組は面白いくらいに情けない声を上げている。

 今や俺たちはパラシュートなしのダイビング中。とんでもない速度で上空から落下していくが、転移を使える俺からすれば落下死なんてことはあり得ない。


「どうです? 空から見える王都の景色は? 中々にいいものでしょう?」

「お、お前が! こ、これをやったのか!?」

「ええ、そうです。こんな高いところから叩きつけられれば死んでしまいますね」


 下を見れば、俺たちが空にいると気付いたのか冒険者たちが目を丸くして見上げていた。

 こうやってのんびりしている間にも真っ逆さまに落ちており、硬い石畳が近付いてくる。


「た、頼む! 助けてくれ! なんでもするから!」

「もう二度とお前に絡んだりしないからよ!」

「死にたくねえ!」


 俺が不安感の煽る言葉を述べたせいか、三人組が涙目で懇願してくる。

 どれだけ屈強な冒険者であろうと、この高さからの落下は無力だろうな。何か特別な魔法でもあれば別なのだろうが。

 空間斬や空間歪曲を使うまでもない。

 そもそも、ちょっと絡まれただけなので殺すつもりも、重い怪我を負わせるつもりもない。


「しょうがないですね」


 ため息を吐きながら絡んできた三人を含む転移で、ギルドの前に戻る。

 慣れている俺は平然と立って着地しているが、つい先ほど生身でのバンジーを味わった三人は顔をぐずぐずにして地面に倒れ込んでいた。


「うわっ! さっきまで空にいたのに地上に戻ってきてる!?」

「……一瞬で移動したのか? どうなっているんだ?」


 元の場所に戻ってきた俺たちを見て、冒険者たちがざわつく。

 予想通り、一瞬で場所を移動した俺の魔法に驚いているようだ。

 よし、新しい仕事を売り込むには今がチャンスだな。


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